164 犯人がわかった
「おい、親父、ここで何してるんだよ!?」
けっこう遠くに響きそうな声でついつい叫んでしまった。
近所迷惑だったらすいません……。
「むっ! フランツにメアリちゃんまで!? おいおい、こんな夜中に男女が出歩くのはうらやまし……感心せんぞ!」
お前、うらやましいって言いかけただろ。むしろ、ほぼ言っただろ。
「ここで突っ立ってる親父に夜中の外出を注意されたくないぞ。事情を聞かせてくれ。できれば犯罪じゃない内容だとうれしいんだけど」
親父が犯罪者になるとか、嫌すぎるからな。まあ、女性の下着を盗んで逮捕とかよりはマシな理由なら、この際、なんだっていい気もするけど……。会計事務の仕事以外では親父に何一つ期待してない。
「おや、フランツ殿の父上であったか。なんたる偶然。ちょうど、今、取材中であった」
レダ先輩はメモ帳を出していて、完全にライターとしてそこにいた。
その様子からして、親父は悪事を行っていたわけではないようだ。
「フランツよ、このライトストーンの古代遺跡が魔力を引き出す鍵穴であって、偉大なるパワースポットだという話が出ているのは知っているな?」
親父は俺を向いて説明をはじめた。
「ああ、うん……」
ガセネタのはずだけど、ひとまず黙っておこう。
「それを聞いて、父さんは考えたのだ。この鍵穴の上で黒魔法の練習をすれば、自分も黒魔法使いになれるのではないかと!」
親父の手にはなにやら本があった。
暗闇でよく見ると『初心者向け黒魔法の本』とタイトルが読めた。
「パワースポットの上なら、父さんもいきなりサキュバスを呼び出すことができるかもしれない! そう信じて、たまに深夜にこの古代遺跡に登っては詠唱の練習をしていたのだ!」
「思った以上に最低の理由だった!」
俺はその場に跪いた。
噂の真相が自分の親で、しかもその目的がこんなしょうもないものだったなんて……。
穴があったら入りたい……。息子の顔に泥を塗らないでくれ……。
「ちなみに、コルタさん、その詠唱では仮にここがパワースポットだったとしても、何も生まれないと思います。あなたの発音はまったくの一般人レベルだ。発音の基礎ができておらぬのでな」
親父はレダ先輩にダメ出しされて、普通にへこんでいた。普通にへこんでるんじゃねえよ。あと、コルタというのは親父の名前です。
「そうですか……。実はサキュバスを呼び出すことにかけてだけ、素晴らしい才能があったりするのかなとも思ったのですが……」
「そんなわけないだろ……。むしろ、その自信はどこから湧いてきた……?」
「それはお前があんなにかわいいサキュバスのセルリアさんを召喚できたからに決まっているだろう! 子ができたことなら親である父さんができてもおかしくはない!」
「微妙に筋が通ってるところが、余計にムカつく……!」
まさか、俺がセルリアを召喚したことが、めぐりめぐって、地元でこんな問題を起こしてしまうだなんて……。こういうのをバタフライ効果と言うんだろうか。違うか。
「コルタさん、あなたの練習は思いのほか、夜中に響いて、地元住民の不安の元になっているようなのです。練習は止めはしませんが、自宅とかもっと音の響かない場所でやってください」
レダ先輩がものすごくまっとうな指摘をした。
「ははは、家でサキュバスを呼び出す黒魔法の練習をしていることがばれたら、妻に殺されますよ~」
じゃあ、これから帰ったあと、殺されるんじゃないかな……。
「フランツ、君のお父さんは、ぷぷ……個性的だね……」
「ああ、メアリ、もっと端的に『バカだね』とか『最低だね』とか言ってくれてもいいぞ。俺はまったく怒らないから」
バカなのも最低なのもすべて事実だからな……。
「でも、これで古代遺跡の問題もすべて片付いたし、気持ちよく新年を迎えられるじゃない。プラスに考えようよ」
「そうだな。一件落着というのは事実だしな」
力技でプラス思考になろう。そうしよう。
「そうか……レダさん、ところでこのあたりで黒魔法の練習に適した塾などありませんかな?」
なんで、ガチで学ぼうとしてるんだよ! その意欲だけは感心するよ!
「むしろ、レダさんのような美しい方に個人指導していただけるなら、月謝は月に銀貨十枚払います!」
生命吸収の魔法で親父を倒したくなってきた。あんまりこんな親父から吸収したくないが。
「申し訳ないが、拙者はライター。各地を旅している身なので無理です」
親父は本気で落胆していた。もうちょっと顔に出すの、控えてほしい。
「あと、名前などは伏せて、記事にさせていただいてよろしいかな?」
「妻にばれないようにしてもらえるなら、大丈夫です」
「わかりました。では、取材料は規定どおり支払います」
「レダ先輩、こんなバカにお金出すことないですよ……」
「フランツ殿、ここでお金を支払わないのはルール違反だ。いくら、取材対象が同じ会社の社員の親としてもだ」
正論そのものなんだけど、俺の心がそれでも納得できないと言っていた。
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なお、そのあと、俺が母さんに事情を説明したので、親父は今年の最終日もひたすら庭の草むしりなどをやらされていた。
それだけで許されるなら安いものだと思ってもらいたい。リアルにご近所の一部を不安にさせてたわけだしな……。
そして、新年の朝日はメアリと海岸で迎えた。
「「今年もいい一年になりますように」」
俺とメアリは声を揃えて言った。
まっ、メアリやセルリアと一緒なら、ほぼ確実にいい一年になるだろうけどな。
「今年もよろしくね、フランツ」
「こっちこそ」
俺たちはにっこり笑顔で向かい合う。
ライトストーンのパワースポット詐欺も新聞で取り上げられていた。
詐欺師たちは騙した金は返金すると言っているようで、ひとまず地元が変なのに金を騙しとられなくてよかった。
「あ、そうだ。フランツ、このあたりって観光地だから宿もあるよね……?」
メアリが顔を赤らめて言った。
「ああ、そりゃ、あるだろうけど、それがどうかしたか?」
「ひ、姫はじめ……やらない? 今日は特別だしフランツがしたいって言うなら……わらわはいいよ……?」
ここで断ったら男じゃないよな。
このあと、俺とメアリは新年早々楽しみました。
その時点で去年より、今年のほうがいいのは確実だな。
次回から新展開です!




