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若者の黒魔法離れが深刻ですが、就職してみたら待遇いいし、社長も使い魔もかわいくて最高です!  作者: 森田季節
災害のあった場所での仕事編

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312/337

312 言いづらいけど大切なこと

『そこはサキュバス的なことをしてもらうための空間です』


 俺は耳を疑った。

「あれ、聞き間違いかな……。それとも幻聴……?」


『いえ、サキュバス的なことをしてもらうための空間ですよ』

「間違いじゃなかった!」


 もっとも、社長の声が複数回聞こえてきたからといって、にわかには信じられない。

「いえ……だって、この仕事ってメントマラ郡からの依頼ですよね……? あんまりお役所が依頼してくるようなものじゃないと思うんですが……」

 それこそ、もし報道されたら批判を浴びそうだ。

 サキュバス的なことをするためにお金を使うなんて何事かって言われるのでは?


『第一印象だとそう考えがちですよね』

 社長の声が部屋全体から聞こえてくるので、社長の胎内にいるような気持ちがしてくる。

『ですが、この空間は郡の方たちと何度も連絡を取り合い、多くの要望があることを確認したうえで作ったものなんです』


 俺は目をぱちぱちさせた。

 社長がウソをついているとは思えない。

 でも、常識からはずれているという感覚が俺を納得させてくれない。


「社長……要望というのは誰からのものなんですか……?」

 答えはあっさりとやってきた。

『主に、避難所暮らしの若い夫婦さんたちです』


 その言葉だけだと疑問がぱっと氷解することはなかったが――

 セルリアのほうは、すべてわかったといったように、ぱんと手を叩いた。

「ここで、二人きりの時間を作ってあげるんですわね! 避難所の方向けのプライベートルームですわ!」


 セルリアの言葉で俺も理解した。


「あっ、そうか! あんまり報道されないけど、そういう個室だって若い夫婦には必要不可欠なものなんだ!」

 急に自分の家がなくなって、避難所で長く暮らすことになった様子を想像してみる。


 まさか、大きな建物の中で、他人の目を受けながら、そんな恥ずかしいことできるわけがない。おおらかな性格の人が多い地域と言っても無理がある。

 でも、それだって生きていくうえで大切な権利だ。


「その……数か月もできないままだったら困りますよね。独り身でも数か月じっと我慢してろっていうのは健康にも悪いかもしれないし……。黒魔法でどうにかできるならやったほうがいい」


 拍手の音が反響しながら空間に響く。

 社長の拍手だろうと思っていたけれど、もう一つ、出どころがある。


 セルリアも拍手をしていた。

「ご主人様も気づいてくださいましたわね。このことは、とても大切なことなんですわ。だって、人間も魔族もそれで生まれてきているんですから。それがおとしめられたり、恥ずかしいものとして避けられるのはおかしいですわ」


 セルリアの瞳は少しうるんでいた。俺の言葉だけの影響じゃないだろう。社長が「サキュバス的なこと」の意義を認めて、この仕事を被災地で行ってくれたからだ。


『最初は依頼を出してきた郡のほうも、どう頼むべきか迷っていたようですが、書面でのやりとりをするうちに切実さが伝わってきました。ほかの誰にも邪魔をされない時間が人間らしい生き方には必須なんですね』

 社長の言葉に俺もうなずいていた。


「性生活って言及すること自体が避けられがちですけど、間違いなく実在しています。夫婦や恋人が語らう場所も作ってあげないといけません」


 冷静に考えれば、不思議なことでも何でもない。

 しかし、俺たちはいつのまにか、それを不都合なこととして目を伏せている。積極的に人前で話すべきことじゃないかもしれないけど、避難所暮らしが長くなるならケアだってしないといけない。


 この小さな深淵からできている暗めの個室が、とても尊いものに見えてきた。


「病院の中に作ったというのもいいですわね。様々な世代の方がいて違和感がありませんし、元気な人だってお見舞いや検査に来ることがいくらでもありますから」

 セルリアはこころなしか誇らしげな顔をしていた。

 自分の存在価値を肯定されたような気持ちも抱いているのかもしれない。


 黒魔法がやれること、ちゃんと転がっているんだな。

 まあ、こんな空間を使役する魔法なんて、一流の魔法使いにしか無理だけど……。


「社長、出張にわざわざ同行させてくださってありがとうございます。月並みな表現ですけど、また視野が広がった気がします」

 俺たち黒魔法使いもいくらでも人の役に立てるんだ。

 早く、もっともっと成長してやる。


『フランツさん、お礼はお礼で受け取っておきますが……ええと……品質チェックのほうもやってもらえないでしょうか……?』

 社長の声が少し戸惑い気味になる。

 そういえば、そのために俺たちをここに呼んだはずだよな。


「あの、社長、品質チェックというのは……」

『もし、音漏れがしていたら大変ですから……。そこでセルリアさんと…………』


 意味がわかった。

「と、とんでもない仕事ですね!」


『今は私が深淵の空間に直接干渉しているから聞こえますが、それをやめれば私も含めて空間の外部にいる人は何も聞こえないはずです。その確認をさせてください……』

 ああ、そりゃ、依頼をしてきた役所の人にも、やってみてくださいとは言えないか……。


 後ろからゆっくりと抱き締められた。

 セルリアの腕が俺をやさしく包む。


「いたしましょうか。人間にとって大切なことを」

「う、うん……わかった」

「ちょうどいいベッドもありますしね。盛り上がりましょう、あ・な・た」


 あなたと呼ばれると、いまだに胸がくすぐったいな。

「それが出張で来た理由だし、うん、真剣にやる」


 俺とセルリアは出会って間もない頃みたいに、とても丁寧に愛し合った。

 楽しいものであることは当然だけど、それだけじゃないんだ。これが不可欠な要素になってるカップルだってたくさんいるんだ。


 俺たちは出ているお湯で体をきれいに洗ってから、部屋の奥にある「出口」という文字がわずかに輝いているところに飛び込んだ。

「あっ、戻ってこられましたね」

 社長が難しい本を読んでいるところに俺たちは出てきた。


「防音、大丈夫でしたか? 病院の音が聞こえたりしませんでしたか?」

「はい! ばっちりです!」

 社長が右手をサムズアップした。


 なお、その日はフッスの隣町の被害が少なかったところにある宿に泊まったが――


「あなた、ここでも、もう一度いたしましょう」

 そう言われて、きっちり二回戦があった。


 大切なことだけど、楽しいことでもあるよなあ……。



災害のあった場所での仕事編はこれでおしまいです。次回から新展開です!

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