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最後のデート

13.最後のデート


 雅俊も、百合子も、もちろん楓も初めてだった。

「広いねー!」と、楓。

「広いなあ!」と、雅俊。

「動物もいっぱいだねぇ。」と、楓。

「動物もいっぱいだなあ。」と、雅俊。

「お腹空いたねえ。」と、楓。

「お腹空いたなあ。」と、雅俊。

二人並んで、ズンズン歩く。

その後を百合子は、ニコニコしながらついていった。

幸い、今日は天気がいい。

いいというのは、晴天だというわけではない。

曇り空で、風があって、割と涼しい。

百合子には、それが何よりもありがたかった。

雅俊は振り返って、百合子に手を差し出した。

百合子は雅俊に手を預けて、手をつないだ。

「こうして手をつないで歩くのは何年ぶりかしら。」

「大丈夫か?疲れてないか?」

「あら、あなたよりも私の方が若いのよ。」

「いや、香織ちゃんが最近お前が疲れっぽいっていってたから。」

「まあ、香織ちゃんたら、余計なこと言って。」

「どこか具合でも悪いのか?」

「前から、熱いのは苦手だったでしょう?そのせいよ。」

「それならいいけど…とにかく、何かあったら、すぐに相談してくれよ。」

楓は、元気にズンズン歩く。

「おっ!あそこでお昼にしようか!」

雅俊の目線の先にはジンギスカンガーデンがあった。

「ねえ!あれ、バーベキュー?」

「おお!バーベキューだ。」

「やったー!」

ラム肉と、野菜のセットを3人前頼んだが、ペロッとたいらげてしまった。

食事の後は、広々とした丘の上にレジャーシートを引いて三人で寝転がった。

朝早かったのと、午前中歩き通しで疲れていたこともあって、三人ともいつの間にか眠ってしまった。

眠っている最中に、通りかかった、若いカメラマンが写真を撮っていった。

30分ほどで、雅俊は目を覚ました。

目が覚めたら、もう帰る時間だったなんてことになったら、楓は泣いて後悔するだろう。

そう思ったので、雅俊は楓の身体を揺すって起こした。

楓は目をこすりながら、起きあがった。

「さあ、帰ろうか?」

「えっ!もう?まだ遊びたい。」

「そうだよな。じゃあ、ママを起こさなきゃ。」

楓は、まだ眠っている百合子を見て、首を振った。

「ママが起きるまで、この辺で遊んでいるから、起こさないで。」

ちょうどその時、ガイドツアーの女の子が通りかかった。

雅俊は事情を話して、楓を連れていってもらえるように交渉してみた。

彼女は快く引き受けてくれた。

3時にもう一度ここまで楓を連れて戻ってきてくれるように頼むと、雅俊は楓に小遣いを渡して、二人を見送った。

雅俊は、眠っている百合子の横でセブンスターと携帯灰皿を取り出した。

そして、ずっと百合子の寝顔を眺めていた。

百合子は間もなく目を覚ました。

目を覚ましたとき、一瞬ここがどこだか分からないようだった。

「まあ、天国って以外と素敵なのね。」

その言葉に、雅俊は背筋が凍るような感覚を覚えた。

「百合子?」

百合子は雅俊の顔を見て、我に返った。

「パパ?」

「どうかしたのか?」

「ああ、ちょっと不思議な夢を見ていたわ。」

「天国のか?」

一瞬、百合子の表情が変わったが、すぐに微笑んで、首を横に振った。

雅俊は、無性に胸騒ぎがして息が苦しくなった。

「楓は?」

雅俊は、百合子が眠っていたので、ガイドツアーに頼んだと説明した。

「じゃあ、楓が帰ってくるまでは、二人だけなのね。」

百合子は、何か懐かしい昔にタイムスリップでもしているような感覚に陥っていた。

そして、雅俊の腕に手を絡めて身体を寄せてきた。

「なんだか、昔みたいにデートしているような気分だわ。」

