3 使い魔を召喚しよう
「そうだ、この後、お時間あります? 会社を案内しますよ」
何も知らないまま、会社に行くの、たしかにハードル高いよな。
「それじゃ、お願いします」
俺とケルケルさんはカフェを出た。俺の飲み物代も当然のようにケルケルさんが出してくれた。
途中、王都の繁華街を通る。
ケルケルさんがかわいいからか、男がちらちら、彼女に視線を向けていた。
デートしてるとでも思われてるのかな。まさか、この子が会社の社長で、こっちが新卒採用候補だとは考えないだろう。
繁華街の先には、白魔法の企業名がついた看板がいくつもあった。
きっと、クラスメイトや寮の仲間にもこのへんで働く奴がいるだろう。
「ああ、このへんの建物なんですね。、魔法関係の会社が多いし」
「それがね~、違うんですよ。このあたりは地価が無駄に高いんで。もうちょっと歩きます。あ、でももうちょっとだけです」
――その後、一時間半、歩かされた。
王都は周囲を城壁に覆われている都市だ。
厳密には壁の外にも都市は拡大して広がっているが、一時間半も歩けば、余裕で壁の外側になる。
「こんなに遠いんですか……」
「いい運動になりませんか? それと沼とかの仕事って郊外のほうが都合いいんですよね」
いかにも王都の住民用に野菜作ってますというような畑が目立ちはじめた頃、
「ここが私たちの会社です」
ケルケルさんが言った。
『ネクログラント黒魔法社』という看板がついた石造りの堅牢な砦がそびえていた。
小高い丘の上に立っているから、入口に着くまでに五分ぐらいはなだらかな坂をのぼらないといけなそうだ。
「これ、会社というか砦ですよね……?」
社員数が十名の企業の規模じゃないぞ。最低でも二百人は籠城できるサイズだ。
「千年ほど前、まだこの国がいくつもの国家に別れていた時、現在の王都を守備するために作られた砦だそうですね。そこを『ネクログラント黒魔法社』が買い取ったんです。ほら、黒魔法狩りみたいなのが起きたら立てこもって戦わないといけませんから」
物騒な話だな……。
まあ、黒魔法のイメージは今でも悪いぐらいだからしょうがないか。
砦の中は、ごく普通の魔法の会社といった感じだったが、全然人気はなかった。
「静かですね」
「事務的な仕事はあまりないから、大半の人は出払ってるんですよ。外での仕事の時は、出勤しなくてもいいですし」
なるほど。机の上で書類書くのがメインじゃないよな。黒魔法っぽくもないし。
俺は応接室に通された。ケルケル社長(もう、俺は社員だから「さん」付けを変更)は持ってくるものがあると言って、一度席をはずした。
応接室の壁には獣の皮らしきものが吊るされていたりして、なかなか不気味だった。そこは黒魔法感があるな。
部屋の隅にある本棚には、『本当は怖くない黒魔法』『お子様でも安全安心な黒魔法』といったタイトルの本が並んでいた。
イメージ改善に努力してるんだな……。
「お待たせしました」
そこに長い木の杖を持ったケルケル社長が入ってきた。
杖はよく見ると、コウモリが頭の部分に彫ってある。かなり手の込んだものだ。
「はい、せっかく来ていただきましたし、今からフランツさんにやってもらいたいことがあります。使い魔の召喚です」
「使い魔!?」
白魔法だとまず出てこない単語だ。
「そうです。黒魔法では単純労働は使い魔にやらせることが多いんです。魔界から低級悪魔を呼び出して、契約するんですね。業界的にも使い魔もいない黒魔法使いというと、信用もされないので、まずは使い魔を出してください」
どの業界にもある暗黙のルールというやつだな。
島にある会社は小船の操縦免許が必須だとか聞いたことがあるし、そういうものに近いのだろう。
「上手く使い魔を召喚できれば、就職前からフランツさんの生活をバックアップできますからね。悪い話ではないです」
なるほど、使い魔は主人に仕える存在ってことか。
「ちなみに私の使い魔は――」
