笑顔
裕斗は無言でシャルに手渡された食事を食べている。野営の準備に入ってからも一言も喋ることはない。
「口に合わなかったか?」
つい口走ってしまう。
昨晩と今朝あれだけ美味しいと食べていた裕斗が、今は何も言わないで食べているのを見て、シャルは気がつかないうちに何処か寂しさを感じていた。
“寂しい?私が?何を気にする必要がある”
シャルには経験のない何かが胸に押し寄せていた。
裕斗は食べ終え器をシャルに渡すと、木に寄りかかるように座ってシャルの片付けをボーッと見つめている。
片付けの終わったシャルが無言のまま見つめる裕斗の前まで来ると、同じ目線の高さまでしゃがみ込む。
「町に戻ったら契約を解消しよう。ユウトは強い。私が護衛をしなくてもやっていける」
それだけ言うとシャルは近くの木に寄りかかり、目を瞑る。
“これでいい。これで元通りだ”
結局裕斗は寝袋を昨夜のように使うことはなく、そのまま木に寄りかかったまま眠りについていた。そんな裕斗を見つめながらシャルは辺りを警戒している。
微かに此方に何者かが近づいてくる音が聞こえる。それはゆっくりと慎重に歩を進めながら、確実に此方に狙いを定めている。
常人では決して気がつくことはないだろうが、シャルの索敵能力はその常人の域を超えていた。
「ユウト、起きろ。何かが来る」
「ん・・・何?」
その時それが姿を見せた。
大きな体で爬虫類のような姿、それでいて翼を持っている。鮮やかな緑色の鱗が焚き火の明かりに照らし出された。
「グリーン、ドラゴン・・・だ」
その体躯の大きさからまだ若いのドラゴンである事が確認できる。だが、小型とはいえドラゴンはドラゴンだ。強力なブレスを吐き、鉄をも嚙み砕いてしまいそうな牙と爪を持っている。
「ユウト、私が囮になる。その間に走って逃げろ」
ドラゴンを見据え、ゆっくりと剣とダガーを抜いたシャルが裕斗に静かに告げる。
“ユウトがどれだけ強くても、ドラゴンはさすがに無理だろう。私でどれだけ持つか・・・”
裕斗が立ち上がる気配を感じ取り、逃げ出すタイミングを待つ。
だが、シャルの予想しなかった行動を裕斗はとった。
「嫌だね。シャル囮になるとか言って、死ぬ気でしょ。シャルは僕が惚れた女なんだ。惚れた女を見捨てて逃げるなんて、僕には出来ないよ」
裕斗は剣を抜いて構える。
「ユウトは馬鹿だ!小型とは言えドラゴンを相手に、たった2人で勝てるわけがない!」
「そんなの、やってみなきゃわかんないじゃないか!」
裕斗はゆっくりとドラゴンに近づく。
「それに僕は最強のチート持ちだ!」
それが合図のようにドラゴンは大きく息を吸うと吐き出してきた。
シャルは横に大きく飛んでブレスを躱すと、すぐに裕斗のいた場所を見る。
裕斗はドラゴンのすぐ側まで来ていたため、距離こそ遠くまで届かないものの、広範囲に毒ガスを吐くグリーンドラゴンのブレスを躱すのは難しいはずだ。
「ユウト!」
自然と雇い主としてではなく、裕斗を心配して叫んでいた。
ブレスの毒ガスが晴れるとそこに裕斗の姿はなかった。グリーンドラゴンが吐くブレスは毒ガスがであり、決して炎や酸などではないため、死体が残らないなんてことはないはずなのだ。
グリーンドラゴンが頭を上げ上を見上げ、それにつられるようにシャルも上を見ると、信じられないことに、人間ではあり得ない高さまでジャンプして剣を振り下ろそうとしている裕斗がいた。
「くたばれー!」
裕斗はそのデタラメな力で思い切り剣をドラゴンの首目掛けて振り下ろすと、ドサッとドラゴンの長い首を切断し、ドラゴンの首もろとも地べたに落ちた。
「イテー!あたたたた・・・」
「ユウト!大丈夫?」
シャルが駆け寄り、裕斗の体を支えるように起こす。
「ドラゴンは?」
「ユウトが倒した」
「ほら見ろ。やってみなきゃわかんないだろ?」
「そうだな」
「あいたた。チート持ってても落下のダメージ受けるのか。次からは気をつけないとな」
「そうだな。ふふっ」
シャルの顔を見て裕斗は驚く。
「シャル、笑ってる」
「誰が?」
「シャルが」
そっとシャルは自分の顔に手をやると、口角が上がっていて・・・自分で気がつかないうちに自然と笑っていた。
「私、笑っている?」
「普通に笑ってる」
シャル自身気がついてなかった。
裕斗と出会ってから、裕斗を知れば知るほど『呆れ』、裕斗の美味しいの言葉に『嬉しさ』を、口を聞いてくれなくなった時に『寂しさ』を感じ、ドラゴンのブレスの時に裕斗を『心配』し、無事だった事に『喜び』、そして裕斗のくだらない言葉で『笑顔』を作っていた。
“私は一体どうしたんだ”