210 クルーニャの病気
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そして、七月の頭。
異常事態が起きた。
俺たちが出勤すると、げっそりした顔のクルーニャさんがネクログラント黒魔法社にいた。
フリースペースの机に力なく座っている。
その横に介抱するみたいに社長とゲルゲルが控えていた。
「もしかして、クルーニャさん、病気ですか……?」
顔色が悪いから、とても無事だとは思えない。だいたい、クルーニャさんが『アメジスト印刷』に出社しているなら、この時間にここにいるわけがない。
「ううん、病気なわけじゃないよ……」
「はい、病気です」
クルーニャさんの言葉を社長が厳しい顔で打ち消した。
「社長があとで付き添ってお医者さんに行くワン。その間はゲルゲルが代行するワン」
ゲルゲルが社長をできるのかと思うが、頭のいい犬だからそれぐらいはどうにかなるんだろう。
「まずは、何か食べてください。スープぐらいなら飲めますよね? 水分はとったほうがいいです」
「ごめんなさい、社長……。二日前から何も食べてなくて……」
それは体力だって落ちるはずだ。
「あの……そもそも、どうして二日も食べられてなかったんですの? まったく食欲がないなら、その時点でお医者さんに行くべきでしたわ」
セルリアがクルーニャさんの背中をやさしく撫でた。セルリアは同性にもやさしい。
「それは……部屋から出られなかったから……」
クルーニャさんがしぼり出すように言う。
「えっ!? ドアのカギでも壊れていて、閉じ込められたんですの? 見つかってよかったですわね」
「セルリア、そういうことじゃないと思うよ」
メアリが手を軽く横に振って、違うということを示す。
俺もだいたい答えがわかってしまった。
クルーニャさんが病気じゃないと言い、社長が病気と断言したところからも推測できる。
「えっ? じゃあ、何が原因ですの……?」
「社長、クルーニャさんをよろしくお願いします。セルリア、行くぞ」
俺はセルリアの手を引いた。クルーニャさんはきっと直接は話したくないだろう。
部屋を出たところで、心配そうにセルリアが尋ねてきた。
「あれ、わたくし、何か失礼なことを申してしまいましたでしょうか……?」
おそらく、セルリアは恵まれた環境で暮らしていたから、経験がないんだろうな。それはそれで幸せなことだけど。
「現時点では確証がないから、帰りに社長に会って、話を聞こう。少なくとも、今、クルーニャさんに言わせることじゃない。どういう理由であれ、負担になっちゃうから。それで悪化させたら何をしているかわからない」
「そうですわね……。申し訳ありませんわ……。わたくしったら、気がききませんでした」
「いや、セルリアに悪意がないのはみんなわかってる」
そこは主人として太鼓判を押せる。
「さっきのフランツの動きはなかなかファインプレーだったよ。よくやったじゃん」
上から目線でメアリが褒めてくれた。
「学生時代、習ったんだ」
「魔法学校って、魔法以外も習うんだね」
「ほんの導入部分だけだけどな。あと、人間の精神状態は魔法にも強く影響するから、あながち魔法と無関係とも言えないんだ。授業をちゃんと聞いててよかった」
けど、まだ推測をしてる段階だ。あとで、社長にじっくり聞こう。
勤務時間終了後、俺たちは社長室に入った。
「クルーニャさんは、いわゆる鬱病でした」
社長はテーブルの上で組んで、厳しい目で言った。
やっぱりか。
当てたくもなかったけど、当たっちゃったな。
「今日、クルーニャさんの部屋から物音がしたのに気づいたので、こちらから開けたんです。話を聞いたところによると、二日前の朝、出社しようとしたらなぜかドアを開けることができなくなったとか」
突然、部屋から出られなくなる。働いてる人間がなる症状としては、比較的よくあるものだ。
「原因は仕事の激務ですか?」
「それもありますし、環境もあまりよくありませんでした。上司にかなり怒鳴られていたようです。それで精神的にも参っていたみたいですね」
「わらわの懸念大正解か。わらわも、この鋭さが嫌になるよ」
メアリは首の後ろで手を組んで、ため息をついた。たしかに、この洞察力ってそんなにうれしいものでもないか。
「仕事の鬱っていきなり来るみたいですね。出社しなきゃいけないとわかってるのに、なぜかドアを開けられない、外に出られないって」
授業でもそういうケースがあると聞いていたけど、まさにそれに近い事例だった。
「ですね。それと、五月から会社に入ったせいもあって、余計に仕事をしっかり教わる暇もなく、いきなり、いろんなことをさせられたようです。四月中に辞めた新卒社員の穴埋めをしてくれないと困ると」
「会社が五月に正社員として雇った理由はそれですか……」
どうせ、その辞めた社員にもきついことを言ったり、大量の仕事を押しつけたりしていたんだろう。だから、四月のうちにあっさりと退職してしまったのだ。
それで補充にクルーニャさんが使われたわけだ。
最初の辞めた社員だけなら、会社側の事情と断言はできないが、クルーニャさんのあの様子を考えると、二人連続だ。会社側に問題があると考えるべきだろう。
「クルーニャさんが勤めている会社には、すでに連絡をしておきました。労災に認定されたらご報告します、それまでは有休を消化しておいてくださいと強く言っておきました。少なくとも、すぐに解雇ということはないです」
セルリアもつらそうな顔をしている。セルリアはこういう悪意にあまり接することがなかったのだと思う。
「クルーニャさんの調子はどうですか」
「少なくとも、食欲はだんだんと戻ってきています。幸い、この建物には私も住んでいますし、しばらくは彼女のお世話をしようと思います。外に出かけないといけない仕事は一部をリスケしたり、私が出かける間、ゲルゲルに彼女を見てもらったりして対応しようかと」
結果論だけど、クルーニャさんが就職を機に一人暮らしをはじめなくてよかった。そしたら、もっと重い事態になっていた危険すらある。
社長と同じ建物に住んでいる以上は、まだ社長がケアできる。そのケアがあるのとないのとでは大違いだ。
現在、ダッシュエックス文庫4巻の作業中です。また、コミカライズ1巻もそう遠くない時期にお届けできるかと! これからも「若者の黒魔法離れ」をよろしくお願いいたします!




