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結婚してからも素敵な出会いがある

4.結婚してからも素敵な出会いがある


 日曜日、午後5時15分。

3人目は杉浦だった。

ジャージの上下を着ている。

「あれっ?杉浦さん、今日は女装して来てねって言ったよねぇ!」

絵理は、自分が連絡をしたので、うまく伝わらなかったのかなと思って杉浦に確認してみた。

「ああ、だからちゃんと化粧してきたぞ。」

「えっ?それだけ?」

杉浦は、不敵な笑みを浮かべると、ジャージを脱ぎ捨てた。

ジャージの下はバニーガールの衣装だった。

「イエーイ!」

そう言って、両手でVサインした。

杉浦剛史。32歳。茨城県出身、都内在住。

 続いて、上田と、福島が入ってきた。

二人とも、杉浦と同じようにジャージ姿だった。

「まさか二人もバニーガールじゃないでしょうね?」

ママの陽子が聞くと、二人は首を振ってジャージを脱ぎ始めた。

上田はテニスウエアを着ていた。

「お蝶婦人って呼んで!」

Y.UEDAのネームが入っている。

Yは由美のYに違いない。

どうやら、妹のものを無断借用してきたらしい。

上田智幸。29歳。東京都出身、都内在住。

福島はレオタード姿だった。

「裕ちゃんはなあに?」

「えっ?見て分からないかなあ?真央ちゃんだよ。」

福島は両手をあげてスピンして見せたが、バランスを崩して、よろけて上田に抱きつく格好になった。

福島裕二。31歳。埼玉県出身、都内在住。

店まではジャージを着てくるという作戦は、杉浦が考えたようだった。

その後、すぐに、立花がやってきた。

ちょっとシックで、よそ行き用のワンピースといった感じの服だった。

多分奥さんのものなのだろう。

つばの広い帽子にサングラスをして、ひげを隠すためにマスクをしていた。

「いや〜あ、お待たせ!恥ずかし〜い!女装といわれたときにはそろうかと思ったけど、やっぱ出来なかったよ。」

そう言ってマスクを取ると、立派な口ひげはそのままだった。

「何よ、それ!ゲイじゃないんだから。」

絵理が言うと、みんな大笑いした。

「さて、あとは…」

恭子が周りを見回していると、秀彦が即座に答えた。

「幸村さんだ。幸村さんがまだ来てないや。」

「あら、珍しいわね。いつもいちばん乗りなのにね。」

陽子が言うと、他のメンバーも頷いた。

「きっと、すごい格好してくるんじゃないかしら。」

香織が言った。

「そうだな。遅れてきて、大したことのない格好だったら、罰ゲームだな。」

宮田が言うと、全員が賛成した。

 

