表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/19

新しいときめきの始まり

9.新しいときめきの始まり


 横断歩道の手前で信号待ちをしていた秀彦は、正面のビルの2階にあるファーストフードの店のウインドウに視線を集中させていた。

ガラス張りになっているそこには、外に向かって座るようになっているカウンター席があるのだ。

秀彦の視線は、一人の女性をとらえていた。

彼女は膝上くらいの短めのスカートだった。

少しでも足を開こうものなら、パンツが丸見えになる。

下から見上げる形のこの場所は、まさに、絶好のパンチラスポットなのだ。

一つだけ難があるとすれば、道路が広くて視力に自信がないものにはただの交差点にすぎないかもしれない。

秀彦は、ふだん伊達メガネをかけているが、視力には自信があった。

このパンチラスポットを知ったのは、たまたま、仕事でここへ来た時、やはり、信号待ちをしていた時のことだった。

ふと、目に入った光景の中に、足を組みかえるOL風の若い女性がいた。

秀彦は一瞬目を疑った。

「!」

見えちゃった!あの子たちは見られていることに気が付いているのだろうか?

そう思い、その店に入ってみた。

2階のカウンター席に座って見ると、眼下には交差点があり、道路の向こうで信号待ちをしてる者の中には、秀彦と同じ視線をこちらに向けているものもいる。

但し、はっきりとそう分かるわけではない。

当然、そこがガラス張りになっているのは知っていて、その席に座っているのだろうが、座った本人からは、カウンターにさえぎられて足元が見えない。

「こんな感じなんだ。これならちょっと無防備になっても仕方ないなあ。向こう側で、あからさまに望遠レンズ付きのカメラを構えられでもしない限り、見られている感覚はしないかもしれないなあ。」

秀彦はそう思った。

 以来、ここへ来るたびに、その2階席をチェックするようになった。

今日は、何も動きがないまま信号が変わった。

青になったら、渡るしかない。

横断歩道を渡りながらも、彼女の方を見ていたが、半分を過ぎたところで、角度的に彼女の足元は見えなくなった。

「まあ、仕方ない。」

そう思った瞬間、秀彦は誰かにぶつかって伊達メガネを道路に飛ばしてしまった。

「ごめんなさい!大丈夫ですか?」

そう言ってメガネを拾ってくれたのは、女優の米倉涼子に似た感じの美人だった。

秀彦は言葉を出すことも忘れて彼女に見とれた。

「大丈夫ですか?」

再度、そう言われて我に帰った。

「きれいだ…」

思わず、そう口走った。

彼女からメガネを受け取って、掛けてみると、少しフレームが曲がっていた。

無理やり直そうとしたとたんに、フレームの付け根が折れてレンズが外れてしまった。

「うわっ!たいへん!どうしましょう?」

彼女は自分のせいで、メガネが壊れたと思い、動転しているようだった。

信号が点滅し始めたので、秀彦は彼女の手を取って引き返した。

つまり、彼女の進む方へ渡った。


 香織は驚いたというより、あきれて言葉もなかった。

百合子は、そんな香織に穏やかな笑みを浮かべて説明した。

「あの人はやさしい人だから、何があっても、決して自分から別れ話を切り出したりはしないの。相手の人が今のままでいいと言えば、おそらく、お互いにおじいちゃんおばあちゃんになってもお付き合いしていると思うわ。」

