31 トトト先輩の過去
森はそんなに深くはないからすぐに追いつくと思ったけれど、厄介な点があった。
ただの森なので、道すらない。
「これ、うかつに進むと、どっちに行ったかわからなくなるやつだな……」
不安のせいで進む速度も自然と遅くなる。
すると、セルリアが俺の手をぎゅっと握った。
「大丈夫ですわ、ご主人様。わたくしがついていますから」
「セルリア……」
「それに、肝試しでも男女で手をつないだりいたしますでしょう」
「意味はわかるけど、魔族も肝試しって概念あるんだね……」
どっちかというと、出てきておどかす側な気がするけど。
「ああやって手をつなぐのって、不安を相手への気持ちと勘違いさせるための手段なんですわ。だから、ご主人様は不安をわたくしへの愛だと思ってくださればいいんですわ。そしたら、恐怖心もやわらぐうえに、愛も深まってウィンウィンの関係ですわよ」
「何かが違う気がするけど、プラス思考は大事だし、それでいこう!」
愛が深まっても迷ってしまうと意味がないんだよな……。早目に先輩のところに着かないとまずい……。
「この森は小さいですし、大型の野生動物もたいして棲んでないと思いますわ。ですから、危険はたいしてないですわ」
「的確な分析、助かるよ」
森に入った時の対策なんて、魔法学校では習ってないからな。
ていうか、王都の会社に勤めた同級生の中にはほとんど一生王都から出ないで働く奴もいるんだろうな。それはそれで寂しい気もする。もちろん、だからといって森で迷うべきだとは思わないけど……。
ちょうど目の前に大きな蜂の巣があった。
「あっ、これはまずい……」
とはいえ、この程度なら乗り越える技術は持っている。
「セルリア、杖を出して」
ぽんとセルリアの手に杖が現れる。普段は持ち歩くのが面倒なので、セルリアに保管してもらっているのだ。ちなみに会社の備品だ。
これでさささっと魔法陣を描いて、詠唱を行う。そして、杖を蜂の巣に向ける。
すると道をふさいでいた蜂たちが巣のほうに戻っていった。
「『精神支配(軽度)』を使った。蜂ぐらい小さい虫なら、よく効くからね」
「さすがですわ、ご主人様!」
虫を操るぐらい、入社二か月目でもわけないけど、これって蜂みたいに攻撃に使える虫に使えればけっこう便利かもな。攻撃魔法としての役割を持つかもしれない。
そのまま俺とセルリアは先を急いだ。ぎゅっとセルリアと手を握りながら歩いているので、場違いにもロマンチックだ。
けど、そんな気持ちも掻き消えた。
先輩の声が聞こえてきたからだ。
「……土の下、根の国、夢の川、体は静かに遠き地へ。友よ、また相見えん」
すぐに先輩のところに踏み込むことはできなかった。
「これ、弔歌だよね……」
「そうですわね……」
先輩は小さな石の墓の前で、死者を慰める歌を歌っていた。石に似つかわしい小さな声で。
やがて歌が終わると、先輩はすぐにこちらを向いた。もう気づいていたらしい。
「散歩って言ったのに。けど、理由も先に言っておいたほうが心配させなかったかな」
「あの、言いたくないなら黙っててもらっててけっこうですが、このお墓は……」
見てしまった以上は無視することもできない。
「これはね、友達の墓。ワタシが暴れてた時代のね」
「暴れてた?」
「そうよ。ワタシはドラゴンスケルトンの走り屋だったの」
「走り屋…………って何ですかね?」
「あっ、そうか……。今時、走り屋なんてあまりいないわよね……。しかも、王都は都会だから余計にいないわよね……。走りようもないもんね……。うわ、なんか世代間ギャップ感じて恥ずかしいわ……」
先輩は顔を赤らめた後、がさごさと羽織ってる服のポケットから、手のひらほどの面積しかない小さな絵を取り出した。
「これ、走り屋時代に町のかけだし肖像画家に描いてもらった絵なの。割と似てるわ」
そこには髪を悪魔? みたいに逆立てた先輩が描かれていた。厳密には、別の髪を追っ立てたダークエルフが描かれてもいるけど、まずは先輩に目がいく。
「ワタシ、長らくグレてたの。今みたいにツインテールにしたのは、走り屋を卒業してからよ……」
「別人すぎますよ、これ!」
しかも着てる服に「参上!」とか「喧嘩上等」とか刺繍してあるし。
キャラ崩壊とか、そういう次元じゃないぞ。
「こんな服売ってるんですか?」
「ぶっちゃけ売ってるところには売ってた。でも、基本的には自分で作ったわね。自分で作ったほうが魂入る気がして。出来合いのもので済ましてた奴はぬるいって言われるわ。髪の毛は馬の油で固めてた。けっこう臭くてきついのよね……」
ツッコミどころが多すぎてツッコミを全部に入れられる自信がない。
「それで、この走り屋というのはどういうことをする職業なんですか?」
こんなの、王都で見たことないからわからない。
「マジで? まだわかってもらえないの? これ、自分の口で説明するの、超恥ずかしいんだけど!」
「ご主人様、今、トトト先輩の心に鈍器で殴るようなダメージが蓄積してますわ……」
かなりひどいことをしているようだけど、わからないものはわからないのだ。すみません。まだ十八歳なんです……。
「走り屋というのはね……こういう格好をして、ドラゴンスケルトンに乗って原野を走る連中のことなの。なんで走るかっていうと……楽しいから? 危険な運転もわざとやったりしてね、そういうことをしてたの」
「でも、ドラゴンスケルトンを入手するってそんな簡単にできるんですか?」
「そういうのは中古ドラゴンスケルトン屋で安く買って、あとは改造するのよ」
そんな店もあるのか。俺、まだまだ世間知らずだな……。
「ちなみに職業ではないわ。むしろ、社会に出ることを拒んでグレた奴らがこういうことをしてたの。ワタシも見事にグレた側だったわ。でも、社会の除け者同士が集まって、あれはあれで青春してたのかもね」
先輩はとても遠いところを見ているような目をした。
もしかしたら、亡くなった友達の顔でも見ているのかもしれない。
「このお墓の人が親友だったんですね」
「そういうことよ。マブダチっていうやつだったわ」




