132 ギャングに狙われた
「フランツ! 大変なことになった!」
ホワホワが俺のほうに飛び込んでくる。それだけで異常事態なのは容易にわかった。
「ホワホワ、まずは落ち着け。一度、ゆっくり深呼吸をしろ」
俺はあえて、笑みを作って、そう言った。一緒になって混乱している場合ではない。
こくりとうなずくと、ホワホワは大きく口を開けて息を吸い込んで、ふぅーっと吐いた。
「それで、何があったんだ、ホワホワ」
「店長のマコリベ、連れていかれた……がうがうな怖い奴らに……」
本当に大変な事態だ……。
「できるだけ詳しく聞かせてくれ。あと、ホワホワ自体が追われてたりはしてないな?」
「ホワホワ、一人で残された。王都に知り合い、フランツたちしかいない……。それで、がうがうって走ってきた……」
少なくとも、ホワホワに危害が加えられたりはしていないようだ。それがわかっただけでもよかった。
そこでセルリアが水を持ってきた。
「一杯、どうぞ。走ってこられましたから、ノドも渇いてるでしょう?」
ホワホワはごくごく水を飲むと、それから詳細を話してくれた。
話の途中で何度もがうがうという表現が入ってきたけど、要約すると、こうだ。
閉店時間になって、扉が開いた。人相の悪い男が三人入ってきた。
その男たちはマコリベさんに最初、こう話したという。
この場所でやってる店は、上納金を払わないといけないと。
ホワホワの言葉を借りると、「悪い奴らから身を守る保険代って言ってた」ということになる。でも、どう考えてもそいつらこそ悪い奴らだ。
マコリベさんはそんなものは物件を借りる契約に入ってなかったと言って、突っぱねた。
彼は腕も太かったし、脅しみたいなのに屈するタイプじゃなかったのだろう。
すると、男たちはあの店を無茶苦茶にしだした。止めようとしたマコリベさんも殴られて、連れていかれたという……。
「俺たちはひとまず、お店のほうに行く。ホワホワは……」
連れていくのは危険だ。かといって、一人きりにしておくのも不安だった。
「セルリア、ホワホワを頼む。俺とメアリで行ってくる」
「わかりましたわ。留守番はお任せくださいませ」
セルリアも強い目で承知した。
●
俺とメアリは走って移動する最中、軽く会話を交わした。
「フランツ、なんとなくの心当たりはついてるよね」
「これ、いわゆるギャングって呼ばれてる裏社会の組織が絡んでる」
この社会はきれいごとだけで成り立ってはいない。それは犯罪が行われることもあるという意味とはちょっと違う。違法なことを生業としている連中が社会のシステムの一角にいるということだ。
「ギャングの一部は、繁華街の飲食店を仕切ってると言われてる。で、なわばりの店から、みかじめ料っていうお金を要求することがある」
「用心棒代みたいなものだよね。その金を払ってれば、タチの悪い客が来たら、追い払ってくれるとか言うんだろ?」
メアリもだいたいのことは知っているようだ。
言うまでもなく、そんなものは賃貸借の契約には一言も書かれてないだろう。
それに、そんなものを払えば、ギャングとつながりができてしまう。あっさり関係を解消できるものでもないだろうし。
だから、マコリベさんは払えませんときっぱり言ったはずだ。
そしたら、男たちが暴れだした。それは、もしお金を払わなかったらどうなるかわかってるなとほかの店に対するみせしめの意味もあったかもしれない。
「マコリベって人の安否も気がかりではあるけど、そっちはよほどのことがないかぎり、解放されるとは思うよ。向こうの目的はマコリベって人を殺すことでも誘拐することでもなくて、お金をとることだからね」
「だとは思う。とはいえ、マコリベさんと出会えるまでは気が気じゃないな」
『田舎屋』に行くと、店の中は椅子や机が散乱していて、壁には穴まで空いていた。
見事にぶっ壊されてるな……。
近くの店の関係者たちもその様子を見に来ていたりした。その中の一人が同情するように声をかけてきた。
「君たち、ここの店の人かい? 『十字傷のロック鳥』に歯向かったんだろう……。あいつら、みかじめ料を払わないとひどいことをするからね……」
その『十字傷のロック鳥』というのがギャングの名前なんだろうな。
「このあたりは連中のなわばりでね……悔しいけど、毎月銀貨五枚をうちも払ってるよ」
一年で銀貨六十枚か。それなりの額だ。
「あの、これって警察に訴えて、やめさせることはできないんですか……?」
あまり期待はしていないが、ダメ元で聞いてみた。まずは情報の集積が必要だ。
その人は首を横に振った。
「無理だよ。警察もギャングがらみのことにはあまり真剣に捜査をしない。人が殺されたりすれば、さすがに本腰を入れるだろうけど、『十字傷のロック鳥』も引き際はわきまえてるし。仮に一人や二人、下っ端を逮捕するところまでいっても、報復をされるだろうね……」
この土地では、みかじめ料を払うのが慣行になっているんだろう。
そうこうしているうちに、マコリベさんが見つかった。というか、彼のほうから歩いて店のほうに戻ってきたのだ。
ただ、顔はかなり腫れていた。
何度も殴られたのは、間違いない。
「マコリベさん!」
俺はすぐに彼のほうに向かった。
「領主様、心配かけてすいません。そんな不当な金が払えるかって言ったら、このザマです。集落だとケンカはまあまあ自信あったんですけどね……。向こうはケンカのプロでしたよ……」
「ひとまず、警察に訴えましょう。確実に暴行罪ですし」
「ですね……。このままじゃ泣き寝入りになっちまいますし……」
ただ、泥棒橋通りの店の反応で予想はついていたが、警察はまともにとりあってくれなかった。
その事件も客と店員のケンカということで処理された。
「そんなわけはないだろ。『十字傷のロック鳥』って奴らかかわってるんだよ」
メアリがむすっとした顔で言った。これはかなり頭にきてるな。
警察の担当者は疲れた顔をしていた。
「だからだよ。泥棒橋通り一帯は『十字傷のロック鳥』が仕切ってる。あいつらと正面から争っても勝ち目はないよ。仮にみかじめ料を払わずにいても、小さなイヤガラセをいくつもされて、店をつぶされるよ……。あそこでやってくつもりなら、素直に払ったほうがいい……」
「まっ、ギャングが存続してる時点で、察しはついてたけどね」
あきれたように、メアリはため息をついた。
「さて、フランツ、どうやって報復をしてやろうか?」
「メアリなら、絶対にそう言うと思った」
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