293 リスクを最小限に
「しかも、飲食店なら、食材の調達も必須です。アリエノールさんは今まで、地元の農家さんや猟師さんから安く仕入れるだとか、そういう方法を使っていたんじゃないですか?」
「絶対にそうだと思います……」
王都のど真ん中でシカやイノシシが出てきたりしないからな。その肉を仕入れるだけでも金がかかる。
仮にモルコの森のなじみの人から買うとしても、輸送コストは今までと比べ物にならないほどに跳ね上がる。
「飲食店を軌道に乗せるというのは、本当に難しいことです。実際、この記事でもスタートしてから五年残る飲食店は三分の一もないと書いてます」
「ほとんどの店が失敗して消えていくのか……」
「なかには、店主が体調を崩したとか、違う仕事をしたくなったとか、お金以外の理由もあるでしょうけど、飲食店というのは数年続けるだけでも大変難しいんですよ。それに失敗した店の少なからずのケースが借金を抱えているでしょうし」
「儲かってたら、続けますもんね……。上手くいかずにさらに借金とか、最悪だ……」
自分の店を持つ――夢のある言葉のようだけど、現実はあまりにも厳しい。
「だからこそ、みんな、会社に就職しようとするんです。どんなひどい環境でも、就職して、借金が増えていくということまではないですからね」
「たしかに……。店を自分でやるとなると、学校の成績がいいからどうにかなるって次元ではなくなりますもんね……」
こんなの、よほど鋭敏な経営感覚がないとやっていけない。
で、アリエノールにそれがあるとは思えない。もはや料理の腕を超えた領域の話だ。
俺は社長が出してきた雑誌の記事に目を走らせていった。
まだまだ気になる見出しがたくさんある。
『行列のできる繁盛店すら三年で閉店!? その謎に迫る』
マジか……。人気が出てもつぶれるってどういうことだよ……。胃が痛くなってきた……。
『常連客を作るのがいかに難しいか もはや飲食店戦国時代』
あいつ、常連客のことで文句を言ってたけど、そもそも常連って簡単に手に入るものじゃないんだよな。モルコの森は店の数も少ないから、その点では恵まれていたんだ。
「飲食店って、ひとまず銀貨三百枚ではじめられるんです。それですら高いと思うかもしれませんが、自分の店を持つと考えれば安いんですよ。だから、挑戦する人も多いわけです」
「まあ、親から借りたりすれば、二十歳ぐらいでもやれなくはない金額ですね」
一年で銀貨三百枚の貯金をするのは若い頃は大変だろうが、かき集めるだけならどうとでもなりそうだ。
「だから、気軽にはじめる人も多いです。で、大半が失敗します。それはデータが物語っています」
「そうなりますよね……」
「私はアリエノールさんが王都に打って出ると決めたことは大変素晴らしいと思います。若気の至りという言葉がありますが、逆に言えば若いからこそ試せることも多いのです。失敗したとしても、その失敗を次に活かすことができれば、失敗すらしたことがない人よりずっと強いですよ」
社長は俺とアリエノールの保護者みたいな瞳をして言った。
「ですが、その失敗があまりに大きいと立ち直れなくなったり、立ち直るのにとても長い時間がかかったりします。最悪のケース、身売りなんてこともありますからね」
俺はサキュバス的なサービスをする店で働いているアリエノールの姿を想像した。
しかも怖いことに、本当にありうるんだよな……。
とくにあいつ、黒魔法使いとして金が稼げるかというと怪しいところがあるし、力仕事なんて絶対無理だし、王都で毎月大金を稼ぐとなると……そういう店に働くしかないってことはある……。
俺が慎重に出店場所を選ばないと!
「恐ろしさがわかってもらえたようですね♪」
にっこり微笑んで、社長は雑誌を閉じた。
「私も飲食店の専門家ではありません。まして、どこに空き店舗があるかもわかりません。休日に不動産屋さんに行って、聞いてくるといいでしょう」
いっそ、引き止めてくれたほうがうれしいかも……。それぐらい、難易度が高い。
「ぶっちゃけ、結婚した人が新居を探すより、よっぽどハードですよ♪」
「ですよね……」
猫の劇場に関与したし、しばらくゆっくりしようかと思ったが、全然それどころじゃなくなった。
●
アリエノールは休日、早速、不動産屋さんに行こうと言い出した。
それはそうだろう。王都にいても、気になる店に入って、味などを確かめてみる程度しかやれることがなかったはずだからな。アリエノールも店を探すということを待ちわびていたとは思う。
しかし、俺はまず書店にアリエノールを連れていった。
そして、王都に関する本を何冊も購入した。どれがいいかわからないから、手当たり次第に買った。
「フランツよ、これはどういうことだ? なぜ、本を買い集める?」
当然ながらアリエノールに質問された。
「アリエノール、お前は王都の町ごとの特徴についてほとんど知らないよな」
「王都は都会だろう?」
やっぱり、その次元の認識か。
「お前はまず、徹底して王都について調べろ。詳しくなれ。お店探しはそのあとだ。でないと、悲惨な結末が待ってる!」
「な……この私の料理にケチをつけるつもりか! アリエノール様の料理は――」
「味だけで勝てるほど飲食の世界は甘くないんだ」
俺はアリエノールの言葉を封じた。
「お前の料理がおいしいことはよく知ってる。それでも、おいしいだけで成功するには、王都には店が多すぎるんだよ。それとも、味の順序と売り上げの順序が一致するとでも思ってるのか?」
「なっ……。それでは最初から味で勝負するなと言っているようなものではないか……」
ぐぬぬぬという悔しそうな顔にアリエノールはなっている。
料理が好きで、ついに店まで開いた奴だ。それが味を否定されたらつらいだろう。俺だってその痛みの全体の一割ほどかもしれないけど、わかるつもりだ。
でも、この現実を受け入れないと先に進めない。
それどころか、挽回不可能なぐらいのダメージになるおそれもある。
絶対に成功する方法などない。それでも、失敗のリスクやダメージを軽減することも考えないと、取り返しのつかないものを失う。
若い時期という時間を。
コミカライズ最新話がニコニコ静画でも公開となりました! アリエノールとサキュバス的なことをする回です!




