23 超高級店での歓迎会
衛兵にお前は入るなとか止められるんじゃないかと思ったけど、当然そんなことなくて、むしろ丁重に礼をされた。
外側から立派なのはわかってたけど、建物の中も超高級レストランは神がかっていた。
まるで王城の中かというぐらいに一つ一つの調度品の手が込んでいる。
柱や壁には彫刻が施されてるし、置いてる壺やかかってる絵も絶対にとんでもない値段のものだろう。
なにせ、ここには大金持ちがやってくる。中途半端な価値のものや偽物をうかつに置いてるのがばれたら、店の価値が一気に下落してしまう。
「ケルケル様ですね。こちらのお席でございます」
物腰やわらかなボーイさんに案内されて二階の川が見える部屋に入った。魔法の外灯のせいで川の様子が少しだけわかる。なかなかオシャレだ。
デートで使ったら効果的――いや、デートで一人銀貨七枚の店に連れていったら、ガチすぎて引かれるな。
「フランツさんは何か食べられないものとかありますか?」
「いえ、何も……。小さい頃は野原の木の実とかかじって腹こわしてたレベルです……」
「そうですか。じゃあ、鴨肉と子羊の肉が出てくる銀貨八枚のコースにしましょうか」
銀貨八枚! 安居酒屋で言われたら確実にぼったくりじゃねえか! って叫ぶ値段だ。
「足りなかったら単品で適宜頼みましょう。それでいいですかね?」
「は、はい……。もう、いかようにでもしてください……」
庶民なのにこんなところ連れてこられたせいで、緊張して落ち着かない。
「ゲルゲルとフクロウのモートリ・オルクエンテ五世さんは別途注文します」
「かしこまりました」と従業員の人が頭を下げて出ていった。
まず、最初に供されたのはお酒だ。これ一杯で一日の食費になるような値段がするのだ。
「それでは新入社員フランツさんの幸せを願って乾杯といきましょうか!」
俺たちはグラスをそっとぶつけていった。それからちびちびお酒を飲んだけど、ありえないほどに美味い!
なんだ、この透き通るような味は……。むしろこれまで飲んできた酒って本当に酒だったのか? 全然違うジャンルの何かじゃないのか?
「これ、勇者の伝説に出てくる飲むと一気に体力全回復するとか言われてるような飲み物じゃないですよね?」
「そんなものだったら、さすがに商品にできませんよ」
社長たちの態度からすると、まあまあ飲み慣れてるな。セレブたちだ。
セルリアも「この世界にもこんないいお店がございますのね」と言っている。俺一人だけ育ちが悪いようで、なんか嫌だ。むしろ、ここに俺が加わって大丈夫なのだろうか。
続いて出てきた料理も、芸術的なほどに美しい。
味のほうは高級すぎてバカ舌では感想を言うのが難しい。とにかく、普段食べてるものとは根本的に違うとしか言いようがない。
そんな料理をファーフィスターニャ先輩は平然とばくばく口に入れていた。一口ごとにかなりの値段がする料理なのに、まるで大衆食堂みたいに……。
「先輩、もっと味わって食べないともったいなくないですか?」
「なんで? 残すならともかく食べてるのに」
それはそれで正論なんだよなあ。
俺はそれがもったいないので、できるだけ口の中で楽しむことにする。今日の記憶だけでつらいことがあっても乗り切れそうだ。
あくまで歓迎会なので、ちょくちょく社長が「何か困ったことなどありませんでしたか?」と聞いてくる。
「困ったことというと、今のところは何もないですね。自分が対処できないこともまだ起きてないですし」
単純に任されている仕事が楽なせいだ。
「なら、よかったです。うちの会社でやる仕事は独特ですからね。だんだんと慣れてくださいね」
「はい、ありがとうございます」
ほんのちょっと前まで学生だったのに、ここまで人生って変わるものなのか。
セルリアも満足していたらしく、グラスを傾けて、笑みを浮かべながら夜景に目をやっていた。
「また、ご主人様とこのお店でデートいたしたいですわ」
それは、家計に響くのでもうちょっと低価格帯のお店でお願いします……。
店内には弦楽器の妙なる調べが流れている。そのためにわざわざミュージシャンを呼んでいるのか。お金のかけ方が違うな。
「社長、今日は本当にありがとうございます。歓迎会というから、もっと安いお店で騒ぐのかと思ってましたけど」
「そういうお店にはそういうお店のよさがありますが、今回使うのは失礼に当たるのでやめにしました」
社長の物腰はいつもやわらかいけれど、言葉には芯があるし、目的にもたいていの場合、意味がある。
「それは、どういうことですか?」
なんでも聞いてかまわないというのは新入社員の特権だ。これで煙たがる上司だったら、はっきり言ってたいした人物じゃない。
「マナー違反ですけど、質問に質問で返しますね。たとえば、フランツさんがほかの会社の方を接待することになったとします。その時、どういった店にすれば喜んでもらえると思いますか?」
「ええと……それは……高級で立派な店です」
多分、ごく当たり前の回答だと思う。
「それはなぜですか?」
また質問が来た。
「安い店であれば相手に失礼であるからです。どんなに応対が丁寧でも、店が安ければ相手は侮辱されたと思いかねません」
「ですね。つまり、フランツさんを遇する場合もそれと同じですよ」
ふふふっと社長は微笑む。
「もし、歓迎会で安いお店を選んだら、フランツさんはたいして期待されてないと思うでしょう。口でどれだけ期待しているといっても同じことです。行為は言葉よりも多くの場合、本質を映し出しますから」
こくこくとファーフィスターニャ先輩もうなずいていた。同意するということか。
「期待が重いなあ。こたえられるかな……」
冗談半分に俺はそういった。気恥ずかしさがあったからだ。
こんな店で遇されるだけの大物に俺はなれるだろうか。
「沼の監視の時間、自主的に黒魔法の勉強をされてることは知ってますよ。熱心じゃないですか」
「えっ! 社長、視察に来たりしたことありましたっけ……」
「私が上司として報告してる」
ファーフィスターニャ先輩が子羊の肉を食べながら言った。
なるほど、俺の行動はちゃんと知られてるんだな。
この世界の銀貨一枚はだいたい日本円の一万円ぐらいの設定です。銅貨一枚は1000円ぐらいで、まだ出してないんですが、100円はひとまず銭貨というので対応しようかなと思っています。