「そうだな。二人だけでこうしていることなんて、楓が生まれてからはなかったからな。」

「あなたと結婚して本当に良かったわ。」

百合子はそう言うと、再び目を閉じた。


 気が付くと、百合子は草原の中に一人でいた。

雅俊と楓の姿はなかった。

「今度は、本当に天国に来ちゃったのかしら?」

そう思って、立上り、辺りを歩いてみた。

歩いても歩いても同じ景色だった。

しかし、不思議なことにいくら歩いても、全然疲れない。

やがて、空から光が降り注ぐ場所が見えてきた。

「あそこへ行けばいいのね。」

百合子は光の場所を目指して歩いた。

光の中に入っていくとからだが軽くなった。

地面から足が離れた瞬間、誰かに腕を捕まれ、引き戻された。

光か出ると、そこにいたのは森本さつきだった。

「あなたは…」

さつきはにっこり笑って、頷いた。

「まだ早いわよ。もう少しあの人のそばにいてあげて。香織さんはまだ準備が足りないわ。」

さつきはそう言って、百合子の手を引き、元の場所まで連れ戻った。

「さあ、お嬢さんが戻ってくるわ。」

百合子が振り向くと、楓がガイドツアーの女の子に連れられて、戻ってくるところだった。

「ありがとう。」

百合子が礼を言うと、さつきはだんだん離れていった。

そして、消える瞬間、優しく微笑んだ。


「パパー、ママーだだいまー。」

楓の声で、百合子は目を覚ました。

雅俊は目を覚ました百合子のかおを見つめて、安堵の表情を浮かべていた。

「よかった!」

「なにが?」

「このまま君が目を覚まさないような気がして、とても不安だったんだ。」

「ちゃんと目を覚ましたわ。」

楓が百合子に走りより、そのまま抱きついた。

「とーっても面白かったよ!」

百合子は楓を抱きしめて、その愛くるしいひとみを見つめた。

「よかったね。」

雅俊はガイドツアーの女の子に礼を言って、料金を支払おうとした。

彼女は、手を振って断った。

「休憩時間中だったので受け取れません。それに私もいい暇つぶしになりましたから。楓ちゃんにソフトクリームをご馳走になったので、それで充分です。」

そう言うと、楓に手を振って去っていった。

「さあ、それじゃあ、そろそろ帰ろうか。」

「うん!」

楓を真ん中にして三人は手をつないで並んで歩いた。


その三人の後姿に向かって、シャッターを切るカメラマンの姿があった。

先ほど、眠っている三人の姿を撮っていたカメラマンだった。

彼は某雑誌のカメラマンで、テーマパークの特集のため、ここを訪れていたのだ。

開門前に偶然、雅俊たちを見つけて、ずっと様子をうかがっていたのだ。

彼は、某雑誌の仕事以外に、フリーでコンクールに応募するための写真のテーマを『家族』と決めていた。

こういう場所は、そっちの写真の被写体を探すのにも好都合だった。

写真を撮ると、カメラマンは雅俊達を呼び止め、挨拶をした。

「すいません!こういう者ですけど。」

そう言って彼は雅俊に名刺を渡した。

「カメラマン?」

「はい。」

彼はにっこり笑って答えた。

そして話を続けた。

「実は、あなた達家族の写真をずっと撮らせてもらっていました。まずは無断で撮らせてもらったことに対してお詫びを申し上げます。」

そう言って彼は深く頭を下げた。

雅俊は彼の態度に好感を持ったので笑顔で話し掛けた。

「かまわないよ。それで、いい写真は撮れたのかい?」

「はい。おかげさまで、とてもいい写真が取れました。この写真をコンクールにだしたいと思いますので、許可を頂きたいと思いまして。」

「へえー!そりゃあ、光栄なことだ。なあ?」

雅俊はそう言って百合子に同意を求めた。

百合子も笑顔で頷いた。

カメラマンは喜んだ。

入選したらお礼をしたいというので連絡先を教えて欲しいと頼まれたので、雅俊は会社の名刺を渡した。