ケルケルさんの手から煙が出たかと思うと、そこに羽の生えた毛むくじゃらの犬が出てきた。
「この子です。名前はゲルゲル」
犬耳の子が犬を使い魔にしてるってややこしいな……。
「こんにちワン。今日も一日がんばるワン」
犬の使い魔がしゃべりだした。
「こういう子を出してもらおうと思うんです。ちなみに、お茶くみも借りた魔法書の書き写しもやってくれますよ。ほかにはゲルゲルは何か得意なことありましたっけ?」
「王国チェス選手権、三年前のチャンピオンだワン」
「活躍の幅、広っ!」
「チャンピオンの優勝賞金は会社の利益とさせてもらいました」
それは会社に帰属するのか……。
「まあ、チェスは例外的なものなんですが、こういう使い魔を召喚して、契約していただきます」
「それって、魂とか取られませんよね……?」
目下一番の悩みはそれだ。
黒魔法で、しかも契約という単語が出ると覚悟してしまう。
「大丈夫ですよ。我が社では使い魔にも賃金を払っていますから」
「給料で代用できるの!?」
「月給銀貨四十枚だワン」
「社長の使い魔とはいえ、そこそこもらってた!」
ちなみにこの王都で魔法学校卒で就職すれば、初任給は月に銀貨二十枚程度が相場だ。
これでも魔法学校卒業という箔があるだけマシだ。卒業資格がないまま魔法関係の職につくのは、親が魔法使いで教え込まれてたとかいった理由がないとほぼ無理だし、そうなると銀貨十三枚程度の職になりかねない。
「まあ、新人のフランツさんが扱える使い魔なら月給銀貨十枚といったところでしょうか。そこは使い魔さんとも交渉します」
そう言うと、ケルケルさんは本の一ページを開いて、テーブルに置いた。
黒魔法用の呪文だな。特殊な言語で書かれている。
学校の授業で軽く習うから、これぐらいなら読めなくはない。
「エンリ・バンラ・ヒルンディルケ・ギグ・ランフィ……」
「おお! さすがですね! この詠唱の発音がすぐにわかるだなんて、魔法学校の生徒さんでも、一割いるかどうかですよ!」
「成績は悪くなかったですからね」
ぶっちゃけ成績だけなら、上の下ぐらいのものだった。
教師もなんで俺が就職できないか不思議がっていたほどだ。
だって、就活で重要視されるのはコミュ力とかだからな……。
真面目にテスト範囲を勉強するような能力はあるけど、面接で初対面の相手に感心させるようなことを言うような能力はない。
そんなの、魔法使いと関係ないだろと言いたい。
コミュ力が高かったら魔法が使えるのか! 就職に必要なら、もっとコミュ力向上の授業作ってくれよ!
しまった、ちょっとアツくなってしまった……。
「読めるようなら、やることもわかりますね。杖を持ちながら魔法陣の上でその呪文を唱えてください」
「魔法陣を描くのは慣れないと難しくないですか?」
「それなら省略ができます。この部屋のじゅうたん、魔法陣になってますから」
改めて床を見たら、たしかに円の中に目があるような不思議な紋様になっていた。
「はい、じゃあ、この杖をプレゼントします」
コウモリの杖を渡された。
「おそらく、一か月ぐらいは使い魔を出すのにかかると思いますけど、空き時間にでもやってください。採用後にまだ出せてなくても、ちゃんと雇いますから安心してください。新人教育も会社にとって必要なことですから」
「ためしにここでやってみていいですか?」
「はい、どうぞ、どうぞ」
まあ、ここで軽くやってみて、おかしなところがあれば、社長に教えてもらうのが一番効率がいいだろう。
杖を持って、魔法陣の上で動かしながら、詠唱をする。
「エンリ・バンラ・ヒルンディルケ・ギグ・ランフィ……」
すると――いきなり、魔法陣が発光しはじめた。
「えっ、まさか、いきなり成功したんですか!?」
社長が声をあげる。
俺はそんなことわからないから、杖を持ってない手で目をふさぐぐらいしかできない。
そして、光が収まった後には――
胸をやけに強調した服を着た悪魔っ娘が浮いていた。
明日も三回更新を目指します!