39 至高の膝枕
ぽんぽんとメアリは俺の膝を叩いた。
「フランツが膝枕やってみてよ」
「ひ、膝枕……?」
まったく考えてもいない言葉がやってきた。
「そうだよ。だって、『膝枕』というからには枕的な価値があるということでしょ。やってみるだけの価値はあると思うの」
ものすごく真剣な顔でメアリは言っている。ふざけている様子はまったくない。
「別にかまわないですけど……膝枕って、基本的に愛し合う者同士のいちゃつき的な意味しかないというか……安眠のしやすさなんて要素は絶対考慮されてないものですよ」
だって、膝だからなあ。絶対にメアリが持ち歩いてた枕のほうが安眠には効果的だろう。
俺、そんな自分の膝に自信持ってたりなどしないぞ。
「それぐらいの知識はあるって。でも、眠ることにかけてはわらわはいろいろ追求してるんだから、そこもおろそかにはできないのさ。なんとか悪夢を見ない枕を探したい」
「ちなみに悪夢ってどういうやつですか? 魔界が滅ぶとかですか?」
「よく見るのは、家族や友達が死ぬ系」
「ガチできついやつですね……」
悪夢っていうと、自分が死ぬものが多いけど、家族とか友達が死ぬタイプも割と重いよな。自分の子供の時、母親が死ぬ夢見て、相当つらかったの、まだ覚えてる。ちなみに母親は元気にしてます。
「ご主人様、大変だとは思いますが、やっていただけませんか?」
セルリアもメアリに同情を示していた。俺としても断るつもりはなかった。俺が呼び出しちゃったわけだしな。
「うん、俺でよければ。場所はベッドの上でいいですかね」
床だと枕側の俺がきついしな。
「うん、それでいいよ」
ぴょんとメアリがベッドに乗ってきた。ベビードールがふわっと揺れる。俺はベッドの隅に腰かけるようにして座る。
「はい、どうぞ」と言いながら、ぽんぽん膝を叩いた。
「うん、それではよろしくね」
メアリの頭が膝に乗る。思ったよりも軽い。最初だけちょっと髪の毛でこそばゆかったけど、すぐに慣れた。気分で言うと、わがままな妹をあやしてる感じだ。
五分もしたら、全然ダメとか言うんだろうな。それぐらいの時間なら耐えられるか。下手をすれば召喚者がいきなり命を奪われてもしょうがないような魔族なんだし、これぐらいは我慢できる。
セルリアは主人だけ起こしているのは悪いと思ったのか、見守ってくれている。どうせ数分ですむことだし、別にいいか。
寝つきだけはいいらしく、一分ぐらいでメアリの意識はなくなった。
「くぅ…………くぅ……」
寝息かわいいな。不覚にも、こんな妹がいたら守りたいと思ってしまった。妹じゃない女性を妹っぽく感じて守りたいと思う感情って、なんて呼べばいいんだ? 父性ではないし、兄性?
――十分後。
「くぅ……すぅ…………」
あれ、意外とよく寝てるぞ?
セルリアが小声で「見た感じ、悪夢でうなされているようにも見えませんわね」と囁く。
「だよね。まあ、そんな露骨にうなされる悪夢ばっかりじゃないかもしれないけど」
『名状しがたき悪夢の祖』をこっちから起こすという選択肢はないので、このまま続行。
――三十分後。
「すぅ…………お兄ちゃん、そそっかしいよ……」
今、お兄ちゃんって言ったな! 兄がいるのか?
けっこう、膝がきつくなってきたけど……起こすのは悪いし、膝がきつくなったら起こすなんてことわり入れてないから、ここは耐えるだけ耐えるか……。
あと、かわいいから許せるという部分も、はっきり言って、ある。
「セルリア、なかなか起きないな。あと、だんだんとメアリが本物の妹であるように思えてきた」
「少しわかりますわ、わたくしもこの方が妹に見えてまいりましたわ。本当に天使のような寝顔ですわね」
天使じゃなくて『名状しがたき悪夢の祖』だけどね。
――二時間後。
「…………お兄ちゃん、あったかい……すぅ……」
起きないな。
むしろ膝枕で二時間眠れるものなのか? 三十分が限界だと思ってたけど。
「ご主人様、眠くありませんか?」とまたセルリアが囁く。
「言うまでもなく眠いけど、起こすのかわいそうっていう気もあるんだよな……。起こすのが怖いとか、もうどうでもよくて、純粋に眠っててほしい」
「では、こうすればいいんではありません?」
セルリアは俺に背中を当てて、腰を下ろした。
「こうすれば、お互いに背中で支え合う形になって姿勢を崩さずに眠れると思いますの」
「なるほど! セルリア、名案だ!」
こういうのって、恋愛感情とは違う、もっとあたたかくてやわらかな気持ちになれる。
きっとセルリアとの信頼関係があるからなんだろうな。
セルリアの息づかいが聞こえてくるようだなと思っていたら、自然とまどろみの中に落ちていった。
朝日が部屋に入り込んできて、それで目が覚めた。
「あぁ、朝か……。けっこう寝れるもんだな……」
いつもよりも少し睡眠時間は短いけど、これぐらいなら充分に動けるだろう。
「起きられました?」
後ろからセルリアの声がする。ああ、起きても俺の重心が後ろに来てたら、セルリアは動けないよな。
「うん、こっちは大丈夫。そして――いまだにメアリは寝てるな」
もちろん途中で起きて、二度寝、三度寝したという可能性もあるが、見た目からは不眠症という様子もない。
ぱちり、とその瞳が開いた。
「ああ、おはようございます。眠れましたか?」
至近距離のメアリにおはようのあいさつ。
ゆっくりと起き上がったメアリは、なぜか、すぐに目に涙を浮かべた。
「あれ、もしかして、また悪夢を見てました!?」
泣きたくなるほどつらい夢だったんだろうか。
でも、メアリの行動は俺の考えてるものじゃなかった。
ぎゅっと、メアリが俺の胸に飛び込んできた。
「すごくよく眠れたよ! ありがとう! 感動的なぐらいだった!」
「まさか、膝枕にそんな効果があったとは……」
まったく想定外のことだった。かといって、今後もずっと膝枕を強要されるとちょっときついんだけど……。
「膝のかたさもちょうどよかったけど、なによりフランツ……眠って確信した。君はお兄ちゃんと同じにおいがしたんだ」
お兄ちゃん……?
「そうだったよ、お兄ちゃんに膝枕されたり、抱き締められたりしてた時は、とても心地よく眠れたんだ。あの頃のことを思い出せた。それで、自然となつかしくて涙が……」
魔族が人間と似てるのかという気もしたけど、メアリのことを妹のように感じた俺がケチをつけるのはおかしな話だろう。
それに記憶ってあいまいなものだし、メアリがそう認識てることが大事なのかもしれない。
「よかったですわね……。わたくしもうれしくなってきましたわ……」
情に厚いセルリアはもらい泣きしている。
俺としてもメアリの役に立ててよかった。
「ねえ、お兄ちゃ……フランツ」
「はい、なんですか」
「今後は膝枕じゃなくていいから、わらわを抱き締めて眠ってくれない? 不眠もそれで解消すると思うんだ」