それを受け取ると、カメラマンは再度、深く頭を下げて去っていった。


 さすがに、帰り道は渋滞に巻き込まれた。

車に乗ると、楓はすぐに横になった。

そして、そのまま眠ってしまった。

百合子は助手席に座っていた。

「楓のやつ、よっぽど疲れたんだな。」

「でも、とてもいい顔をしていたわ。」

「君はどう?疲れてないかい?」

「ええ、おかげさまで、たっぷりお昼寝させてもらったから。私ったら、何しに行ったのかわからないわね。」

「そんなことはないさ。少なくても、ボクにとっては、久しぶりに君と二人の時間がたくさんあった。」

「だったら良かったわ。」

「帰りはちょっとかかりそうだな。適当なところで飯を食って帰ろう。」

「そうね。昨日の夜からずっとお肉だったから、何かさっぱりしたものが食べたいわ。」

「そうだな。俺もちょっと胃がもたれ気味だ。」

 渋滞とはいえ、まあまあ流れてはいた。

雅俊は、百合子を気遣いながら、沿道に目を配りながら車を運転していた。

楓も既に目を覚ましていた。

楓がトイレに行きたいと言ったのでコンビニか何かを探したが、すぐには見つからなかった。

楓が我慢の限界を迎えようとする前に、回転寿司のチェーン店が見つかった。

雅俊はすぐに駐車場に車を滑らせた。

店は行列出来ていた。

とりあえず、雅俊は楓をトイレに連れていった。

店は30分待ちだということだったが、待つことにした。

待っていると、以外に早く席に着くことができた。

このチェーン店は、コンベアーの廻りにテーブル席があり、家族向けの造りになっていた。

流れていないメニューもコンピューターのタッチパネルに触れると、好きなものを何でも頼むことが出来る。

子供が好きそうな洋食のメニューやデザートメニューも豊富にある。

もちろん、メインの寿司もまあまあの味だった。

この日は、大トロが、一カン¥105のサービスデーだった。

雅俊は、のっけから、大トロばかり10カン食べた。

百合子は赤身が苦手だったので、ヒラメやホタテの貝柱、イクラの軍艦巻などを好んで食べた。

楓は、ハンバーグや唐揚げを食べている。

雅俊も百合子も、そんな楓を見て、昨日から、肉ばかりだったのに、こんな物ばかり食べられるのは不思議でならなかった。

雅俊と、百合子は最後に茶そばをオーダーしたが、楓はアイスクリームを頼んだ。

まあ、何はともあれ、お腹いっぱいになったので、三人とも元気になった。


 家に着くまでの間は、百合子も楓も眠らずに起きていた。

家に着くと、香りが風呂を沸かして待っていてくれた。

「思ったより早かったわね。」

百合子と楓が家に入ると、香織は荷物を片付ける雅俊を手伝った。

「ああ、3時過ぎには出てきたからな。」

「ユリさんはどうだった。」

「向こうでは、昼飯を食ったら、ほとんど昼寝をしていた。中途半端な天気はかえってありがたかった。」

「そう。じゃあ、ゆっくり出来たのね。」

「なあ、香織。お前、何か知っているのか?だったら…」

「分からないわ。私だって、一緒に住むようになって、ちょっと気になっただけなんだから。」

「まあ、いい。とにかく、百合子と一緒にいる時間はお前の方が長いんだ。何か気が付いたらすぐに話してくれよ。」

家の中から百合子の声がした。

「パパー!楓をお風呂に入れてちょうだい。」

雅俊は車のドアをロックして、家に入った。

「やばい!幸村さんもだんだんおかしいと思い始めてる。やっぱり、最後まで隠しておくのはキツイなあ。」

香織はそう思った。

家の中に戻ると、キッチンで、百合子が紅茶を入れて、くつろいでいた。

「たいへんだったんじゃないですか?」

香織は、百合子を気遣い尋ねてみた。

「割と平気だったわよ。」

百合子は、平然として答えた。

「幸村さん、ちょっと勘付きはじめてるわ。」

