裕斗
目の前にいる黒目黒髪の男は自己紹介で、スズキユウトと言い、異世界に転移して来たと言ってきた。
普通なら信じる者はいないだろう。しかし少女は冷静に男の表情を見て分析していた。
“嘘を言っている目ではない”
「私はシャル」
「え?あれ?信じてくれるの?」
黒目黒髪の男、鈴木裕斗は驚いたように答える。
「嘘なんですか?」
「いや、本当なんだ。大学の帰りにスマホいじりながら歩いていたら、赤信号に気がつかないでトラックに跳ねられて、気がついたら知らない変な場所に居てね。どうやらトラックに跳ねられて死んだみたいなんだけど、気がついたら変な場所に居て、神様にチートを貰ってこの世界に来たんだ」
シャルは鈴木裕斗の話が全く理解出来なかったが、必要性は無いと判断し切り捨てて考えることにした。
「本当なんだ!」
“理解は一切できないが、嘘は言っていない”
「そう。それで?」
「へ?」
鈴木裕斗はシャルの返事に驚き、目を丸くさせる。
「それでって、驚かないの?」
「自己紹介ですよね?私はシャルで貴方はスズキユウト。
後の話は理解に苦しむので考えないことにしました。
それで聞きたいこととはなんですか?」
鈴木裕斗は困惑した。夢にまで見ていた小説で見ていたようにトラックに跳ねられて死に、神にあってチートを授かり、異世界に来た。にも関わらず、今目の前にいる少女シャルは驚きもせず、興味も持たず、理解に苦しむという理由だけで切り捨てられたのだ。
ちょうどタイミングを計ったように料理が運ばれてきた。
「お腹空いていたんですよね。いただきましょう」
シャルはそう言うとナイフとフォークを上手に使い食べ始めた。
裕斗はそんなシャルを見つめた後、ナイフとフォークを手にして食べ始めた。
終始無言のまま食事を終え、お茶を飲んでいるとシャルが訪ねる。
「聞きたいことがあったのでは?」
裕斗は思い出したようにシャルを見つめ、聞くべきか悩んでいるようだったが、ポツポツと話し始めた。
「この世界にはつい昨日来たばかりでね。お金は神様がくれたから適当に装備を買って宿屋に泊まったんだ。
だけど土地勘も無く、神様には何をしてもいいって言われたけど、何もわからないから何をしていいのかもわからない。
小説で見たように冒険者になって生きていこうと思ったけど戦い方もわからない。
貰ったチートも一番役に立つって言われてる鑑定を授かったんだけど・・・」
そう言うと裕斗はシャルを見た。
次の瞬間、裕斗は目を見開くとボソッと呟くように口を開いた。
「シャルさん、レフィクルさん、ソフィアさん。他にもたくさん・・・貴女は何者ですか?」
シャルが一瞬だけ驚いた表情を見せるが、すぐに冷静になる。
“なぜ私の偽名を・・・この男、危険”
「それに職業が、アサ…うわ!」
シャルが目にも留まらぬ速さで、裕斗の喉元にナイフを押しやる。
「それ以上言えばお前を殺す」
今さっきまでのシャルとは違い、声は低く鋭い目で裕斗を見つめている。裕斗は声も出せず小さく首を振るだけしかできなかった。
ピシュっとナイフを喉元から放すと裕斗の喉元に薄っすらと血が滲み出てきた。
「これは脅し。次は無い」
裕斗はこんな事なら話しかける前に少女を鑑定しておくべきだと手を喉元に当てながら後悔した。
「貴方がこの後どうなろうと私には関係無い。貴方がこの世界で生きたければ、その無駄にベラベラ喋る癖はやめるべきだ」
シャルはそこまで言うと残ったお茶を飲み干し、お金をテーブルに置くと立ち上がった。
「待って!シャルさん、貴女を雇う。それならいいでしょ?」
裕斗はとっさに考え、彼女を雇えないかと賭けに出てみたようだが、これが功を奏したようでシャルは椅子に腰を下ろし直した。
「依頼内容は?」
「僕を守って欲しい」
「期限は?」
「僕がいいと言うまで」
「報酬は?」
「どれぐらいが相場か分からない」
「1日金貨1枚(10万円相当)」
「分かった。とりあえず1年は大丈夫そうかな」
「分かった。請け負おう」
シャルは裕斗の護衛を引き受けた。シャルが裕斗の鑑定の能力を危険視したためであり、当初は裕斗を今晩にでも始末するつもりであった。だが雇うとなれば話は別で、常に見張れるのであれば金にもならない無駄な殺しをする必要もない。
「それでどうする」
裕斗はシャルを雇ったはいいが、何をどうしたらいいか全くわからなかった。
考え込む裕斗を何を言うでもなくシャルはただ黙って見つめていた。
「シャルさんは冒険者のような事も可能?」
「問題ない。それとその『さん』はいらない」
裕斗は頷いて答えると、また何かを考え込んでいるようだった。
「じゃあシャル、今日から仲間としてよろしく頼むよ」
「仲間ではない。雇い雇われの間柄だ」
「そうだけど、僕は君を仲間だと思う事にするよ」
“この男、人を簡単に信用しすぎる。私の素性を知って尚仲間と言うとは単なる馬鹿か”
「分かった。スズキユウト、雇い主に従う」
「裕斗。そう呼んで貰えるかな?あともう少しその、女性らしく?って言うのか、その喋り方って何とかならないかな?」
裕斗は最初に話しかけた時と違い、主従のように言われた事に返事だけするようなシャルの喋り方が嫌だった。
「ユウト、分かった。それでどう言う対応を望む?」
「そ、そうだなぁ。可愛らしく?とか出来るのかな」
それを聞いたシャルは、先ほどのような無表情で目つきの鋭さから一変し、目を大きく開け、口元の口角が上がり、年齢相応の明るい女の子のようになった。
「こんな感じでいい?ユウト」
全くの別人だった。さっきまでがクールな美人だったとしたら、今は可愛らしい女の子にしか見えない。
「す、凄いな、まるで別人みたいだ。うん、そんな感じがいい。すごくシャル可愛いよ」
「ありがとう!」
シャルはそう言うが、これは暗殺者の変装術でしかない。彼女に作られた人格で、仕事により使い分けているだけに過ぎなかった。
「これからユウトどうするの?」
可愛らしいシャルになんだか嬉しくなった裕斗は、つい先ほど喉元にナイフを突きつけられたのも忘れて調子に乗ってきていた。
「じゃあまずは冒険者ギルドに連れて行って欲しいんだ。冒険者になってシャルと世界を見て回りたいな」
「うん、分かった」