122 やっぱりアウトだった!
リディアさんがスキップしながら帰っていったあとも、メアリは腕組みしてうなっていたりした。
「メアリ、お前はこっちの世界のこと、あまり知らないかもしれないけど、ニュー・オーシャン芸能事務所は本当に一流の会社だぞ。リディアさんの容姿なら全然ありうる話だ」
「そこはわらわも疑ってないよ。いい会社は実在するんだと思う。でもね、わらわはとことん疑い抜くことにしてるんだ。こっちに来た時に奴隷みたいな顔をしてる人がたくさんいたけど、人間の一部はとんでもなく性根が悪いから」
伝説の魔族にボロカスに言われる人間っていったい……。
翌日、メアリは朝一で会社に行くと、ケルケル社長にニュー・オーシャン芸能事務所についての資料がないか、聞いていた。
「業種がまったく違うので細かい資料はありませんが、有名な企業だとは思いますよ」
そんな、ごく普通の回答が返ってくるだけだった。そりゃ、社長も芸能業界の詳しいところまではわからないだろう。
「メアリ、これで気がすんだか?」
「ううん。まだ会社を確認してみないとわからないからね。今度の休日に芸能事務所に顔を出して聞いてみる」
もう、ここまでメアリがやる気になってるんだったら、俺も協力するか。ずっと一人でやってるって思ったら気分もよくないだろうし。
「わかった、じゃあ、それは俺もついていくよ」
メアリはちょっとうれしそうに顔をほころばせたが、すぐにまた元の淡々とした雰囲気に戻った。
「フランツが今更ついてきても何も変わらないけど、止めはしないよ」
これは来てくれてうれしいと解釈して多分間違いじゃないだろう。
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そして、休日、俺とメアリは朝からニュー・オーシャン芸能事務所に行った。
同居している子の姉がスカウトされたらしいけど、大丈夫ですかと聞く分には問題ないだろう。こういう業界って変な会社も多いと言うし、詐欺じゃないかと不安になって聞きに来ても、ありえないことというほどじゃない。
受付の女性に俺は事情を話した。
「なるほど。町でのスカウト行為なら我が社は行っていますよ。プロデューサーの権限がある者はそういうことをしております」
よし、これでメアリの不安も解けただろ。
しかし、メアリはさらに一歩踏み込んだ。
「『王都外延部の北放浪傭兵通りの七番地五号』ってところに部屋を借りてたりしてるの?」
そこで受付の女性の顔がけげんなものになった。
「そんなところに我が社は何も借りておりませんね。王都の中でもかなり辺鄙な場所ですし……。どちらかというと、悪い噂が多い土地です……」
「えっ!? ほんとですか!?」
「はい……。そういったところに事務所があると、会社全体のイメージダウンにもなりますし……」
メアリがすました顔で俺を見ていた。
「フランツ、世の中には悪い奴がいるんだよ。悪い奴は会社名ぐらい騙るさ」
「だとしたら、早くリディアさんに伝えないと! ついでにそいつらもとっちめてやる!」
「でも、どうせなら現行犯逮捕のほうがより確実だろうね。まだ、百パーセント黒って決まったわけじゃないし」
たしかにリディアさんが会社名を聞き間違えたという可能性も皆無とはいえないし、ほかの芸能事務所が「ニュー・オーシャン芸能事務所とも関わりがあって」みたいな言い方をしたということもありうる。その時点であまりまともな勧誘じゃないが。
「幸い、時間はあるな。メアリ手は打てるか?」
そこでメアリは楽しそうに笑った。
「いくらでも方法はあるよ。わらわを舐めてもらっちゃ困るなあ」
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そのあと、メアリは配下のミニデーモンを使って、その事務所となってるらしい建物に細工を行った。
具体的には、内部の音が外側によく聞こえるようなマジックアイテムを魔界から持ってきたらしい。
俺とメアリ、それともちろんセルリアが外で張り込んでいた。
建物はたしかにボロっちくて、しかも周囲もやけにゴミが捨ててあり、決して清潔とは言えない環境だった。
ちなみにリディアさんに事前に伝えるかどうかは悩んだが、セルリアとも相談した結果、話さないことにした。
芸能関係のところは海千山千のところが多くて、これだけで完全なクロと判断していいか判断が難しかった。泡沫の事務所でもそこでリディアさんが輝けることもありえるし、許容しようがないと判断するまではギリギリまで様子を見ることにしたのだ。
物陰に潜んでいる俺たちに気づかずにリディアさんが元気よく、その事務所に入っていった。ちなみに入口には会社名すら書いてない。
俺とセルリアは固唾を呑んで、内部の様子をうかがう。
空き箱を台代わりにして、高いところにある窓から、そうっと中も見る。
中はほとんど、がらんどうでちょっとした机と椅子があるぐらいだった。
机に面接官なのかマネージャーなのか恰幅のいい男と、もう一人少し目つきの悪い男が座っている。
「サキュバスのリディアです。ニュー・オーシャン芸能事務所にスカウトされて、ここに来ました!」
別に声が聞こえるマジックアイテムとかいらないな。普通に窓のたてつけが悪くて音が漏れるのが、声が聞こえてくる。
「来てくれてありがとう、リディアちゃん。我が社にかかれば、君を王都だけじゃなくて、王国全土で有名なアイドルにしてあげられるよ。もちろん、ダンスレッスンも歌のレッスンもやって、しっかり実力を積んでもらうつもりだ」
恰幅がいい男のほうが言う。もう一人の目つきが悪い男はうなずいているだけだ。
「はい! よろしくお願いします!」
「うん、それでね、この業界でのし上がるには一つ大事な条件があるんだよ」
「いったい、なんですか?」
リディアさんが首を前に突き出すようにして聞いた。
「それはね、ずばり、決定権を持つ人間のお墨付きを得ることなんだ。具体的に言うとだね――」
恰幅のいい男がゲスい笑みを浮かべた気がした。
「枕営業だよ」
はい、アウト!
もう絶対にヤバい会社だろ!
「まずは君の体でこの僕と隣のプロデューサーを楽しませてくれないかな」
リディアさんが明らかにひるんだ顔になる。
「あの……私はサキュバスですけど……むしろそれ以外の可能性があるんじゃないかって思って、ここに来たんです……。そういうのは困ります……。それじゃサキュバスと同じですから……」
まったくだ。リディアさんの気持ちを考えれば、こんなこと許されるわけがない。
すると恰幅のいい男の顔が急にいかついものになる。
「はあ? 今更、抜けられても困るんだよね。先生、お願いします」
すると、もともと目つきの悪い男が立ち上がった。
その手には杖がある。ということは魔法使いか!?
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