「そういうの、やさしいって言うのかしら?」

「少なくとも、私にはそう思えるけれど、違うのかしら?」

「その辺の考え方が私とユリさんの決定的な違いですね。」

「そうね。だから、私がいなくなったあとの女性はその方がいいわ。私と同じタイプの人だったら、あの人はきっと愛せないわ。」

香織はしばらく無言でなにか考えごとでもしているようだったが、やがて、再び口を開いた。

「だけど、幸村さんはもう一度浮気をしたのよねぇ?ということは、三マタかけていたってこと?」

「違うわ。二マタよ。だって、私はあの人の妻ですもの。」

「う〜ん…なんか納得いかないなあ。幸村さんがユリさんのことを愛しているのはよくわかるわ。なのにどうして、他の女に走るのかしら?」

眉間にしわを寄せている香織に向って百合子は、あくまでも穏やかな笑みを浮かべた顔で言い放った。

「あの人は純粋だから、ときめいてしまったら我慢できないのよ。」

「そういうのって純粋っていうのかしら…まあ、百歩譲ってそうだとしましょう。二人目の人っていうのは、当然、ユリさん心当たりがあるんですよね?」

「ええ、もちろんよ!彼女のことがあったから、心配でたまらないの…」


 秀彦はなんとか彼女を喫茶店に誘うことに成功していた。

壊れたメガネはスーツのポケットに突っこんで、今は素顔のままでいる秀彦に、彼女はしきりに謝っていた。

「大丈夫!気にしないでください。こんなの百均で買ったもんだから。それよりも、そのおかげであなたと知り合うことができた。」

秀彦は、幸村張りにときめきを表現しようとしている。

「でも…」

彼女は、メガネを拾った時にフレームのRayBanの文字に気が付いていた。

秀彦はそんな彼女に掌を差し出し、「それ以上は言わないで。」というように制した。

ウエイトレスが水の入ったグラスとおしぼりを持てやってきたので、秀彦はアイスコーヒーを頼んだ。

秀彦は女性の前であれこれ迷うのはいい印象を与えないと、幸村や香織に言われていたので、こういう場面で喫茶店ならアイスコーヒーと決めている。

彼女は、レモンソーダを注文した。

ウエイトレスが下がると、秀彦は思いきって勝負に出た。

「二つお願いがあります。」

彼女は不安げに秀彦を見ている。

秀彦はかまわずに話を続けた。

「まず、一つ目…あなたのお名前を教えてください。そして二つ目…携帯電話の番号とアドレスを教えてください。」

不安げだった彼女の顔がホッとした表情になった。

「お願いは二つじゃなくて三つですね?携帯電話の番号とメールアドレスはそれぞれ一つずつで二つ分です。」

彼女はそういうと軽く微笑んで、続けた。

「もし私が全てのお願いを聞いてあげたら、あなたにも三つのことをお願いしてもいいですか?」

今度は、秀彦が少し不安げな表情になった。

そして、まず彼女が名前を告げた。

「名前は若宮沙織。携帯電話の番号は…」

とりあえず、秀彦の願いはかなった。

「じゃあ、今度は私のお願いを言います。」

秀彦は、落ち着きなくひきつった笑みを浮かべながら、しかし、余裕がある風を装って「どうぞ。」と沙織を促した。

「まず、一つ目…あなたのお名前を教えてください。そして二つ目…あなたの携帯電話の番号を教えてください。最後の三つ目は、あなたの携帯電話のメールアドレスを教えてください。」

