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ときめく心がなければ男じゃない!

2.ときめく心がなければ男じゃない


 午前1時30分。

雅俊が店を出て、歩き始めると、秀彦が後を追ってきた。

「幸村さんラーメンでも食って帰りません?」

「いいねぇ!でも、お前、絵理はどうしたんだ?」

「明日から、友達と旅行に行くんで付き合ってられないって、帰っちゃいました。」

「そうか…」

雅俊は考えていた。

この後、香りと飯を食う約束だからって、追い返したら、こいつのことだから、あることないことべらべら言いふらして廻るんだろうな…

「ラーメンも捨てがたいけど、今日はファミレスで我慢してくれ。後から香織ちゃんも来るから。それでもいいなら付いてこい。」

「じゃあ、今日は幸村さんのおごりでいいっすか?」

「まったく、足元見やがって。」

「へへへ、ごちそうさまっす!」

雅俊と秀彦は、駅の反対側にあるファミリーレストランに入った。

24時間営業のこの店も、さすがに深夜1時半を廻ったこの時間はすいていた。

雅俊は、窓際を避け、入口からいちばん遠い席についた。

席につくと、ウエイターが注文を取りに来た。

雅俊は、とりあえず、ワインのハーフボトルと、コンビネーションサラダ、チーズの盛り合わせ、フライドポテトを注文した。

秀彦は、メニューを眺めながらどれにしようか迷っている。

雅俊は、とりあえずそれだけで言いと言って、一旦、ウエイターを下がらせた。

「もうすぐ、香織ちゃんが来るからそれまでに決めておけよ。こういうことでなかなか決められないやつは評価が下がるぞ。」

「幸村さんって、普段から、いつも、そういうこと考えてるんですか?」

「考えてるわけじゃないさ。経験上、そう思っているだけのことさ。」

「へ〜、それじゃあ、ヘマこいたこともあるんですか?」

「ああ、俺も、ヒデくらいの時は、振られてばかりいたさ。そういう苦い経験があって、今の俺がある。」

「ひゅ〜!なんだかやっぱり格好いいですねぇ。」

「なあ、ヒデ。お前、男の意味というか、男としての信念って持ってるか?」

「信念っすか?そうですねぇ…やっぱり強さですかねえ。女の子を守ってあげられる強さ。」

「例えば?」

「例えばって、だから強さですよ。」

「お前、強さといってもいろいろあるだろう?例えば、腕力が強い、社会的地位が高い、経済的に不自由しない。女性を守っていく上では、どれも大事な要素だとは思わないか?」

「そう言われればそうですね。」

「つまり、そういうものがなければ、男としては失格と言うことなんだな。」

「そうか、そういうことになりますよねぇ。」

「それで、今のお前にそれがあるのか?」

「…」

秀彦は黙ってしまった。

ウエイターが、ワインと、グラスを二つもってきた。

「まあ、とりあえず飲もうか。」

雅俊は、二つのグラスにワインを注いで、一つを秀彦の方に差し出した。

軽くグラスを掲げて一口飲んだ。

「じゃあ、幸村さんの信念ってなんですか?」

「俺はなあ、女の子に対してときめく気持ちがなくなったら、男じゃないと思ってる。例え、100歳のジジィになったとしてもだ。そう言う気持ちをもてなくなったら、俺は生きている価値さえないと思っている。それは、誰か特定の人でなく、全ての女性に対してだ。例え、80歳のおばあちゃんにでもだ。」

「え〜っ!80歳の婆さんにどうやったら、ときめくんですか?」

「それはもう、感覚の問題だからな。後は、経験だ。例えば、こんなおばあちゃんでも、昔はきっとかわいらしい女の子だったんだろうな…とそのころを想像してみる。逆に、今付き合ってる女の子も、いずれはおばあちゃんになる…その辺をシンクロさせていくと、なんだか年齢を一つの恋愛に対する基準として考えるのはバカバカしくなってくるだろう?」

