32 走り屋先輩の就職活動
トトトさんは布でお墓の墓標を拭きだした。それ、ドラゴンスケルトンの掃除で使ってたやつなんじゃと思ったけど、お墓に入ってる人もそういうのに乗ってた人ならむしろ本望なのか。
「ワタシの暮らしてたところは、ド田舎中のド田舎でね、仕事の種類も少ないし、男も女も四十歳ぐらいでもう結婚するのが当たり前ってところだったの」
四十歳ってけっこう歳いってるぞと思ったけど、エルフ的には俺より若いぐらいなんだろうか。
「親は二人とも頑固でね、ワタシはずっと反発してた。あの頃は、あらゆるものが敵に見えたわ。そんな時、ワタシの前に現れた唯一の味方が」
この子だった、とトトト先輩はお墓を見つめながら淡く微笑んだ。
「同じダークエルフとして先輩の苦しみがわかったんじゃないですかね」
絵に描かれていた先輩の横の子はいかにも似た者同士に見えた。
「いいえ、この子、普通のエルフよ。肌は黒く焼いたらしいわ」
日焼けで対応できるものなのか……。
「あの頃はすべてに対して自分たちは無敵って感じだったわ。未来もよくわからなかったけど、その瞬間は楽しかった。でも、このへんをチームで走ってる時に事故が起きたわ」
トトト先輩の話によると、友達のドラゴンスケルトンは岩を踏んだ勢いで転倒。友達は帰らぬ人になったという。
「悲しんでたのはチームのメンバーだけだったわ。田舎のエルフってとことん閉鎖的だから、身内の恥だとかあの子の親族も葬式の席で言ってた。走り屋もろくでもない連中の集まりだけど、人の死を恥で片づける奴らよりはマシだって思ったわ」
人に歴史アリだ。とても感想を言える雰囲気でもないので、俺もセルリアもじっと聞いていた。
「それで地元にもいづらくなって、王都に出てきたの。天翔号も王都では必要ないから置いてきた。最初はまともに就職するつもりだったけど、全然採用されなくてね……」
そうなんだよな、新卒でないと急に難しくなるんだよな……。俺は新卒でもきつかったけど……。
「安酒場でお酌して生活してたけど、決していい暮らし向きじゃなかったし、何度か死のうって思ったこともあるわ」
先輩のいう安酒場というのは、若い女の子がお酒を出して話を聞いてくれる系のお店だろう。カウンター越しに客の話を聞くだけで、とくにいかがわしくはない。
夢も希望もない状態で生きていくのって大変だもんな。
実は魔法学校でも数年前に、就活で失敗しまくった生徒が自殺した。
就職できないこととその先の人生が闇であることはイコールでもなんでもない。それでも、生徒における就活の意味がものすごく大きいのも事実だ。俺も就活決まらなくて、人生そのものを否定されたみたいな気分になっていた。
「そういう時、何をしていいかわからなくなるんですよね。無気力になって、趣味に時間を使う余裕すらなくなるというか」
「あっ、そうか、あなたもまあまあ困ってたクチよね」
「最低でもエリートコースではないですね……。このまま、たいして面白くもない会社に就職して、たいして面白くもない仕事をだらだらやって一生終えるのかなって思ってました。社長に拾ってもらって本当に助かりましたよ」
「じゃあ、ワタシたち同じね」
その先輩の言葉ではっとした。
またも、ケルケル社長がキーマンになるのか!
「安酒場に偶然、あの犬耳社長が来たの。それで、すぐにこう言われたわ。あなた、こっちの悩みを聞く側というより悩みを聞いてほしそうな顔になってるって」
ほんとに困ってる人間のところには、ケルケル社長の影アリだな。
「最初はだらだら不幸自慢みたいな話をするのはよくないと思ってた。でも、あの社長といると、いつのまにかしゃべっちゃってるのよね。走り屋で、誘ってくれた友達が死んでからそれもやめてここで働いてるって」
きっと、その時は悩みを話してすっきりする程度の意味しかトトト先輩も感じてなかっただろう。
でも、そろそろ俺もわかってきた。社長はそこで同情して終わりってことには絶対しないのだ。
「じゃあ、社長はこう言ったの。うちで働きませんかって。ドラゴンスケルトンを動かしてたってことは黒魔法も多少は使えるはずだからって」
「社長なら、そう言いますよね」
その様子、まざまざと脳内で想像できる。
「ワタシ、ほんとに運転ぐらいしかできないって言ったのよ。そしたら、運転を使ってできる仕事を考えればいいってさ。順序、逆でしょ、それ」
「何から何まで社長だ……」
あの人なら、まず雇って、その人ができそうなことを考えるってことをすると思う。多分だけど、今、会社でいろんな仕事をやってるのも人によって仕事を設定していったからなんだろう。
そんなことで上手くいくのかって思うけど、上手くいってしまってるんだよな……。
「それで、ネクログラント黒魔法社にドラゴンスケルトン運輸部門ができたの。社長に迷惑かけたくないし、走り屋時代みたいな暴走はしてないわよ」
気づいたらセルリアが泣いていた。
「いい話ですわぁ……。目頭が熱くなりますわ……」
「別に泣ける話をしたつもりはないんだけど……」
先輩もちょっと困惑していた。
「先輩、いよいよ、俺、この会社が好きになりました」
「別に会社なんて好きにならなくていいよ――そう社長なら言うと思うわ」
確信を持ったようにトトト先輩が言った。俺も同意したい。
「幸せになるためにこの会社を使え、会社が幸せになっても社員が幸せでないと意味がないから、そんなこと言いますよね、社長なら」
「そうそう、そういうこと」
俺たちは天翔号目指して歩きだした。
「先輩、仕事でこの道通る時、いつも墓参りしてますよね」
「そうだけど、なんでわかったの……?」
「このへんに泉があるって、ぱっと出てきましたよね。こんな、代わり映えのしない地形であっさり場所が特定できるって意識してないと無理ですよ」
「そうね。ワタシもまさか、こんなありふれた道で事故が起きるなんて信じられなかったわ。すべてはスピード出しすぎのせいよ」
森に入っていく時と比べると先輩はさばさばした顔をしている。
「あの子がどうしてるかわからないけど、精霊にでもなってこの道を守ってくれてたらいいなって思うわ」
こんないい話で終わって、また出張を続ける予定だったんだけど、そうはいかなかった。
先輩の目つきが鋭くなる。
「なにか、来るわ。一般人とは違う空気を感じる!」




