屑
冒険者ギルドに向かい、シャルに教えられながら登録を済ませた。
「シャルは冒険者ギルドに入らなくていいの?」
「私はもう冒険者ギルドに登録してあるの」
そう言うと胸元からドッグタグのような冒険者証を引っ張り出して見せるが、裕斗の目は胸元に釘付けになってしまった。
「ユウトのエッチ」
“コイツも唯の男か”
「ご、ごめん。つい・・・」
裕斗が慌ててヘラヘラと謝り、シャルのドッグタグを見ると登録名はシャルになっていた。
「えっと、登録名がシャルって、じゃあほんみょげぇぇ!」
裕斗がいい終える前に、裕斗の足ををシャルが踏みつけた。
「どうしたの!大丈夫?」
“やはり口が軽すぎる”
「う、ごめん、なさい。大丈夫」
シャルは心底心配しているように裕斗を見つめている。裕斗はそんなシャルを見ながら、外見はガラッと変わって可愛らしく見えるが、暗殺者であった事を嫌でも思い出す。
「し、仕事でも探そうか?」
「うん!」
この町は今、領主がシャルにより暗殺され大騒ぎとなっていて、冒険者ギルドでも犯人の手がかりを捜索する依頼が高額な報酬で入っていた。
「これなんか捜索するだけだし、報酬も高額だしどうかな?」
裕斗は何の気もなく、まさに犯人の眼の前でその仕事の依頼を引き受けようとした。
“この男はやはり馬鹿だ。私の素性を知っているのに、私を疑っていない”
「その仕事は嫌よ。今朝あんな目にあったばかりなのに、その手助けなんて・・・」
シャルはポロポロと涙を零した。もちろんこれはシャルの演技であり、裕斗にこの仕事を引き受けさせないためだった。
「そ、そうだった。ごめんシャル、僕が何の考えなしに言っちゃって」
「うううん、私の方こそごめんなさい」
“単純な奴”
裕斗が慌てて謝り、シャルの肩に手をそっと添える。シャルは涙を袖口で拭うついでに、その手を振り払った。
「じゃあどんなのやったらいいかな?」
「お金に困ってないのよね?それなら普通に生活していくんじゃダメなの?」
裕斗は首を振り、照れながら小声で答えた。
「やっぱりさ、異世界に来たら強くなってモテたいじゃん。それにシャルだって僕といればお金に困らないんだよ?」
それを聞いたシャルは呆れ果てたような顔をしたつもりだったようだが、裕斗には喜んで固まっているとでも勘違いしたのか、シャルの手を取ると満面の笑みを浮かべた。
「私はそう言うつもりはないよ?」
「うん、今はまだいきなりで早すぎたかな。だんだんと距離を縮めていこうね」
シャルにとってみれば裕斗は雇い主に過ぎず、また彼女はお金が欲しくて仕事をするわけではない。幼い頃より戦闘マシーンのように育てられた為、ただ生きている実感が欲しかっただけだった。
そのため裕斗のような考え方は全く理解できないものだった。
シャルが返答に困っていると、裕斗は笑顔で出来そうな仕事の依頼を見に行った。
「やっぱ最初はこういうのかな?ね、シャルどうかな」
裕斗が選んだものは近場で発見されたゴブリンの討伐だった。報酬の金額が低かったため残っていたようだが、お金に困っていなかった裕斗は、シャルに言われた通りファンタジーの定番とも言えるゴブリン討伐を選んだ。
「うん、いいと思うわ」
同意を得れた裕斗は嬉しそうに早速カウンターで依頼を引き受け、その手続きを済ませていた。
手続きを済ませている間に、シャルは依頼内容を再度確認すると、場所はこの町から離れた山間部で、野宿を1日要する距離だった。
緊急性がないものとして、安い報酬で放置してあったものだったのだろう事が容易くわかる。
「シャル、手続きを済ませたよ」
“時すでに遅しか”
「そう、良かったね。場所は私が分かるから明日出発ね」
必要となる携帯食や保存食、キャンプ用品を2人分買い揃えたはずが、どういう事かバックパック1ついっぱいになる量になった。
「ユウト、なんか荷物多くない?」
討伐込みで往復たかだか2日、多く見積もっても3日程度だ。
「ジャジャーン!これも買ったんだ」
満面の笑みで取り出したのは、全くもって不必要な寝袋2つだった。
“こんな物に包まって寝たら、有事の際身動きが取れないのも分からないか”
「それ、必要ないと思うよ」
「いや、絶対にあった方がいいよ」
なぜか断言する裕斗だった。
シャルは諦めて放っておくことにしたが、大量の荷物が詰まったバックパックを見ると、嫌でもため息が出てくる。
「ため息なんてどうしたの?」
「その大量の荷物ユウトが背負えるの?」
「あぁ、それなら大丈夫。えっと、後でのお楽しみね。日も落ちてきたし食事をしたら宿屋行こう」
何が楽しみなのかわからないと言う顔をしたシャルに対し、裕斗はバックパックを背負うと食事を適当な場所で済ませ、宿屋に向かった。
「一泊お願いします!」
宿屋に着くと裕斗はシャルにそこで荷物見ておいて貰うように言うとカウンターに向かった。
店主に声をかけながら銀貨1枚出すと宿泊手続きをお願いした。
「お、おお!済まないが今空いてる部屋がちょうどツインしかないのだが、構わないかね?」
「お、おお!ツインしかないのか。じゃあ仕方がないか。仕方ないよね」
裕斗は振り返りシャルを見る。シャルはため息をつくと頷いた。
当然シャルはそのツマラナイやり取りを見逃しているはずはなかった。
“屑”
2人が部屋に入るとベッドが2つあり、テーブルと2人掛けのソファーがあるだけの簡素な部屋だ。
裕斗は部屋に2人きりになるとシャルの手を引き、ソファーに連れて来て一緒に座った。
「えっと、そ、そうだ。まずはあれだね。荷物荷物」
ソファーから必死に手を伸ばしてバックパックを取ろうとしつつ、しっかり反対の手でシャルの手を掴んでいた。
「立って取ればいいんじゃない?」
「これがいいんだよ!」
バックパックを何とか引き寄せると今度は肩から掛けていた鞄をシャルに見せる。
「肩掛け鞄ね」
「うん、だけどね。見てて」
そう言うとバックパックを鞄に詰め込んだ。流石にこれにはシャルも驚きを隠せなかった。
「凄い・・・」
「凄いでしょ。荷物ならこの鞄にいくらでも入るんだよ」
驚きながらシャルは鞄の中を覗いて見るが、真っ暗で何も見えなかった。
首をかしげるシャルの腰に手を回して抱き寄せるようにすると、裕斗は鞄に手を入れると金貨を1枚取り出して渡した。
「今日の分ね」
「あ、うん。ありがと」
「この鞄は僕しか出し入れできないんだけど、制限なくいくらでも詰められるんだ」
「凄いね」
「さ、さてと、明日はたくさん歩くし早いけど休もうか?」
早いも何もまだまだ全然早すぎるほどだった。
「ユウトあのね、私ちょっと行かないといけない場所があるの。すぐに戻るから先に休んでて」
がっかりする裕斗を他所にシャルは部屋を出て行った。
“馬鹿馬鹿しい”
シャルは宿屋を出ると日が落ちて暗くなった町を歩いて行った。