「そう…」

百合子は昼間の夢のことを思いだした。

あれは夢だったのか、本当のことだったのか…


 寝室で、横になった雅俊と百合子は、結婚する前のことを思い出しながら話していた。

「そういえば、ちゃんとしたデートって、あまりしてないよな。」

「そうね、私がお店休めなかったから。」

「あの時のこと覚えてるか?」

「あの時のことでしょう?忘れないわ。」


百合子が“スウィートメモリー”に移ってすぐの頃だった。

雅俊は、百合子が店を休める日曜日に、映画を見に行く約束をし取り付けた。

ところが、百合子は土曜日の夜に店で飲み過ぎてしまったのだ。

待ち合わせ時間は11時だったが、百合子は来なかった。

部屋に電話をしたが出ない。

雅俊は、出るわけがないと思った。

もう、ここへ向かっているはずだからだ。

ところが、1時間たっても百合子は来なかった。

もう一度、電話をしてみた。

今度は百合子が電話の出た。

「ごめんなさい。具合が悪くなっちゃって。起きられなかったの。」

百合子の声が今にも死にそうだったので、雅俊は心配になって、「今からそっちに行くから。」といって電話を来た。

タクシーを拾って、百合子のマンションの前まで急行した。

タクシーを降りたとき、何か買ってくれば良かったと思ったが、何よりも早く百合子に会いたかった。

百合子の部屋は3階だったので、

階段を一気に駆け登った。

部屋に着くと、インターホンのボタンを押した。

しばらくして、百合子がカギを開けてくれた。

百合子はまだパジャマのままだった。

雅俊が血相を変えて飛んできたので、百合子は二日酔いだとは言えなかった。

結局、百合子は日が暮れるまで布団の中にいる羽目になった。

その間、雅俊はお粥を着くって食べさせたり、熱を計ったり、献身的に看病を続けた。

百合子は、なんだか嬉しくて、それはそれでいいような気がした。

そろそろ夕食の時間になった。

百合子は、「もう大丈夫だから。」と言って、デートの埋め合わせに、せめて外に食事をしに行こうと言った。

雅俊は「ダメダメ!」と言って、冷蔵庫の中を覗いている。

どうやら、自分で何かを作ろうとしているらしい。

しかし、冷蔵庫の中には、たいした物が入ってないのは分かっていた。

雅俊は、買い物に行ってくると言って、出掛けようとした。

百合子は、耐えられなくなって、思わず口を開いた。

「ごめんなさい。実はどこも悪くないの。ただの二日酔いだっただけなの。ごめんなさい。」

雅俊は立ち止まって、一瞬動かなかった。

百合子は、怒らせてしまったと思って覚悟を決めた。

「なんだ。良かった。心配したんだぞ。」

雅俊はそう言って百合子を抱きしめた。

そして、こう言った。

「せっかくだから、今日はこのまま病人でいてくれよ。こんな経験めったに出来ることじゃないからな。きっと、いつか役に立つこともあるだろう。まあ、とりあえず、今日の夕食は俺に任せてくれ。」

そう言って、雅俊は買い物に出掛けた。

しばらくして帰ってきた雅俊がぶら下げてきたコンビニの袋の中に入っていたのは、二人分の弁当だった。


 百合子はその時のことを思いだして、急に笑い出した。

「私、てっきり何か作ってくれるものだと思ったのにコンビニ弁当だったときには笑っちゃったわ。」

「そりゃそうだろう?俺が料理なんか作れる訳ないんだから。」

百合子は笑うのをやめて、雅俊の方に向き直った。

「今日は、ありがとう。久しぶりにときめいちゃった!」

そう言うと、百合子はすぐに寝息を立てていた。

この日が、百合子と遠出した最後の思い出になるなんて雅俊は夢にも思っていなかった。




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