259 研究所を目指せ
馬車を待っている間、セルリアが腕を組んできた。
「あの……あ、あなた……と呼ぶようになってから最初の本格的な旅行ですわね」
セルリアが顔を赤らめている。
たまにこういう恥じらった顔を見せるところがずるい。何度でも惚れ直してしまう……。
「そうだな、セルリア……」
「ある種、新婚旅行と言えなくもないですわ……」
「だったら、休暇もとっておくべきだったかな。悪い。気がきかなかった」
「いえ、それだとメアリさんも納得がいかなかったと思いますし、あなたと旅行気分が味わえるだけで幸せですわ」
今になって、お互いに付き合ったばかりの恋人気分になっているのも変な話かもしれない。
でも、倦怠期に入るよりはずっといいよな。
仕事とはまったく違う質の期待と不安を覚えながら、俺はやってきたデュラハン高速馬車に乗った。
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馬車は前回と同じく、人間にとっては無茶苦茶なスピードで目的地を目指した。
「これは速すぎて怖い……」
「わたくしは慣れていますわ。翼があっても遠方にはこういった乗り物で移動するほうが楽ですので」
車内のほかの客(当然、魔族)は落ち着き払っているから、これが日常なのだろう。
その馬車は一時間ほどで終点に到着する。そこから違う高速馬車に乗り換えて、また終点まで行く。
三本目に乗った馬車は、高速馬車ではないらしく、人間の世界の馬車と大差ない速度だった。
「セルリア、馬車の乗り換えって魔界だとよくあるものなのか?」
「田舎に行くので、これだけ乗り換えが多いんですわ。普通は都市と都市の移動がメインなので、ほぼ乗り換えもないんですが……。わたくしも疲れてきましたわ……」
馬車移動は馬車移動で体力を消費するよな。
「疲れたんだったら、俺のほうにもたれてきていいぞ」
「……はい」
セルリアは少しためらったものの、俺に体をあずけてきた。
使い魔である以上に、セルリアは家族だからな。
そして、俺たちが降り立った先は――とんでもない山の中、いや、より正確には山の上だった。
周囲は牧草地になっている。牛みたいな動物が放し飼いになっているが、牛じゃないな。角が人間の土地にいるのと比べると派手だ。あと、ビヒモスらしきのもいる。
そんな高原の上に、ぽつんと目的の研究所がある。
「とことん、土地が安いところを選びましたって場所にあるんだな……。あるいは家畜の研究機関なのか?」
「わたくしもこんなところに来たのは初めてですわ」
セルリアもド田舎すぎて引いている。
「これ、娯楽も何もなさそうだな。俺だったら一か月で耐えられなくなりそう」
ここに何人も勤めているとも思えないから、話し相手すらいないはずだし。
何を研究しているのか不明だが、土地柄、左遷された人間が行くようなところだ。
社長が誰かを左遷するはずがないし、左遷なんて概念が生まれるほど社員数が多い会社でもないのは知ってるが、それにしても、なぜここに……?
「あなた、とにかく行ってみましょう……」
「だな……。ここにいても、観光することすらできないしな……」
俺とセルリアは研究所目指して、二十分ほど歩いた。
研究所は近いと思っていたのが、ほかに建物がなさすぎて案外近く見えただけで、まあまあ離れていた。
で、ようやくたどり着いたその建物にはこんな看板がかかっている。
『ネクログラント黒魔法社 グダマルポロズワンナ研究所』
「グダマルポロズワンナって地名か?」
「いいえ、このへんはホンタラタラ平原ですわ。おそらく人名かと」
違う世界の人の名前だけど、インパクトあるな……。
研究所自体は、農家の小屋というほど小さくもなかったし、廃墟みたいにボロボロということもなかった。王都の真ん中にあっても、とくに違和感はないだろう。
ドアは丈夫なので、ノックしても聞こえなさそうだ。施錠もされていなかった。こんなところに泥棒も入らないのだろう。
内部は何の変哲もない廊下が広がっているだけだ。夜ではないから、真っ暗というわけではないけど、薄暗くはある。
倒産して夜逃げした会社みたいだ……。
「すいませーん。出張で来たフランツとセルリアでーす」
まずは声を張り上げてみる。ずかずか入るのはマナー違反な気がする。
反応はない。人気自体がない。
「誰か、いませんかー? ネクログラント黒魔法社の者でーす」
やはり何の反応もない。
「あなた、入りませんか? どうも埒が明きませんわ」
「いきなり罠が発動したりして怖そうだけど……ヤバい魔法使いがいる雰囲気でもないか」
人里離れた古城で魔法使いが不気味な実験をしている――そんな手垢のついたフィクションはいまだに人間の世界では作られ続けている。
昔の不気味な黒魔法使いのイメージが残っているわけだ。
ここは人里から離れてはいるけど、またちょっと違う。建物自体はこぎれいだし。
まず、入って手前のドアを開けてみる。
「うわっ! なんだ、これ!」
中には無数のムカデ――の人形が並んでいた。
「綿でできているようですわね。こっちは陶器でしょうか。どこかの土地のお土産でしょうか?」
セルリアがムカデグッズをいくつか手にとって言った。
「土産物にしては気持ち悪くないか? 魔族の価値観は俺たちとは違うかもだけど」
「魔族でも、こんなものをほしがる方はあまりいないと思いますわ……」
「たまにファンシーにデフォルメされてるムカデもいるな。これなら、かわいいって思う女子もいるのかな。けど、リアルに造形してるのも多いな……」
謎だ。だいたい、ムカデグッズを作ってるなら、研究所というより工場ということになるだろう。以前、ヴァニタザールがアンデッドを使役して作って、こんなのを大量生産してたよな……。
相変わらず、人の気配はないので、次の部屋に俺たちは向かうことにした。
今度は、部屋中、カエルのグッズであふれていた。
ちょくちょく、自分とカエルの人形やぬいぐるみと目が合って、落ち着かない。
「ムカデの次はカエル……。何なんだ、ここ……。怪しい個人経営の資料館みたいだ……」
まだ書影データが来てないのですが、コミックス2巻、11月13日頃発売です! よろしくお願いいたします!




