2 黒魔法の犬耳社長さんと就職先決定
リーザちゃんに言われたカフェ『百の目を持つフクロウ』に行った。
店名のセンスがなんかおかしいぞと思ったが、内部はフクロウの調度品がうじゃうじゃ置いてあるものの、なかなか洒落た空間だった。
一番奥のテーブルに座っていればその黒魔法業界の人が来ると言われているので、黄金麦のお茶を注文してそこに座る。
黒魔法業界の女性か。きっと、しわしわの老婆みたいなのが来るんだろうな。
伝統工芸の世界みたいに若い人間が入ってないイメージあるからな……。
どうせ条件が悪いんだろう。羊の首を祭壇に並べる仕事とかそういうのずっとやってそうだ。
あまり楽しくない想像をしながら待っていると、頭に影がかかった。
顔を上げると、犬耳の女の子がローブ姿で立っていた。栗色の髪のショートボブがよく似合っている。
年齢は俺よりちょっと若いぐらいか。十六、七あたり。犬耳ということはワーウルフかな。王都はいろんな人種がいるから、おかしくはない。
「あなたがフランツさんですか?」
その子に言われた。ということは、黒魔法の会社の関係者か。そういえば、ローブが黒系だ。白魔法の業界人はこんなに黒いローブは着ない。
「はい、俺が、フランツですけど……」
「あ、あ、あああありがとうございますっ!」
いきなり手をとられて、なかば強引に握手された。
な、なんだ、この人!?
「私、ネクログラント黒魔法社の代表、つまり社長をしていますケルケルと申します! 人材不足の黒魔法業界に来ていただいて本当に本当にうれしいです!」
「えっ? 君みたいな若い子が代表してるんですか……!?」
どう見ても下級生にしか見えないぞ。
「ああ、私、もともと魔界の猟犬ケルベロスをやっていまして、この姿は仮のものなんですよ。年齢は約五世紀です」
年齢を世紀で表現する人、はじめて見た!
「いや~、助かりますよ。黒魔法ってだけで学生さんも嫌がって来ないですもん。業界の活性化のためにも、フランツさんみたいな若い方が来てくれると助かります!」
よく見ると、彼女の尻尾が後ろでやたらと動いていた。どうやら、うれしいと尻尾がぶんぶん横に振れるらしい。
「あの……まだ入るとは言ってませんよ……? 今日はお話を聞きに来ただけで……」
「はいはい、わかってますよ! 今日は懇親会だと思っていただければ、けっこうですから! 料理、なんでも頼んでいただいていいですよ? まずは季節のパンケーキ一ダースほどいっときますか?」
「いえ、お茶だけでけっこうです!」
ここであんまり注文したら断りづらくなる!
そこから、ネクログラント黒魔法社について、いろいろ説明をされた。
「昔は我が社も社員数が三百に届くぐらいで、魔界を含む全国十五か所に支部があったんですが……各支部も閉鎖され、今ではこの王都と副都の二か所で十人ほどでやっております」
THE中小企業だな……。
というか、そんな斜陽の会社に就職していいのか?
