264 講義を聞く
「グダマル博士、研究について、みっちり聞かせてください」
俺は博士の目を見て、言った。
「それはかまわないが、ごく普通の魔法使いにはどうでもいいことにもずいぶん時間を割くから長くなるぞ。研究というのはそういうものだからな」
博士はうれしいような、困ったような、そんな表情だ。
「かまいません。なにせ、それが俺たちの出張目的ですから」
「わかった。ならば、話をしてやろう。えっへん!」
すごく気持ちよさそうだな、グダマル博士。
そこから、博士による講義が延々と行われた。
はっきり言って、なかなかつらかった……。
まず、博士が言っていたように、話が難しい。
俺だって黒魔法業界で働いているぐらいだから最低限の知識はあるはずなんだが、仕事の時には気にしなくていいような概念や用語がどんどん出てくる。
だいたい、博士は教えるプロではない。むしろ、教えることに関しては素人だ。全然、一般的じゃないことを平気ですっ飛ばしたりするので、ついていくのも疲れる。
1・2・3と話が進んでると思ったら、次に来たのが4じゃなくて7だったぐらいの飛び方は頻繁に起こる。
「――なので、以上より、生贄による神秘的価値はほぼないと言える。むしろ、生贄に価値を見出しているのは白魔法のほうだ。神への供物という意義はまさしくそういうものだろう。黒魔法はむしろ、支払いさえ済めばそれでいいという考えのものだ」
ごちゃごちゃと、ボードに図やら式が書かれているが、それが何を意味しているのか認識するのに時間がかかった。
俺だけが落ちこぼれなわけではない。セルリアもきつそうだった。
「催眠効果のある魔法がかかってるようですわ……」
「わたしはそんな魔法、かけてないぞ! 寝るな!」
グダマル博士が怒るんだけど、見た目が子供なので威圧感がないのも問題だ。
「しかし、話が長くなってはきたな。もう夕方か」
おっ、やっと終わるのか。助かった。
「食事をしてから、続きをやるぞ」
まだ、やるのか!
「食事は用意してやるから、そこで待っているがいい」
おお、それなりのもてなしはしてくれるようだ。そこはありがたい。
ただ、数分後、大量のチーズが出てきて、俺は嫌な予感がした。
「あの、チーズ以外はないんですか、博士……?」
「近所の牧場からもらったものだ。好きなだけ食べるがいい」
この人、料理とかいかにもできなそうだもんな……。
「あのグダマル博士、わたくしが何か作りますわ」
セルリアはもうちょっと、まともに調理されたものがほしいらしい。俺も同意見なのでうれしい。
「だが、肉も野菜もここにはないぞ。チーズと牛乳ぐらいしかないな」
牧場がなかったら、この人、飢え死にしてるんじゃなかろうか……。
結局、俺もセルリアもチーズで夕飯にすることで妥協した。
――ただ、チーズ自体はどれもハイクオリティだったんだけど。
「これ、黒ヤギからしかとれない、とっても珍しいチーズですわ!」
「へえ、癖があるけど、美味いな」
「牧場主が孫みたいでかわいいと言っていろいろ持ってくるのだ。一人で消費しきれないほどある」
グダマル博士、子供みたいな容姿で得してるな……。
食後、講義はしっかり再開されて、深夜にまで突入してしまった。
もっとも、このへんに宿はないからどっちみちここに泊まるしかない。そういう意味では、夜にした雑談が偶然、研究に関するものだったと考えれば、気分もちょっとマシになる。
うちの会社では極めてレアな徹夜残業だ……。
そして、深夜一時。
「ふぅ……以上で、基本の話はおしまいだ……。よく最後までついてきたな……眠い……」
やっと終わった。博士のほうもしゃべり疲れている。
「はい……。もう、くたくたです……」
「ご主人様とサキュバス的なことをする体力も今日はありませんわ……」
ただ、遅くまで起きていたせいか、一周して頭がちょっとクリアになっていた。むしろ、ハイになっていたと言うべきか。
「あの、一つ質問していいですか?」
「ああ、いいよ。怒らないから言ってみたまえ」
さっき、怒ったくせに。
「博士は生贄をいかに代替できるかずっと考えていますよね」
「そうだ。これだけ話して、それすら理解されてなかったら、さすがに怒ってた」
やはり、怒るらしい。
「……それで思ったんですけど、黒魔法の生贄を『支払い』という概念で考えるとですね、生贄をしょぼくすると、どうしたって支払いが足りないことになる気がするんです」
俺の言葉に博士は興味を持ったらしい。少し、俺のほうに近づいてきた。
「詳しく話してくれ」
「つまり、博士の方法だと、金貨一枚と銀貨三枚の支払いが必要な商品を、銀貨四枚で支払おうとしているようなものだなと。だから、代替が成立しないのかもなと」
「言いたいことはわかる。でも、カエルを生贄にする黒魔法で、羊を生贄にしても損じゃないか。それこそ、成功してもあまり意味のないことだ。銀貨三枚で買える商品に、銀貨三十枚を出してどうする?」
「はい、安く買える方法を探さないと意味はないです。でも、生贄という方法にこだわる以上は無理な気がするんです。それは錬金術が成功してないのと同じというか。銀貨三枚のものを二枚で買うことはできないんです」
ポカポカ叩いてきたりはしないが、グダマル博士は俺をじっとにらんでいた。
「つまり、わたしの研究は無駄だと言いたいわけか?」
博士にとったら、これまでの人生が否定されるのと同じだ。受け入れがたいだろう。
「俺に提案があります」
ここから先の部分を話すと、また怒られそうだな。
でも、言わないとはじまらないしな。
「銀貨三枚の変わりに、銀貨に相当するものをおまけでつけてやるんです。それならいけるかもしれない」
「いろんな種類の生贄を使う方法ならとっくに試しているぞ」
黒魔法に固執すれば難しいかもしれないけれど――
「たとえば、回復関係の分野ですぐれている白魔法や緑魔法で、銀貨の不足分を補うことってできないでしょうか」
白魔法の勉強を魔法学校でやってきた俺なりの案だった。
コミカライズ2巻は11月13日です! 特典もいろいろつくらしいので、よろしくお願いいたします! 特典は発表になったら活動報告にまとめます!