「いや、自分には、やっぱ80歳の婆さんは80歳の婆さんにしか見れないっすよ。まだまだ修行が足りませんねぇ!」


ウエイターが料理を持って来たとき、入口の方に香織の姿が見えた。

雅俊は手を振って合図し、ウエイターにワイングラスを一つ追加した。

雅俊の姿を確認すると、香織も手を振って答えた。

そして両手を合わせてお詫びのポーズをして、誰かを手招きしている。

入ってきたのは、みゆきだった。

どうやら、みゆきを連れてきたことを、詫びたらしい。

雅俊は、苦笑いし、もう一つワイングラスを持ってきてくれるように告げた。

それを言うなら、自分も秀彦を連れてきている。

おあいこだと思った。

「ごめんね!」

そう言って、香織とみゆきが雅俊のテーブルまで来ると、手前に秀彦が座っていた。

「なんだ、ヒデちゃんも一緒だったの?じゃあ、おあいこね。…で、ヒデちゃん席移ってくれる?」

「なんでだよ?香織ちゃん、幸村さんの横に座ればいいジャン。」

「ダメダメ!私は幸村さんの正面がいいの!」

「ちぇっ!面倒くさいな。」

そう言って秀彦は、幸村の隣に移った。

香織は幸村の正面に座り、手前にみゆきが座った。

ウエイターが、ワイングラスとおしぼり、お冷やを二つずつ持ってきた。

「もう頼んじゃったよね。」

「いや、まだこれだけだ。飯は香織ちゃんが来てから頼むつもりだったから。」

「本当?じゃあ、早く決めなきゃね。何にしようかしら…」

「まあ、そう焦って決めることもない。とりあえず一杯どうだ?」

幸村は香織とみゆきのグラスにワインを注ぐと、改めて4人で乾杯した。

「ねえ、幸村さんは何にするの?」

「俺は、明太子スパゲッティーとオニオングラタンスープだな。」

「あっ!オニオングラタンスープいいわね。じゃあ、私は和風ハンバーグとオニオングラタンスープにするわ。みゆきちゃんは?」

「私は、ミックスピザと、ドリンクバーをお願いするわ。」

「じゃあ、決まりね。」

そう言って香織は、呼び出しのボタンを押した。

「ちょ、ちょっと待って下さいよ!俺、まだ決めてないんすから。」

「なによ!先に来てたのに、まだ決まってないの?」

「え〜い!ラーメンに餃子!」

「なんだよ、散々メニュー眺めて、結局それかよ。」

「いいでしょう!本当はラーメン喰って帰るつもりだったんだから。」

「じゃあ、一人でラーメン食べに行けば良かったでしょう。」

「なんだよ、なんだよ、みんなで俺をいじめて!」

秀彦は、ワインを一気に飲み干すと、もう一杯、グラスに注いだ。

「あら、私は、坂内さんのそういうところ、けっこう好きですよ。」

みゆきは、そう言って、秀彦に微笑みかけたものの、チラッと雅俊を見た。

「よう!若いの、やるじゃないか?いつのまに、みゆきちゃんをその気にさせたんだ?」

雅俊も、秀彦をからかいながら、みゆきのほうを見た。

香織は、そんな二人のやり取りを見逃さなかったが、わざと気づかないふりをしていた。

〜みゆきにも馴染みの客を何人か作って貰わなければ困る。幸村さんと親しくなれば、自然に回りのお客さんと親しくなる機会も増えると言うものだ。〜

香織はそう計算していた。

もっとも、今日、みゆきを連れてきたのは、そういう目的だったのだから、思惑通りにことが進んでいるといっていい。

しかし、幸村は自分の客だということも分からせておかなければならない。

「みゆきちゃんって、お店に入ってから、もうどれくらいになるっけ?」

香織はわざとらしく聞いた。

「2ヶ月くらいかしら…」

雅俊はちょっと驚いた。

「えっ!2ヶ月?」

雅俊は、特に誰かを目当てにして店にきているつもりではなかったので、2ヶ月間も会わない女の子がいたことが以外だった。

「幸村さんって、金曜日は久しぶりだよね。」

香織に聞かれて、思い返すと、確かに、金曜日に店に来たのが久しぶりだ。

「確かに、金曜日に来たのは久しぶりだけど、他の曜日にはまんべんなく来ているはずなんだけどなあ…」

雅俊は首をかしげながら、その辺のところをよく考えてみた。

「みゆきちゃんって何曜日に出てるんだい?」

「火・木・金だけど…」

“スウィートメモリー”では、金曜日には女の子が全員そろうが、ほかの曜日はローテーションで回っている。

ママと、香織は毎日出ているが他の子たちは出る曜日が決まっている。

小ママの恭子は月・水・金、恵理は火・金・土、みゆきは火・木・金だ。

よくよく考えてみると、雅俊は、週初めの月曜日に来ることが多い。

週末は、会社や他の付き合いがあってなかなか来る暇がない。

前の日飲んで、続けてとか、次の日に飲むのが分かっていて、わざわざその前日に飲む気にもならないので、みゆきのローテーションの火・木・金に顔を出していないのだ。

中日の水曜日には、そういう意味ではたまに来ていた。

「なるほど、そういうことか!」

雅俊は、今まで、みゆきに会えなかった理由が、ようやくわかった。

「どういうこてですか?」

秀彦が雅俊に聞いたので、雅俊は、自分のローテーションとみゆきのローテーションの話をして聞かせた。

「う〜ん…」

秀彦が少し考えてこんなことを言った。

「う〜ん、これは陰謀だな!幸村さんの来店パターンを計算して、だれかが、みゆきちゃんを幸村さんに会わせないようにローテーションを組んだんだ!香織ちゃん、“スウィートメモリー”のローテーションを組んでいるのは誰だい?」

