315 ファントランドだけなら
昨日の夜、なろうが無茶苦茶重くなって前話が更新できてないと思ってたら、できてたんですね……。同じ話を投稿してしまったので、次の話に差し替えました。間違って読んでしまった人、すみません。
「いくつも要因があるみたいで、俺もこれだというのがわからないんですが、とにかく順を追って説明いたしますね……」
ああ、マコリベさんがため息をついたのは言いづらいというより、説明が難しいと感じたせいか。
「まず、大角黒ジカの数が一昔前まで大幅に減っていたのは事実です。それで、うちの郡でも一年の間に獲っていい数が制限されることになったんです。俺が生まれて十年後ぐらいのことです」
「こんな立派な角のシカなら食べると精力がつきそうですわね」
セルリアはサキュバスらしいところに着目している。
「ちなみに、角はオスにしか生えていませんよ。ま、角が立派なほうがメスにモテるらしいので、その点ではシカたちも似たような考えでいるのかもしれませんが」
異性をひきつけるアピールはいろんな動物で行われるんだな。
「これだけの見事なツノなら古代には生贄でさんざん使われただろう」
グダマル博士も博士らしい着眼点だ。
しかし、博士の視点はかなり当を得ていた。
「この角を使っていろいろできそうだ。肉よりも角のほうが価値が出る気がする」
「はい、まさしくそうなんです。ファントランドの山をはさんで隣の集落のほうでは、この角を使った工芸品がたくさん作られていました」
マコリベさんが先ほどのシカが描いてある資料のページをめくる。
そこには、芸術と言っていいほどに精巧な角の工芸品が並んでいた。
「まあ、とっても素晴らしいですわ! 大変な手間がかかっているのが一目でわかります!」
「はい。これは地元では角細工と呼ばれているもので、高額で取引されていました」
銀貨一枚じゃ買えないだろうな。金貨一枚でも足りないかも。あるいは金貨でも数枚するかな……。俺の給料でも吹き飛ぶような値段になる気がする。
ちなみにホワホワは眠くなってきたのかあくびをしていた。
水辺で暮らす沼トロールにとってはシカの問題はあまり影響がないものなんだろう。
「じゃあ、角細工のためにシカを獲りすぎて問題になって、シカの捕獲数を制限したってことだね」
俺もメアリに従って、考察をしていく。いつもながらメアリはたのもしい。
「はい、そうなんです。でも、間が悪いことにシカの捕獲数の制限が決まる頃に、郡全体に大きな問題が来たんです……」
大きな問題? 何か災害のようなものがこのあたりを襲っただろうか? 地方すぎて、あまり過去のことも把握してない。
「過疎化です……」
それか! たしかに郡全体をゆるがす、いや、地方すべてをゆるがす大問題だ!
「急激な過疎化が進行しまして……角細工を作っている職人の数も減っていきました……。ただでさえ後継者不足だったところに、捕獲数の制限が出て、生計が立たないと引退する職人も増え……現役だった職人もじわじわと引退するようになり……」
マコリベさんは人差し指を一本立てた。
「今では角細工職人は一人だけ……。七十八歳のベンドローさんのみです」
「へ~、シカじゃなくて角細工職人のほうがはるかに絶滅しそうだね」
「メアリ、そのブラックジョーク、きつすぎるからやめろ……」
マジで消滅する寸前じゃないか、角細工……。
「職人がいないということは大角黒ジカを捕獲することもないということです。さらに過疎化でこれまで耕作していた土地が放棄されて人が入らなくなりました。そこが新たにシカの生活スペースになって、シカ側にとったら暮らせる範囲も広くなったんです」
「シカにとったら数を増やせる環境が整ったってことですね……」
暮らせる範囲が広くなれば、生存できるシカの数だって自然と増えるはずだ。
「しかも、耕作放棄地には人間が植えた木の実がなる樹木がそのままになっていました。シカは労なくして、そういった食糧にもありつけたというわけです」
シカにとったら至れり尽くせりだ。
そりゃ、この土地を手放すからといって、生えている栗の木を切っていこうとは思わないよな。ほったらかしにするはずだ。
「というわけで……山をはさんだ隣の集落ではシカが激増していたんです。そして……そのシカがついに山を越えて――」
「ファントランドのほうにまで降りてきたんですね」
俺の言葉にマコリベさんがうなずいた。
「はい。向こうで生活がきつくなったシカの一部が新天地を求めてやってきてしまって……。とてもじゃないですが、あんなサイズのシカは狩猟に慣れている若い衆でしか対応できません……。ファントランドではどうしようもないです……」
マコリベさんがため息をつく。
人口が減少した集落では勝ち目がないよな。並みのモンスターよりよっぽど危険だ。
あの大きさの動物なら知能も高いだろうから、ひとたび生活ができる判断したら一気に広がることになる。
「猟師さんを雇うとしても……そのお金が出せないか……」
ドブロンがやっと市場に並びだしているといっても、とても足りないだろう。
「領主様、どうしたものでしょうか?」
「どうしよう……。ていうか、思いっきり深刻な問題じゃないですか、マコリベさん!」
お酒を飲んでほろ酔いで聞いていい話じゃないぞ。
「ま、まあ……ドブロン工場がシカに襲撃されることもないですし……上手く捕獲できればお肉はそれなりにおいしいんで……」
いやいや、このままだとファントランドでの生活すら厳しくなるぞ。
「マコリベさん、猟師さんやシカ退治の冒険者を雇えるお金はあるんですか?」
「いやあ、昔はもっと安く雇えたようですが、最近は高くなってて大変ですね。大角黒ジカは凶暴で危険もともなうんで、通常サイズのシカよりずっと高くつきますし」
どうしたものだろう。
空気がすっかり暗くなった。どうしたものか……。
「まっ、どうとでもなるんじゃない?」
いつも以上にあっさりとメアリが言った。
「そ、そうか? 構造的にかなり詰んでるような気もするんだけど……」
「大丈夫だよ。救えるって。ただし――ファントランドだけならね」
さらっとメアリが補足した。
「シカがやってこないように追い返すだけなら手段はあるよ。わらわの眷属である六万六千六百人のミニデーモンを貸してあげれば、山の向こうに帰ってもらうぐらいはできるって。でも、それで山の向こうの集落は破滅するんじゃない?」
やっぱり、これってシカをどうするかというよりも、過疎化をどうするかという問題だ……。




