14 変な先輩
週間2位、日間1位ありがとうございます! 自分が新入社員だった時のことを思い出しながら(こんないい環境じゃないですけど……)、楽しく書いていければと思います!
翌月一日の出社日までは覚えた黒魔法を社員寮で確実にものにすること。
これが俺に与えられた仕事だった。
新入社員は月の頭から来るのが一般的だし、それまでに自宅で魔法を使えるようになっておけというのは、ごくありふれた教育内容だ。
だいたい二週間ほどの間だったが、セルリアとイチャイチャしながら新婚生活に近い生活を送った。
「ご主人様、今日はおいしい干し魚が入りましたわ。これを焼くと油が浮いてきておいしいんですのよ」
「おっ、いいな。俺、故郷が海に近くて、魚もよく食べてたんだ」
王都は少し内陸なので、新鮮な魚は出回らないが、干し魚はその分いいのがやってくる。
「市場の方がわたくしを見たら、いいのをサービスするといってやたらと安くしてくれるんですわ。そのあと、奥さんからつねられてましたけれど」
ああ……まあ、店主もセルリアみたいな美少女(しかも露出度高め)が来たら、鼻の下伸ばすよな。しかも、鼻の下伸ばさせるのがセルリアの仕事みたいなもんだしな……。
「セルリア、こっちの世界の料理にも詳しいな、魔界でも勉強してたのか?」
セルリアは、ふふふと頬をわずかに朱に染めた。
「ご主人様のために、こっちに来てから勉強してたんですわ」
「あ、ありがとう……」
たまにこんなふうに、反則級にかわいい顔をしてくるので困る。いや、何も困らないけど。むしろ困らせてほしいけど。
まだすぐに初恋に近い感情になってしまい、ちっとも慣れない。美人は三日で飽きるということわざ?を作った奴はきっと美人と会ったことなかったんだな。
「ほら、ご主人様が頑張って黒魔法の勉強をなさっているのは、わたくしよく知っていますから……。わたくしもお料理を覚えようかなと……」
「気をつかわしちゃったらごめん」
「いいえ! わたくしが好きでやっていることですわ! 全然、気にしなくていいんですわ……」
セルリアにしてもケルケル社長にしても、いい人ばかりすぎて、黒魔法業界ってどうなってるんだろうと逆に心配になる。こんないい人だらけでやっていけるのだろうか。
その日、夕食に出た干し魚も焼くとすごく香ばしくて、味が凝縮していた。
「セルリア、本当に料理上手いね」
「褒めていただいて、光栄ですわ……」
●
そして、ついに正式な出社の日になった。
今日からネクログラント黒魔法社の社員として働くことになる。
これまで、バイトぐらいでしかお金を稼いだことがないのだけど、上手くやれるだろうか。
相変わらず元「砦」だけあって、ごっつい見た目の会社に出社した。セルリアも俺の隣を浮いて飛んできてくれるので、心強い。孤独に一人で出社するのとは天と地の差がある。
「社長以外の先輩、どんな人かな……。不安が八割、期待が二割だな……」
「不安のほうがずいぶん多いですのね」
「だって、社長がいい人すぎる分、ちょっと問題ある人でも許しちゃってる可能性があるだろ。あの包容力のもとでしか働けないような人材が残ってるかも」
しかも人の少ない業界だから、社長も人材を選んでいられないかもしれない。目が合った瞬間、殴ってくるような奴だったらどうしよう……。
出社したら、また社長しかいなかった。
「おはようございます。今日から正式に社員ですね! よろしくお願いします!」
元気のいいあいさつと同時に犬の尻尾をぶんぶん振る社長。
「あの、この会社、社長しか社員がいないなんてことはないですよね……?」
ここまで誰にも会わないものなのか。
「みんな、現場に出張ってしまってるんですよ。でも、本日からフランツさんにも現場に行ってもらいますから、そこの担当者とは絶対に会えます」
なるほど、徹底して外仕事なんだな。そりゃ、黒魔法が事務作業に向いてるとはちょっと考えても思えないし。
「ここから三十分ほど歩いた森に沼があるんですけど、そこに社員がいますので、現場の指示を仰いでください。道案内はこの子がします」
社長の手から煙が出て、毛むくじゃらの犬の使い魔が現れた。たしか、ゲルゲルという名前だったはずだ。
「ゲルゲル、首くくり沼まで案内してあげてください」
「わかったワン」
こうして俺は不吉な名前の沼まで仕事で向かうことになった。
しばらく歩いていくと、たしかに森が現れて、木の陰で道も薄暗くなってきた。
「ところでここで働いてる社員さんはどんな人なんですか?」
社長の使い魔なので敬語で応対する。
「ぶっきらぼうな職人タイプの人だワン」
げっ、俺に向いてないかも……。
そういう職人タイプの人って、きつそうだし、ちゃんとやっていけるかな……。殴られたりしなきゃいいけど。
不安を増大させながら、森に進んでいくと、樹海と言っていいようなところに、どんより濁った沼を見つけた。
首くくり沼という不気味な名前が似合いそうなほどに広い。
「あっ、あそこに座ってるのが社員だワン」
たしかに古臭い椅子が、沼のほとりに不自然に置いてあって、座ってる人がいる。
見た感じは女性らしい。
「じゃあ、役目はすんだワン」
えっ、ちゃんと引きあわせてよ! 微妙にハードルが上がってしまった。
「ご主人様、こちらからあいさつに行かないと失礼になりますし、行きましょう」
セルリアの言うとおりだ。
俺は勇気を出して、座ってる人の前に立った。
長い黒髪が特徴的な落ち着いた雰囲気の女性だ。年齢は二十代なかばぐらいだろうか。
社員が少なくて大変と社長が言ってた割には若い人多いような。この人以外、全員年寄りかもしれないけど。
「はじめまして、新たに社員になりましたフランツです! よろしくお願いいたします!」
「同じく使い魔のセルリアですわ」
「そう…………」
にぎやかな町中だったら聞き取れないような小さな声だった。
「わたしの名前は、ファーフィスターニャ」
「その、悪気はないんですが、変わった名前ですね。どこのご出身ですか?」
「…………遠いところ」
また小さな声でしかも話題が広がりづらい返答……。
はっきり言おう。
この先輩、ぶっきらぼうというか、たんにテンション低いキャラだ……。
次回、変な先輩にお仕事を教えてもらいます。割とマジで新入社員の運命って、すぐ上の先輩がどんな人かで決まりますよね……。