「基本的には、女の子の都合に合わせているのよ。ママと私は毎日出ているから、他の女の子は出たいときに出るようになっているはずよ。」

香織は説明した。

「その通りよ。私は、月曜日と、水曜日には介護の仕事をしているので火・木・金にしてもらってるの。」

みゆきも、自分のローテーションの理由を説明した。

「なんだ、いい推理だと思ったのになあ。」

秀彦は少しがっかりした様子だった。

「いやぁ、今の推理はなかなかのもんだったぞ。」

雅俊は、秀彦を褒めた。

秀彦は、急に元気になった。

「やっぱりそうでしょう?実はちょっと自信があったんだ。」

「そうか、それで、本当は誰の陰謀だと思っていたんだ?」

雅俊の質問に対して、秀彦は躊躇することなく、言い放った。

「そりゃあ、もちろん香織ちゃんの陰謀で…」

そこまで言うと、ハッとして口を閉じたが、遅かった。

殺気を感じて、香織の方を向いた瞬間、お縛りが秀彦の顔面にヒットした。

秀彦の伊達メガネが、弾き飛ばされて、床に落ちた。

ちょうど、そこに料理を運んできた、ウエイターが、それを踏むまいと、除けた瞬間にバランスを崩して、ラーメンのスープを秀彦のズボンにこぼしてしまった。

「あちっ!」

秀彦は、あわてて自分のおしぼりを足に当てた。

「失礼いたしました!お客様大丈夫でございますか!」

ウエイターはトレーをテーブルに置くと、新しいナプキンで秀彦のズボンを拭いてくれた。

「大丈夫!こっちが悪いんだから気にしなくてもいいよ。」

秀彦はそう言ったが、ウエイターはしきりに詫びている。

「わずかなスープだけでよかったよ。今から作り直してもらうんじゃ、時間がもったいないしね。」

秀彦は、トレーから、ラーメンと餃子をテーブルに置いてウエイターにウインクした。

ウエイターは、恐縮しつつ一旦その場を後にした。

「まったく香織ちゃんのせいで、ひどい目にあったよ。」

「なに言ってるのよ!自業自得でしょ!」

香織は、そっぽを向いてそう言うと、雅俊に救いを求めるように甘えた視線を送った。

「まあ、香織ちゃんもやりすぎたな。だけど、いちばん悪いのは分かっていて、わざとヒデにそれを言わせた俺だな。」

「幸村さん、相変わらず、香織ちゃんには甘いなあ。」

「そんなことはないさ!俺は、だれにでも、平等に接しているさ。ただ、香織ちゃんとは会う回数が多いから、そう見えるだけさ。」

「いいじゃない!幸村さんは、なんだかんだ言っても、結局、私がいるときだけしかお店に来てないものね。」

「なに言ってるんですか!香織ちゃんは、毎日出てるじゃないですか!」

「あら、私だって、風邪をひいたり、用事があったりして、休む事だってあるわ。」

「俺は、それに当たる方が奇跡だと思うけだなあ。」

そう言うと、秀彦は、無条件に身構えた。

香織はにらんだだけだった。

みゆきは、冷や冷やしながらも、三人のやり取りを楽しんでいた。

〜香織ちゃんは幸村さんに首ったけなんだ。〜

みゆきは、そう思った。


 午前2時10分。