 日曜日。午後5時30分。

店の外で車のブレーキ音がして、ドアを勢い良く閉める音がした。

「来たか?」

宮田が言うと、全員入口のドアに注目した。

そして、ドアのそばにだんだん近づいていった。

香織は、みんなに押し出されるようにジリジリと、ドアのすぐ前まで来ていた。

ドアが開いた。

そして、店に入ってきた花嫁は香織に抱きつくようにぶつかった。

その瞬間、店にいる全員が目を丸くして、二人を見た。

店の外から、「パパ頑張って!」そんな声が聞こえてから、車が走り去る音がした。

「幸村さん?」

絵理が、そばに来てまじまじと花嫁の顔を見る。

「やっぱり幸村さんだ!」

「おいおい、やってくれるなあ!」

宮田は、やられたというように椅子に腰掛けた。

秀彦も、同じように座り込んだ。

「これじゃあ、まるで、俺の誕生日と言うより、幸村さんと香織ちゃんの結婚式だよ!」

「そんなことないわよ。さあ、行きましょう。」

そう言って秀彦を慰めてくれたのは、みゆきだった。

「そうだな。」

秀彦は気を取り直して、自分の席、お誕生日席へ向かった。

「さあ、みんな、席についてちょうだい!」

ママの陽子がシャンパンを開けた。

全員のシャンパングラスに注いで廻る。

「それじゃあ、乾杯の音頭はここ“スウィートメモリー”でいちばんの古株で、ヒデちゃんの大の仲良しでもある、幸村さんにお願いしようかしら!」

ママがそう言うと、みんな賛成した。

雅俊は立上り、シャンパングラスを掲げて、乾杯の前に一言だけ秀彦に詫びた。

「ヒデ、なんか、目立っちゃって悪いな!うちのヤツが悪のりしちゃってさ。それでは皆さん、坂内秀彦君の25歳の誕生日を祝って、乾杯!」

「乾杯!」

全員シャンパンを一口飲むと、一斉に拍手をして、秀彦の誕生日を祝った。

秀彦の横には、みゆきが、しっかりと陣取っている。

反対側には絵理がいて、秀彦にそっと耳打ちした。

「制服にシミなんか付けないでよね。」

絵理の横には雅俊、そして、香織、反対側にはみゆき、杉浦

向かい側には香織の方から立花、ママの陽子、宮田、恭子、福島、上田と言った具合に座っている。

「ママさん、その服懐かしいなあ。」

雅俊は、陽子が着ている服は開店当時店にいたマネージャー吉川のもだとすぐに気が付いた。

「さすが幸村さんね。良く覚えていたわね。」

「なんか二人だけの世界って感じで焼けるねえ。どういうことか説明して欲しいもんだなあ。」

宮田が、羨ましそうに言うと、他のメンバーも興味津々という顔で雅俊とママの顔を交互に見た。

「幸村さんが、開店当時から、この店に来てくれていたことはみんなも知っているでしょう?」

ママの陽子は話し始めた。

「そのころのお店は、私と、女の子がもう一人、そして若いマネージャーの3人で始めたの。その時マネージャーが来ていたのがこの服なのよ。」

杉浦が、次の質問をした。

「幸村さんがこの店に来たきっかけってなんだったんですか?もしかして、幸村さんがママにこの店を持たせたとか?」

「まさか、13年も前に、一サラリーマンにそんな甲斐性がある分けないだろう。」

雅俊が否定すると、ママは幸村に話してもいいかという意味の目配せをした。

雅俊は頷いた。

「実はね、もう一人の女の子を追いかけてこの店に来るようになったのよ。彼女が努めていた、前の店から追いかけて。」

「へ〜、そいつは以外だなあ。だって幸村さんのポリシーは、全ての女性を平等に愛する。でしょう?」

秀彦が口を挟む。

「バカ、俺だって若い頃は一途だったんだぞ。そう言う、ポリシーは結婚してからだ。要するに、最高の女だと認めたからこそ結婚したけれど、人生は長い。結婚した後にも素敵な出会いはいくつもあるもんだ。それを、結婚しているからと言うだけで、諦めてしまうのはもったいないだろう!」

「一理あるかもしれないけれど、それじゃあ、奥さんが可哀想じゃない?」

絵理が異論を唱えた。

「絵理ちゃんも、やっぱり、一人の人に尽くすタイプだもんね。」

ママが言い、更に話を続けた。

「幸村さんの奥さんって、その彼女なのよ。」

「ユリさんって言うの。とても素敵な人よ。」

「そうね。香織ちゃんは、ユリちゃんが幸村さんと結婚してお店を辞めるまでの1年間だけ一緒にお仕事したものね。」

「それじゃあ、香織ちゃんは幸村さんの奥さんを知ってるんだ?」

絵理が驚いた顔をして香織に尋ねた。

「そうよ。今でもお付き合いしているわ。今日の衣装も、実はユリさんが用意してくれたのよ。」

「それで幸村さんが花嫁なんだ!」

秀彦は納得して手をパチンと鳴らした。

「ユリちゃん、香織ちゃんのことを妹のように可愛がっていたからねえ。」

「そう、だからね、幸村さんは私にとっては、特別なお客さんだし、幸村さんにとっても私は特別な女性なの。ねっ!そうでしょう?幸村さん。」

「ああ、確かにそうだが、何もお前だけが特別と言うわけでは…」

「はいはい、みんな特別なのね。」

香織はそう言って、幸村の腕をつねった。

「まあ、ここではみんなに平等にチャンスがあるってことだな。」

宮田の言葉に独身トリオの杉浦、上田、福島が頷いて香織達にアピールをした。

しかし、女の子達は、女装した男性にアピールされてもふざけているとしか思えなかった。


 雅俊は、百合子と結婚した後に、もし独身だったらきっとこの子にプロポーズをしていたに違いないと思った女性との出会いが二度あった。

最初の出会いは、結婚してから三年目の頃だった。

会社の取引先で知り合った、パートの女性だった。

その日、雅俊は午後から大事な商談を控えていた。

そのための商品の生産コストを確認するために、朝から関連の協力会社を回っていた。

御茶の水にある雅俊の会社を9:30に出て、品川に本社がある関連会社で打ち合わせをし、その足で川崎の工場を視察した。

工場長に誘われて、昼食を一緒に取った。

再び品川の本社に戻り、相手先に提示する見積もり金額の最終ラインを詰めた。

予め雅俊が予測していた見積もり金額より、コストがかかってしまうと言われたが、商談が成立すれば、一定量の発注が見込めるからと説得し、持参していた二種類の見積書のうち、安い金額のほうで勝負に出ることを決めた。

