ホムンクルスの箱庭 外伝 『勿忘草(わすれなぐさ)』
『ホムンクルスの箱庭』の外伝です。
なんとなく思いつきで書いたので本編には入れずに短編にしました。
ツヴァイの夢を中心としたフィーアとの過去話になります。
互いを蒼夜と紅音と呼び合っていた頃のお話です。
「・・・蒼ちゃん。」
ああ、僕は今、夢を見ている。
漠然としたそんな考えはすぐにどこかに消えて、僕はその夢に身を投じた。
ホムンクルスの箱庭 外伝 『勿忘草』
「ほら見て、蒼ちゃんの瞳と同じ色の花。」
そこはどこかの花畑だった。
ぽかぽかとした陽だまりの中で僕と彼女は2人きりでいる。
彼女は蒼い花を摘んで僕に差し出しているところだった。
「本当だね。」
ああ、彼女がそこにいるというだけで、どうしようもなく幸せな気持ちになる。
「紅音、愛してるよ。」
次の瞬間に僕が口にしていたのはそんな言葉だった。
本当は、そんなありきたりな言葉じゃ足りないくらい大切なのだけれど。
どんなに周囲から頭が良いと言われていても、大切な人の前でのとっさに浮かんだ言葉がそれしかなかったことを少し情けなく感じる。
「あう!」
僕の言葉に彼女は驚いたように目をぱちくりした後。
「う、うん・・・私も蒼ちゃんのことが好き。大好き。」
うつむきがちに頬を染めながらそんな風に答えてくれた。
でも、そうなんだ・・・僕は情けないくらい、君のことが好きで好きでたまらない。
だから、君の前でだけは少しくらい情けなくてもいいのかな?
「その花は・・・勿忘草だね。」
彼女の手の中にある蒼い花は、野原に生えているこれといって目立たない小さな小さな花だ。
「よく見つけたね。」
この花畑には他にもいくらだって草や花が生えているのに、彼女が見つけたささやかな花は風の中で儚く揺れていた。
「だって、蒼ちゃんの瞳の色だから。」
「そうだったね。」
・・・うん、そうだった。
いつだったか君は、今と同じようにその花を僕に差し出したんだ。
遠い昔、君が僕を見つけてくれたように、君はその花を見つけ出したのかな?
「あれ・・・?」
『君が僕を見つけてくれた』その言葉がなぜか一瞬引っかかったけれど、すぐに夢特有のぼんやりとした思考の中に溶けていく。
「その花の花ことばは知っている?」
あの時と同じような質問を僕は投げかけている。何か意味があるというよりは、なんとなく。まるで記憶の焼き増しのように。
「ううん、なんていうの?」
「私を忘れないで。」
勿忘草のささやかな姿はきっと、他の鮮やかな花々に埋もれていつかは見えなくなってしまう。それはあまりにも悲しい花ことばだってあの時、僕は言ったんだ。
でも・・・
「そうなの?素敵な花ことばだね!」
君はやっぱりそう言うんだね。
「この花を見る度に私は蒼ちゃんのことを思い出すから、蒼ちゃんもちゃんと、私のことを思い出してね?」
「僕はいつだって紅音のことを考えているのに。」
「本当かなあ?蒼ちゃん、いつもぼーっとしてるからなあ。」
少し不満げに頬を膨らませる君は、本当にかわいい。でも、そうだ・・・これは幸せな夢だから。
「紅音。僕はいつか必ず君を取り戻すよ。」
いつまでも夢の中で立ち止まっている場合じゃない。
「この幸せが夢で終わらないように、きっと君の元へたどり着くから。」
夢の中の彼女が僕の言葉をどれだけ理解しているかはわからない。だってこれは、まぎれもなく僕の夢なんだから。
けれど・・・
「・・・わかった。待っているね、蒼ちゃん。」
勿忘草のように儚げに笑って、彼女の姿は白い景色に遠ざかっていった。
「・・・紅音?」
目を覚ますと彼女がいて、花瓶を枕もとのサイドテーブルに置いているところだった。
「ツヴァイ、目が覚めたの?熱はもう下がった~?」
ほんの少し間の抜けたような、のんびりとした口調で彼女は僕の額に触れてきた。
「ん~・・・まだちょっと熱い?」
「・・・フィーア。」
その名前を口にしてからようやく、僕は夢から現実に戻ってくる。
そうか、僕は力の使い過ぎで倒れたんだっけ?