頼んだものが、すべてそろった。

香織は、雅俊の明太子スパゲティーを少し、自分の皿に移すと、ハンバーグを少し切り取って、雅俊の口に「あ〜ん」と持っていく。

雅俊も、だらしなく口を開けてうれしそうにそれにぱくつく。

「まったく、そんな幸村さんを見るのは、なんだかがっかりだなあ。俺の中では恋愛マスターだって言うのに。」

「なにを言ってるんだ?嬉しいときには、素直にうれしさを表現した方がいいに決まっている。」

「そうよ。いっぱい喜んでくれる人の方がこちらも嬉しいものよ。」

「いや、俺が言いたいのはですねえ、その“あ〜ん”なんてされて、だらしなく口を開けている表情がなんとも、その…」

秀彦は、ラーメンと餃子を先に食べ終わったもので、人のそういうところがやたら目についた。

テーブルに肘をついて、両手で顔を支えて他の三人食べているのをキョロキョロ見ている。

「ねえ?ピザは好き?よかったら、これ半分食べない?私には多すぎるわ。」

みゆきがそう言うと、待ってましたとばかりに、ピザの皿に手を伸ばした。

みゆきは、お茶をもらってくるといい、ドリンクバーのコーナーへ向かった。

戻ってくると、秀彦に、コーラの入ったグラスを渡した。

「俺、頼んでないっすよ。」

「いいのよ。私が飲んだことにすればいいんだから。」

そう言ったみゆきは、もう一つ、ティーカップを持っていた。

「二つもいっぺんに持ってきて大丈夫なんすか?」

「大丈夫よ。だって、紅茶とコ−ラを同じコップで飲むわけにはいかないでしょう?」

「まあ、そうだけど…みゆきちゃんって、ファミレス慣れしてますねえ。」

「あら、主婦なんてみんなそうよ。」

「えっ?みゆきちゃんって主婦なんですか?」

「まさか?違うわよ。私の友達が、もうみんな結婚していて主婦ばかりなの。」

「な〜んだ。そうだよね。」

 

 午前2時50分。

ひと通り食事も終わり、雅俊はセブンスターを1本取り出した。

香織はそれに火を付け、自分もセーラムライトを取り出した。

今度は雅俊が火をつけてやった。

「さて、一服したら、そろそろ帰ろうか?」

「幸村さん、今日はごちそうさまです。」

秀彦は、そう言って立ち上がると、みゆきと一緒に先に店を出た。

「今日はどうもすみません。あとは、どうぞごゆっくりなさってくださいね。」

みゆきも、微笑んで秀彦の腕に自分の腕をからめて歩き出した。

「あいつら、気を利かせたつもりか?」

「いいえ、多分ヒデちゃん誘われたんだと思うわ。」

「誘われたって?」

「ええ、これからあの二人きっとホテルに入るわ。」

「そうなのか?」

「みゆきちゃんって、ああ見えても、けっこう好きなのよ。セックスそのものが。だけど、相手は誰でもいいってわけではないのよ。年下のイケメンでないとだめなんだって。」

「へえ、そいつは意外だな。」

「このことは誰にも言わないでね。」

「ああ、もちろんさ。」


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