秀彦は、今まで生きていて一番幸せだと言わんばかりの笑顔で「お安い御用です。」といって、携帯電話に沙織のアドレスを、もの凄い速さで打ち込んだ。

すぐに沙織の携帯電話が鳴った。

画面には秀彦の電話番号とアドレスが表示されていた。

「よろしく!ちなみに名前は坂内秀彦。」

そう言って右手を差し出した。

沙織は快くその手を握りしめた。


 穏やかだった百合子の表情が急に曇りだした。

香織はまずいことを聞いたかなと後悔したが、知っておかなくてはならないことだ。

百合子もそれは分かっていた。

そして静かに語り始めた。

「二人目の人は、あの人と同じ会社の人…」


 その頃、雅俊の会社では営業事務の女子社員を募集していた。

地元の職業安定所から問い合わせの電話があった時、たまたま営業部の席には雅俊しか居合わせなかった。

雅俊が受話器を取ると、職安の担当者が、該当者を面接に行かせるから、直接本人と打ち合わせしてくれというのだった。

担当者はそのまま本人と電話を代わり、雅俊が彼女の話を聞くことになった。

「はじめまして。森本さつきと言います。」

「はい、はじめまして。僕は幸村と言いますが、あいにく今は担当の者がいないんですよ。午後には戻ると思いますから、かけ直してもらえますか?」

「すいません。」

「いいえ、君が謝らなければいけないことは何もないよ。」

「じゃあ、またかけ直します。どうもすみませんでした。」


 さつきは受話器を置くと、職安の担当の男性に、あとでかけ直すと告げた。

職安の担当はさつきに面接を受ける先の会社名と住所、電話番号を書いたメモを渡した。

「詳しいことが決まったら、一応報告して下さいね。」

「はい、わかりました。」

さつきは、とりあえず、昼食をとることにした。

駅ビルのレストラン街を端から端まで歩いて、ハンバーグの専門店に入ることにした。

デミグラスソースのハンバーグを注文すると、先ほどのメモを取り出し、ゆきむらと書き加えた。


 雅俊が昼食から戻ると、上司の取締役は既に帰社していた。

雅俊は、要件を欠きとめたメモを渡して、先ほどの件を報告した。

上司はうなずいて、メモをデスクマットの下に挟み込んだ。


 食事が終わると、さつきは、電話コーナーに向かった。

カード式の公衆電話から、雅俊の会社の番号をプッシュした。

呼び出し音が鳴る。

「もしもし?」

さっき話した人と同じ人の声だと思った。

「あの、先ほど電話したものですけど…」

「ああ、担当が戻っていますから、代わりますね。」

「あの…」

さつきは、担当に変わる前にゆきむらと少し喋りたかったが、すぐに保留のメロディーに変わってしまった。

すぐに、担当が電話に出た。

「はじめまして。森本さつきと申します。職業安定所から面接の打ち合わせをする用意言われて会電話さし上げたのですが…」

「今から来られるかい?」

「えっ?」

「今日はこの後何か用事でもありますか?」

「いいえ、特にありませんけど…」

「じゃあ、今からおいでなさい。場所は分りますか?」

「はい。わかります。それでは早速お伺いさせて頂きます。1時間以内でお伺い出来ると思います。」

「はい。それじゃあ、お待ちしているよ。気をつけておいでなさいな。」

電話を切ると、さつきは、胸をなでおろし、ほっと息をついた。

「びっくりしたあ!すぐに来いだなんて予想外だわ。」

一応、リクルートスーツで来ていてよかったとさつきは思った。

さつきは、一旦、職安に戻り、担当に事情を説明して、今から行って来ると告げた。

担当は、「がんばってくださいね。」と励ましてくれた。


 取締役の加藤は、雅俊から預かったメモに赤いインクのボールペンで丸印を付けた。

「幸村君!しばらく出かけないでいてもらえないかな。」

「はい。今日は特に予定がないので、ずっとB社の見積もりをやってますよ。」

「よかった。営業事務の新しい女の子の面接をやるから立ち会ってくれたまえ。」

「えっ?ボクが!ですか?」

「ああ!他に誰がいるかね?」

雅俊は、あたりを見渡した。

確かに、今ここにいるのは雅俊と取締役の加藤だけだった。


 さつきは、携帯電話のナビゲーターを頼りに、雅俊の会社を捜しあてた。

エレベーターホールの案内板で総務部のフロアを確認した。

エレベーターに乗り込み、6階のボタンを押した。

6階のフロアに降りると、すぐに総務部の受け付けがあった。

さつきは、受付で、営業事務の面接に来た旨を話した。

受付の女性社員が内線電話で取締役の加藤に確認を取ると、営業の応接室に案内するように指示された。

女子社員はさつきを営業応接室に案内した。


 総務から連絡を受けた加藤は、スーツの上着を羽織って雅俊に合図した。

雅俊は一応、名刺ケースを持つと、データを上書きしてパソコンの電源を切った。

応接室の前には総務部の女性が待っていて、ドアを開けてくれた。

彼女がお茶とコーヒーどちらがいいか聞いたので、冷たいものにしてくれと頼むと、彼女はほほ笑んで応接室を後にした。

二人が応接室に入ると、面接に来た女性はすっと立ち上がり、軽く会釈をした。

加藤が、着席するように促すと、「それでは失礼します。」そう言って、三人掛けのソファーの中央に腰かけた。

髪は短めで、肌は普通に日焼けしていて健康的だ。

さしずめ美人というほどではない。

まあ、普通だ。

どちらかというと、おっとりした感じがする子だった。

「はじめまして。森本さつきと申します。」

そう挨拶をして彼女は履歴書を封筒から出し、加藤の方に差し出した。

「いつから来られるのかな?」

加藤は履歴書には見向きもせず、そう尋ねた。

彼女はあっけにとられたようだったが、来月の初めからなら出社できると言った。

「じゃあ、よろしく頼むよ。後は、この幸村君に総務へ連れて行ってもらって、採用の手続きをしてくれ。」

そういうと、加藤は応接室を後にした。

さつきは、雅俊の方を見た。

「この人がゆきむらさんか…」

入れ替わりに、総務の女性社員が入ってきた。

冷たいむぎ茶の入ったグラスを三つ持ってきた彼女は、加藤がいないので二つだけ置いて引き揚げようとしたが、雅俊は彼女を呼び止め、一緒に席に着くように促した。

「せっかくだから、君もお茶を飲んだらどうだい?」

「いえ、そんな…」

彼女が遠慮していると、雅俊は加藤に採用の手続きをしてもらうように言われていると説明した。

「そういうことなら。」

そう言って彼女は、一通りの順序を説明してくれた。

「じゃあ、総務の方へお願いできますか?」

面接に来た女性は立ち上がり、彼女に従った。

雅俊は、営業部の部屋へ戻ろうとしたが、今度は彼女に呼び止められた。

「幸村さん!一緒に来てもらわないと困ります。立ち会って頂かないと。」

「そうなの?」

雅俊は仕方なく、二人について歩いた。

ひと通りの手続きが終わり、雅俊は面接にこた女の子をエレベーターホールまで見送ることにした。

エレベーターを待っていると、彼女から話しかけてきた。

「私がこの会社で一番最初に話した人です。」

「はい?」

「一目惚れです…いいえ、一声惚れと言った方がいいかしら。最初にあたたとお話しして好きになってしまいました。実際にお会いして、ますます好きになりました。採用してもらってとてもうれしいです。」

いきなり告白されて雅俊は戸惑ったが、悪い気はしなかった。

「それはとても光栄です。5月1日からでしたね。楽しみにしていますよ。」

エレベーターの扉が開き、彼女は乗り込んだ。

彼女が軽く会釈をすると扉が閉まり始めた。

扉が閉まりきる瞬間、彼女と目が合った。

雅俊は意識が彼女の瞳に吸い込まれるような感覚を覚えた。

その瞬間、雅俊の体を電流が貫くような衝撃が走った。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