「今、斜陽の会社だと思いましたね?」
ぎくり。
「いいんですよ! むしろ斜陽が進んで夜になるぐらいのほうがいいんです! 黒魔法だけに! 会社としてやっていけないぐらいがふさわしいほどです! だって、黒魔法でまともに会社として認められてるってほうが変と言えば変じゃないですか!」
「自虐ネタをかまされても、学生の立場では笑えませんよ!」
「あっ、それもそうでしたね。ごめんなさいね。もともとケルベロスなんで軽い性格なんですよ~」
ケルベロスであることと軽い性格であることが一致するのか謎だけど、突っ込むの面倒だし、放っておくか。
魔界というのは魔族が住んでる世界だけど、最近は行き来する人間も少なくて詳しいこともわからない。とくに戦争状態とかにもなってないので、問題はないのだろう。
「ちなみに、どういうお仕事をされてるんですか? 得体のしれないことですか?」
毎日、犯罪者になりかねないことをやらされるのでは困るからな。
ここはしっかり確認しておかないと。
「最近はインプやワイトを使役して、沼の掃除をしたりしてますね。あっ、最初はワイトの召喚とか難しいと思うんで、もっと簡単なことをやってもらいますから、ご心配なく」
「ほかには?」
「使い魔に墓の掃除などをさせています」
「……ほかには?」
「無人になった廃墟の管理とかもしてますね」
あれ、思った以上に地味だぞ。
「もっと、血がどばっと出たり、生贄がたくさん出たりするようなのはないんですか?」
「ないです」
即答された。
「ほら、羊の生贄とか、ものすごいお金がかかるじゃないですか。羽振りよかった時は別として、そういうことしてる余裕ないんですよ。もっと地道な仕事ばっかりですよ」
「寿命縮むとかそういうのは?」
「そういう魔法もあるにはありますけど、そんな危険なのは実質、不老不死である私みたいなのがやりますから、問題ありません。あと、そういうリスクって発動魔力の代わりだったりするんですよね。ゆっくり着実にスキルアップして魔力や技量が上がれば、リスクも負わずにすみますよ」
思ったよりも安全そうだぞ……。
「今、思ったより安全と思いましたね」
ぎくり。
「そうなんです! 最近の黒魔法業界って安全なんですよ! イメージが悪いのは昔に生贄とか求めてた名残なだけで」
にっこりとケルケルさんは笑った。
「むしろ、基本労働時間は10時から19時(その中に、休憩時間一時間含む。実労働時間8時間)で、夜に労働する場合はその分、翌日が休みになるとか対応もしてます。給料も白魔法業界の倍ぐらい出ます」
「かなりホワイト!」
「懇親会とかを上司が無理に誘うのも禁じてます。もちろん、好きならお店を押さえたりしますけど。黒魔法を使う者にとって夜のプライベートの時間って大事ですからね。夜に身勝手に拘束するのはマナー違反なんですよ」
「そこもうれしい!」
上司に会社終わった後も付き合わされるという厄介な問題がないというのは楽だ。
あれ、もしかして、かなりいい会社なんじゃないか。
この感じだと、断る理由もとくにないぞ。
「どうでしょうか?」
テーブルごしに座っていたケルケルさんが顔を近づけてきた。
見た目は下級生の女子なので、ちょっとどきどきする。
しかも、この人、目がくりくりしてて、小動物っぽい。リーザちゃんとカフェ友達になったのもわかる。リーザちゃん、こういう子、好きそうだし。
「試用期間は就職してからの一か月です。嫌なら辞めてもらってかまいません」
「辞めた者はどこまでも追い詰めて殺すとかしませんよね?」
「これ以上、業界の評判が悪くなることをする余裕など、はっきり言ってありません。人をいじめる業界っていうのは、結局、代わりの人が来る自信がある業界なんですよ。うちは頭下げて来てもらうしかない立場です」
それは正論だと思えた。
「ちなみに、おそらく来月中に、学校の寮から出ていかれると思いますが、社員寮として台所・トイレ・お風呂三部屋付きの社員寮を王都に押さえています。そちらに入居してもらうことも可能です! お値段は給料から月に銀貨一枚分引くだけです!」
俺は生唾を呑んだ。
安く設定されてる学校の寮ですら月に銀貨四枚はかかったからな……。
社員用とはいえ、世間的に見ればほとんどタダ同然の値段だ。
しかも一から無職の人間として部屋を探す手間を考えれば、無茶苦茶、楽だ。
「さあ、どうでしょう?」
もう一度、ケルケルさんが尋ねてくる。
俺は手を伸ばして、ケルケルさんの手をぎゅっと握った。
「御社で働かせてください!」
「採用します!」
ケルケルさんも元気に答えた。
「まだ、俺、厳密には学生なんですけど」
「じゃあ、本採用は卒業後ということで」
ようやく就職先が決まった!
これで心おきなく、卒業式にも参加できる!
本日中にもう一話更新できればしたいです!




