251 ゲルゲルの立派な功績
アーティファクトを持っている社長を引っ張って、スタジアム内の観客席を移動する。
俺は社長の持っているアーティファクトよりも、試合のほうに集中している。それが俺の役目だ。移動もしないといけないので、なかなか大変だ。
そして、とあることに気づいた。
「ユニコーンズ、明らかに前半より動きにキレがある……。あと、アクションも激しい。オークかゴブリンの魂でも乗り移ったみたいな野蛮な感じだ……」
もちろん、前半は点数で負けているから、どっちみち攻勢に転じるしかない。ドーピングがなくたって、攻めるしかない状況なのは事実だ。
それにしても、出している雰囲気からして違う気がする。
「その説明、アーティファクトの反応とも一致しますね。一時的に人間を興奮状態にする赤魔法があるんです。アーティファクトも赤魔法の反応を示しています」
「じゃあ、攻め込んでいきそうなユニコーンズの選手に近づいたほうがいいですね。こっちです!」
スタジアムの導線は案内板などで事前に確認している。
そして、グリフォンズ側のゴールネットの裏――つまりユニコーンズが攻めてくるあたりに陣取った。
ユニコーンズの選手がボールを持って接近してくる。
アーティファクトの赤色が濃くなった。
「大当たりのようです。興奮状態を魔法で作り出して、パフォーマンスをよくしているんですね」
試合中に強風が吹いたりしたら露骨に怪しいとわかるからな。ドーピングで魔法を使うとしても、こういった精神に作用するものを使うだろう。
「それじゃ、社長、データとしては揃ったんですかね」
「そうなんですが、さらなる証拠がほしいですねえ」
そこで社長は不敵に笑った。
「せっかくですし、会場内にいるはずの赤魔法使いを見つけましょうか。自白していただければ、文句なしの証拠になりますから」
「それ、けっこう危なくないですか……」
赤魔法は炎を扱うような攻撃的・破壊的な魔法が多い。
まして今回みたいな合法的じゃない仕事をしている赤魔法使いは、こちらを容赦なく排除しにかかってくるおそれもある。
「相手の実力はだいたいわかります。なにより、高名な魔法使いならこんなお仕事をやりませんよ」
「言われてみれば、そうですね」
いわば、知られてはいけない仕事だからな。赤魔法使いだって、どうせなら自分の魔法の実力を喧伝したいと思う。
「ゲルゲル、出てきてください」
「はいワン」
そう社長が言うと、突然ゲルゲルが姿を現した!
「なるほど! ゲルゲルに臭いをかがせて、場所を発見するんですね!」
「いえ、違います。赤魔法使いの体臭を知ってるわけでもないですから」
ほんとだ。ヒントがないから捜索もできないか。じゃあ、ゲルゲルを出した意味は?
「ゲルゲル、あなたのチェスの知識があれば、赤魔法使いがどこに陣取っているか予想がつきますよね?」
えっ、チェスの知識って、そこで生きてくるの!?
「候補はいくつかあるワン。どれかは当たると思うワン」
そして、ゲルゲルは颯爽とスタジアムを走っていった。
「あの……ゲルゲルに本当に赤魔法使いの場所がわかるんですか?」
「心配ありません。ゲルゲルは王国チェス選手権のチャンピオンになったこともある強豪です。五手も六手も先を読むことができます。ですから、赤魔法使いの場所も読めるはずです!」
社長の言葉を疑っているわけではないが、チェスの先読み能力と敵の居場所を推理する能力って同じなのだろうか?
あっ、きっちり疑ってるな、俺……。
「もちろん、百発百中ではありません。ですが、想定できる場所をしらみつぶしに確認していけば、いずれ怪しい者はわかりますよ。なお――」
社長は平べったい鼈甲のペンダントみたいなものを出した。
「――ゲルゲルの現在位置はこのアーティファクトで把握できます」
「やっぱり社長ともなると、いろいろと持ってますね……」
「まっ、使い魔の位置を確認するぐらいのことは魔法でもできるんですが、戦闘みたいな緊迫した局面ぐらいでしか割に合わないんですよね。使い魔の余計なことまで認識してしまうんで。今、トイレに入ったなとか」
なるほど……。それは嫌そうだ……。
セルリアだったら、それをサキュバス的なことに利用しようとか考えそうだけど……少し難易度が高い気がする。セルリアがよくても、俺のほうがそこまで特殊なことはしたくない。
あまり話さないようにしておこう……。
俺たちも引き続き、アーティファクトでデータをとっていたが、やがて社長のペンダント型アーティファクトが点滅した。
「おっと、ゲルゲルが見つけたようですね。現場へ向かいましょうか」
もう、社長は素早く足を動かしている。
意外と社長、身軽だな。少なくとも、社長らしいどっしり構えた感じはない。
そして、現場にはゲルゲルと――温厚そうな真紅のローブの男がいた。
ゲルゲル、犯人を捕まえたのか!
でも、さらに近づいてみると、どうも様子が違う。少なくとも捕まえたという空気はない。
――男がゲルゲルをあやしていた。
「お手! おお、お手もできるのか! 偉いな!」
「ワンワン!」
「じゃあ、今度はおまわり!」
その場でゲルゲルはジャンプしながら見事なスピンをした。
「えっ、四回転半だと! そんな高度なことまでできるのか! お前、ものすごく賢いな!」
「ワーン!」
四回転半はもう、おまわりって言葉で表現していいことじゃないだろ!
とにかく、完全に赤魔法使いっぽい男はゲルゲルと戯れることに夢中になってるな。これはゲルゲルの見事な功績だ。結果的にゲルゲルを使って大正解だった。
そこに社長はおもむろに近づいていく。
「すいません、赤魔法使いの方でよろしいですよね? 私、その犬の飼い主のケルケルと申します」
にっこりと笑みを張り付かせて。
「少し、お聞きしたいことがあるんですが、よろしいですか?」
その途端、真紅のローブの男はさっと顔つきを変えた。
何かまずいことがバレたと悟ったような顔だ。