話がまとまったので、担当の部長が女の子にお茶を入れるように指示をし、一人の女子社員がお茶を持ってきた。

紺の制服に、真っ白なブラウス、髪は肩にかかるかかからないか位で少し栗色に染めているようだった。

何かスポーツでもやっているに違いない、しなやかな体つきをしていて、凛とした表情の女性だった。

決して美人だというわけではないのだが、とても印象深かった。

制服の胸の名札には“浅井”と書かれていた。

商談は、渋谷にある先方の本社で行うことになっていた。

約束は4:00だった。

雅俊は、余裕を見て3:00には品川を出た。

 部長が雅俊をエレベーターホールまで見送りに行った後、浅井夕子は後片付けをするために応接室に入った。

雅俊が座っていたソファーの脇に雅俊の会社の封筒があった。

中には見積書が入っていた。

浅井夕子は、部屋に戻った部長にその封筒を渡した。

「大変だ!浅井君、今すぐこれを持って幸村さんを追いかけてくれないか。少し時間があるから、着替えて出るといい。時間も時間だから今日はそのまま帰っていいから。」

浅井夕子は、部長から封筒を受け取ると、「はい。」と返事をし、部屋を出た。

雅俊は約束の20分前には先方の本社のロビーに来ていた。

見積書を間違えて出さないように、確認しようと思いカバンを見て雅俊は青ざめた。

提出するほうの見積書が入っていない。

先ほどの打ち合わせで、勝負に出ることが出来ると確信したとき、ふっと安心した。

そして、お茶を出されたので、見積書の入って封筒を、カバンにしまわず、ソファーの脇に置いたのを思い出した。

余裕を見て早めに出ようと思い、そのまま席を立ったのだ。

今からひき返したら当然間に合わない。

このままだと、高い金額を入れた見積書しか提出することが出来ない。

雅俊の予測では、その金額だと分が悪いと思っていただけに、この商談は半分あきらめかけていた。

時計を見た。

5分前だ。

雅俊は、仕方なく受け付けカウンターに向かおうとした。

その時、背後から女性の声が雅俊を呼び止めた。

濃いグレーのパンツスーツを身につけたその女性は、息を切らしながら、雅俊に封筒を手渡した。

「これは…」

それは雅俊が忘れた見積書が入った封筒だった。

届けてくれた女性は浅井だった。

「ありがとう。助かった。」

雅俊は封筒を手に受け付けカウンターにかけていき、相手先の担当者の名を告げた。

振り向くと、浅井は笑顔で手を振り何か言っている。

声は聞き取れなかったが、口の動きから「がんばってください。」と言っているのだろうと思った。

雅俊は、手を振って応え、エレベーターホールの方へ歩いていった。

 商談はうまくいった。

危なかった。

浅井が封筒を届けてくれなかったら、あの金額では他社の見積金額に負けているところだった。

明日、彼女にお礼を言わないといけない。

雅俊はそう思い、ロビーに降りてきた。

「!」

ロビーのソファーに浅井の姿があった。

雅俊の姿に気が付くと、浅井夕子は立上り、深々とおじぎをした。

「どうでしたか?」

雅俊は右手の親指を立てて、微笑んだ。

それを見た浅井夕子は、両手をあげた。

雅俊はカバンを置いて、ハイタッチをした。

「わざわざ待っていてくれたのかい?」

「はい、今日は直帰していいといわれたんですけど、早く帰ってもやることがありませんし、部長が大事な商談だと言っていたので気になって…」

「本当にありがとう。君のおかげでうまくいったようなものだ。明日、お礼を言いに行こうと思っていたところなんだ。もし、よかったら、これから食事でもごちそうさせてくれないか?」

「いえいえ、私、そういうつもりでお待ちしていたわけではありませんから。」

浅井夕子は、そう言うと、くるりと反転して走り去ろうとした。

雅俊は浅井の手を掴み、引き止めた。

そして、土下座をした。

「お願いです。付き合って下さい。」

受付カウンターから見ている受付の女の子二人が、こちらを見て、手を口に当て、笑っている。

夕子はビックリして、その場にしゃがみ込み、雅俊に立つように言った。

「付き合っていただけますか?」

雅俊の表情があまりにも真剣だったので、夕子は申し出を受けることにした。

「分かりました。お付き合いさせていただきます。」

雅俊は、座ったままの姿勢で思わず、浅井を抱きしめた。

受付カウンターから「ヒュー」という声が聞こえた。

雅俊はかまわず、浅井の手を引いてビルを出た。


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