261 気難しい博士
さて、グダマル博士についてこいと言われた俺とセルリアなのだが――
三分後、なぜか外にいた……。
外といっても、一応、テーブルと椅子はある。テラス席と言えなくもない。
先には、放牧されている家畜が目に入った。
「応接室とか会議室とかはないんですね……」
「もともとは事務やら接客用の部屋もあったのだが、そこも実験用に使ってしまってな。それなら、どうせめったに雨も降らん土地だし、外で接客すればいいかと思ったのだよ。天才的アイディアだろう。事実、わたしは天才だけどな!」
ティーポットとカップを持って、グダマル博士がやってきた。
カップに注がれたのはホットミルクだ。もてなす気はあるらしい。
「そこの牧場から買っているので、無茶苦茶鮮度がいい。味は抜群だ。健康にもいい。筋肉もくびれもできる」
俺はグダマル博士の体を見た。
見事に幼児体型だ……。絶対、筋肉もくびれもないだろう。ていうか、何歳なんだ? 魔族の年齢ってよくわからないんだよなあ。
「むっ、君、またわたしを子供みたいだとか思っただろ。これでも百五十年生きている。大学の博士課程も出ている。自称博士じゃなくて、本当の天才博士だぞ」
グダマル博士は気分を害したらしく、むすっとした顔になる。その表情はいかにも少女だ。女子と聞かされたので、女子っぽく見えてきた。
ただ、研究者っぽくは見えない。黒いローブはコスプレみたいだ。本人も小さいことにはコンプレックスを抱いているらしい。
「それで、グダマル博士は何を研究なさっていらっしゃるんですの?」
セルリアがさっと本題に入ってくれた。
うん、それがものすごく気になっていた。
ムカデ、カエル、羊と、今まで目にした部屋だけだとまったく何かわからない。早目にそこを理解しておきたい。
「そんなの、見てのとおりじゃないか」
げっ、教えてくれないのか!
「大学からずっとこの研究を続けている。大学の教授たちも、研究機関の連中も、頭が硬い奴らばかりで、ちっともわたしの研究のすごさと新しさに気づかなかったがね。おかげで六十年ほどバイトをして生活していたよ」
想像以上に長期間のポスドク!
人間の寿命だと、ポスドクをしてる間に命が尽きそうだけど、そこは魔族だから問題ないのか。それでも、研究しようとか思えなくなるのが一般的なんだろうが。
「ああ、思い出したらムカついてきた! インフェルノ魔法大学のセノーチ教授め! あいつがとっととどこかの大学に推薦してくれたらわたしもこんな苦労をしなくてすんだんだ!」
どんどん! グダマル博士は地面をばしばし踏んだ。脳内ではムカつく教授でも踏んでいるのだろう。
「インフェルノ魔法大学出身ですの!? あそこは難しい大学として有名ですわ! ご立派ですのね!」
ごく自然にセルリアが褒めていた。これはお世辞ではなくて、正当な評価のようだ。
じゃあ、うさんくさい大学で博士号だけ取得したんじゃなくて、本気で賢い人ってことか。
「ふん、あんなクソ大学、寝てたって合格できる。ほぼ、全教科満点で、あっさり合格した。ああ、そういや、わたしが入学した年は、最高得点だったのかな。入学式の時は生徒代表として式で何かしゃべらされたはずだ」
おいおい、天才って自称してるのもあながち間違いじゃないみたいだぞ……。
「なのに、大学に入ってみたら、誰もわたしの研究のすごさを理解しないんだから。老害の集まりだな。いやいや、学生たちまでわたしをバカにしてたから、老害と表現するのは歳がいっている者たちに失礼か。害ばかりの大学だった」
母校をボロカスに言ってるな。これ、絶対、同窓会とか出ないタイプだ。
「お情けで博士課程は修了させてもらったけど、どこからも声がかからなくて、ずっとバイトしながら研究を続けるしかなかった。ああ、あれは大学に居座らせるのが嫌だから、修了させて追い出すつもりだったんだな。じゃあ、お情けですらないのか。くそっ、くそっ!」
また地面を踏んでいる。けっこう気性が激しい魔族らしい。
「でも、わからず屋の集まりと研究をするよりは、一人のほうがずっと気楽だったけれどさ。毎日、五十回ずつ無意味とか無駄とか言われなくてすむからな」
研究内容はわからないままだが、この人が置かれていた立場はほぼわかった。
特殊な研究だから、誰からも理解されず、不遇の日々を過ごしていたんだろう。
まだ、どういう特殊な研究かすら俺は把握できてないけど……。
「で、ある時、ケルケル社長にうちで働かないかという話を持ちかけられて、立場上、うちの社員になった――ということで合ってますよね?」
グダマル博士は俺の顔をまじまじと見つめていた。
「どうして、わかったんだ!? 心を読む魔法でも使ったのか?」
「ケルケル社長は素晴らしい人格者ですもの。働いていれば、察しもつきますわ」
セルリアが俺の気持ちを代弁してくれた。
こういう言い方はアレだけど、社長がいかにも放っておかなそうな人材って感じがするんだよな。俺も一年以上会社にいて、そういうのがわかってきた。
「ああ、そのとおりさ。それで社長から得たお金で、この元牧場の事務棟だった建物を改装して、今に至るというわけだ。好きなだけ研究ができるし、ほぼ誰も訪ねてこないから人と会わなくてもいいし、最高の環境さ!」
ああ……。コミュニケーションが面倒な人にとっては、人と会わない山の中のほうがよかったりするんだな。
田舎には田舎のしがらみがあって、きつそうだけど、ここは周囲に牧場みたいなのしかないから、村の掟みたいなのもとくに存在しないのだろう。
何に惚れ込んだのかはわからないが、社長はこの博士の研究に価値を見出して、投資することにしたわけだ。
社長にとってみれば、グダマル博士の研究は無駄でも無意味でもなく、お金を出す価値があるものだったということだ。
ホットミルクを飲む。たしかに濃厚で美味い。
最初はとてつもなく辺鄙で暮らしづらそうと思ったが、グダマル博士にとっては実に快適な場所であるようだ。
「ケルケル社長には感謝している。社長がいなかったら、いまだにバイト暮らしだっただろう。地元からも変人扱いを受け続けていただろう。考えただけでも寒気がする」
「博士、本当によかったですね」
「ああ、あの子供みたいな社長にはどれだけ礼を言っても足りんな」
「子供……」
博士ににらまれた。
「君、何か言いたいことでもあるのか?」
「いえ、とくにありません……」
グダマル博士のほうがさらに子供っぽいですと言ったら、研究内容がわかる前に追い出されそうだ。




