134 決闘になった
ほかの部屋に行っていた下っ端の人間は、戻ってくるなり、慌てた顔で重役に報告した。
「間違いありません! 『田舎屋』という新たにできた居酒屋にみかじめ料を払わせに構成員が行っています……。それで支払いを拒否されたので、店を破壊して、店主にも傷を負わせたようで……」
「ったく! 乱暴にやりすぎだ! バカ野郎が!」
その構成員の品行に苛立ったというよりは、トラブルになりそうなのが面倒で怒鳴ったといった感じだな。それにほかの組織の関係者が前にいるんじゃ、落ち着きもしないだろう。
こほんと、俺はわざとらしく空咳する。
「先に断っておきますと、こちらは王都であなた方のシマを荒らそうなんて思ってません。居酒屋の店主も悪いことには向いてないんで、とりあえず居酒屋をやらせることにしたんです」
「そんなふうに言ってもらえると、助かりますね」
向こうはそう返答したが、ギャング同士の話だ。こんな簡単に話が決着すると絶対に思ってないだろう。
こっちもこれで終わらせるつもりは毛頭ない。
「しかし――」
俺の「しかし」でまた重役の目つきが険しくなる。
「――下っ端とはいえ、うちに連なる者が理不尽に金を払えと言われて、それを拒否したらケガを負わされたわけで、どこかで落とし前をつけないと収まりがつかないんです」
形式的には、『十字傷のロック鳥』は『五つ目山羊の雄叫び』というほかのギャングの体面をつぶしたということになっている。
言うまでもなく、『五つ目山羊の雄叫び』なんてギャングは魔界にもない。でっちあげたものだ。だが、とにかくマコリベさんがそこに所属してたことにすれば、こういう駆け引きができる。
「落とし前というと、あなた方、何をお望みで?」
そこで、重役は低い声ですごみを聞かせて言った。
俺は普通に怖いけど、メアリもメアリが連れてきたエキストラの魔族二人も堂々としている。
まあ、ここで素直に「すいませんでした。慰謝料払います」とは言ってこないだろうな。そんなことをしたら、みかじめ料を払ってるほかの店にも示しがつかなくなる。
なにより、謎の魔界のギャングが侵入してくる端緒になりかねない。
だから、向こうはギャングらしく、こっちを威嚇してくるはずだ。
「悪いけど、あなた方の名前はまったくの無名だ。そんなあんたらが、『十字傷のロック鳥』にどれだけのものを要求するんですかい?」
俺は冗談めかして、両手を上げてみせた。
「まあ、まあ、そう熱くならずに。そちらのお気持ちもよくわかっています。放っておいたって、こんな無名な組織、なんとでもなると思うのが道理です」
俺はさらっと、たいして深い考えもないような調子で言った。
「そこで、提案なんですが、お互いに一人を選んで、簡易の決闘をするというのでどうでしょうか? こちらとしても、上に対して、アクションを起こしましたと報告できる事実がほしいんです。何もせずに帰りましたでは自分のクビが飛びますからね」
重役の口元がゆるんだ。それなら、どうとでもなると考えただろう。
「本当にいいんですか? こっちには実力ある赤魔法使いも揃ってますよ」
「はい。無論、決闘で負けたからといって、また仕返しに来るみたいなことはしません」
「で、決闘の期日は?」
「ああ、今すぐでも大丈夫です。こちらは、そこのメアリという女がやります。そちらも長引かせたくはないでしょうし、ちょちょいと終わらせましょう」
メアリがちょこんと頭を下げる。
「そうですか。往来でやるわけにもいかないんで、ここの庭を使いましょう。タイマンで戦える程度には広いですからね」
よしよし、上手く事が運んだぞ。
●
有力なギャングの本部だけあって、庭もものすごく広かった。ずいぶん儲けてることは間違いないな。
俺たちと一緒に例の重役も来ている。こちらの案内役を兼ねている。
そこに出てきたのは深紅のローブを羽織って、髪も真っ赤な男の魔法使い。
あいつが対戦相手の赤魔法使いだな。
赤魔法は炎を中心に、何かを破壊するような魔法が多い。いわば、直接的な暴力をつかさどる魔法の色と言える。
じゃあ、戦争などでだけ活躍する魔法なのかというと、そんなことはなくて、古い建造物の破壊だとか、いろいろ使い道はある。
もっとも、ギャングの構成員にいる時点で、やっぱり非合法なところにもいるってことが明らかになったけど。
メアリのほうは、敵が来たところであくびをした。
緊張感ゼロだけど、そりゃ、メアリに緊張する要素なんてどこにもないからしょうがない。
「おいおい、そんなガキみたいなのでいいのか? 焼け死んでも知らんぞ」
赤魔法使いのほうは露骨に侮っている。見た目だけなら、メアリは全然強そうに見えないからな。
「魔族って長生きだから、君より長く生きてると思うよ。はい、とっととやろうよ」
「よし、狭い範囲だけを重点的に焼き尽くす魔法で終わりにしてやる!」
男はわざわざ作戦を口頭で言って、魔法の詠唱をはじめた。
長ったらしい詠唱なので威力は相当なものなんだろう。
その間、メアリはまたあくびをしていた。もうちょっと、やる気を見せてもいいのではと思う……。
赤魔法使いの杖から巨大な火球が飛び出る。
それがボールのように頭上に浮かんで、一気にメアリめがけて落下する!
これなら攻撃範囲を狭めることができる。赤魔法使いが言ったとおりだ。
ただ、その火球は燃えることも爆発することもなく、消えてしまった。
メアリが伸ばした右手によって。
その右手に小さな口みたいなものが生えたかと思うと、火球を食べてしまったのだ……。
「これ、超上級黒魔法で、『虚無への供物』って言うの。文字どおり、今の魔法を虚無に捧げたわけ。形があるものなら、だいたいなんでもOKなんだよね」
涼しい顔で、メアリが解説する。
一方で赤魔法使いも重役も向こうの関係者は呆然としていた。
こいつらも荒事はよくやってるから、力の差をそろそろ感じはじめただろう。
「じゃあ、次はこちらから行くね」
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