フェンフとゼクスとの熾烈な戦いを終えた僕たちは錬金都市マリージアへ移動していた。
その途中で、僕は情けないことに熱を出したんだ。
「ツヴァイ、何か欲しいものある?」
「うん、フィーアが欲しい。」
「あう!?」
反射的に僕が言ってしまった言葉に、フィーアは顔を真っ赤にしておろおろとしている。
「・・・ごめん、傍にいてほしいって意味だったんだ。」
「う、うん!」
僕が伝えた言葉を聞いて、安心したようにフィーアはベッドサイドの椅子に腰かけた。
今の言葉って、フィーアはどんな風に捕らえたんだろう?
記憶を失ってすっかり子どもの頃に返ってしまっているんだと思ったけれど、やはり知識的にはいろんなことを分かっているんだろうか。
もう少し反応を見てみればよかったかな、と少しだけ意地悪なことを考えてから僕は花瓶に視線を移した。
「その花・・・」
そこらへんで摘んできたものなのか、ほとんどが花屋で売っているような豪華なものではなく、野草の一種だ。といっても、それだって十分に綺麗なんだけれど。その中に、ちいさなちいさな蒼い花があった。
「摘んできてくれたの?ありがとう。」
あえてその花のことには触れなかった。ここは夢の中じゃない。記憶の焼き増しをする必要はないから。
それなのに・・・
「うん!この蒼い花、ツヴァイの目の色と一緒で綺麗でしょう?」
君はやっぱり、あの時と同じことを言ってくれる。
それは勿忘草を見る度に僕のことを思い出してくれるという約束を守ってくれているようにも感じて、うれしいような切ないような複雑な気持ちになる。
「その花の・・・」
「ツヴァイ、この子の花ことば知ってる?」
僕が問いかける前に、フィーアがにこっと笑って言った。
「真実の愛っていうんだって!」
「そう・・・なんだ?」
知らなかった、他に意味があったなんて。
「うん、ソフィが教えてくれたの!」
「ああ、なるほど。」
僕たちの姉みたいな立場の、残酷になり切れない元工作員。彼女はあれで結構、ロマンチストなところがあるからな。
『私を忘れないで』と『真実の愛』、どちらが印象に残るかって言ったら、ありきたりな後者よりも断然、前者だとは思うのだけど。
「あえてそっちを教えるのが、前向きな彼女らしいね。」
「そうちゃん、この子の花ことばは『真実の愛』っていうんだよ。忘れないでね。」
花瓶の花を眺めていた僕はその言葉にびっくりして視線を戻す。
フィーアは僕にではなく、僕がプレゼントしたクマのぬいぐるみに話しかけているところだった。
「・・・ああ、忘れないよ。」
彼女が僕に対して言っているんじゃないってことはわかっていたのに、気づけば僕はそう答えていた。
「ツヴァイ?」
「僕がいつか君に真実の愛を伝えたら、君は受け入れてくれる?」
幼くなってしまった彼女に対して、それはとても意地悪な質問だったと思う。
彼女はきっと、大好きと愛しているの違いも判らない。
「う~んとね・・・」
やはり、彼女は困ってしまったらしく難しい表情で考え込んでいる。
くすっと笑って、僕はフィーアの髪をなでた。
「ごめん、困らせちゃったね。悩まなくていいから。」
今はまだ、悩んでくれなくてもいい。いつか本当にそうなったときに、目いっぱい悩んでもらいたいから。
「そうなの?」
「うん。」
「じゃあ、ツヴァイを受け入れるね♪」
「え!?」
「だって、悩まなくていいんでしょう?」
・・・前言撤回、今みたいに悩まないで受け入れてもらえたらうれしい。
僕は起き上がって花瓶に手を伸ばすと、勿忘草を一輪取って。
「・・・今の約束、忘れないでね?」
にこっと笑ってその小さな花を手渡した。
「すべて終わったその時に、僕はもう一度君に伝えるよ。」
君がちゃんと、『真実の愛』の意味を理解できるようになったその時に。
『私を忘れないで』
僕のそんな独りよがりでわがままな気持ちは、鮮やかな花のように可憐に微笑む彼女の手の中で、小さく咲き誇っていた。
いつもとちょっと違う文体で書いてみました。
段落をつけて文章を詰めてみた感じなんですが。
本編の書き方とどっちの方が読みやすいのか悩み中です(´-ω-`)