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体中から血の気が引いて行く

12.体中から血の気が引いていく


死んだはずの、森本さつきからのメールに、香織はギョッとした。

恐る恐る、返信されてきた内容を読んでいった。

〜まさか、まだ、娘宛のメールが来るとは思いませんでした。そして、あなた様が幸村さんのゆかりの人だとは、驚きでした。どうやって、このアドレスを知ったのかは存じませんが、とても懐かしく思います。幸村さんとは、あれ以来お会いしていませんが、お元気そうで何よりです。〜

どうやら、さつきの母親らしかった。

香織は再びメールを返した。

〜さつきさんのお母様ですね。これも、きっと、何かの縁です。是非、一度お会いいただけないでしょうか?私は、が訳あって、今度幸村と連れ添うことになると思います。私は、松田香織と申します。〜

返事はすぐに来た。

〜松田香織様。娘のことを良くご理解いただいているようで、感謝いたします。あの子は私にとっても特別な子でしたから、思いはひとしおです。あなた様が幸村さんと連れ添うようになるということは、その後、幸村さんとご家族の方に何かあったのですね。娘のことが関係しているのなら、本当に申し訳ありません。会って、お詫びをしたいところですが、私も、もう年で、歩くことさえままなりません。幸い、頭の方はしっかりしておりますので、こうやって、メールをすることもできます。もし、よろしければ、千葉の田舎ではございますが、一度尋ねていただければ幸いです。〜

香織は、次の日曜日に会いに行くと約束をした。


 雅俊は、家で、香織と顔を合わせることがほとんどなかった。

店が終わって、香織が帰るのは深夜3時頃。

飲んでいなければ、その時間に起きていることはない。

たとえ、飲んでいても、家に帰れば、ほとんどバタンキュー状態だったから、よっぽど、同時に家について、玄関で鉢合わせにでもならない限り、香織と顔を合わせることはなかった。

 その日は、“スウィートメモリー”に顔を出してみた。

珍しく、秀彦が女性の連れと一緒だった。

幸村は、秀彦の隣に陣取った。

幸村が来るなり、秀彦は彼女に幸村を紹介した。

「へー!この人が?」

彼女のそんな反応に、雅俊は秀彦に向かって、手招きをした。

秀彦が雅俊の方に顔を寄せると、雅俊は秀彦の耳元に小さな声で呟いた。

「ヒデ、お前、彼女に俺の悪口を吹き込んでるんじゃないだろうな?」

秀彦は首を振って「違う。」と意思表示し、弁解した。

「反対ですよ。幸村さんは、男として俺の理想の人だって話してるんですよ。実際、彼女をナンパしたときでも、幸村さんになりきってゲットできたんですから。」

「それじゃあ、お前、彼女をこの店に連れてきたのはまずかったんじゃないのか?」

「えっ?何でですか?」

「だって、そうだろう?普段の間抜けなお前が全部ばれちゃうだろうが!」

「あっ!」

「もう手遅れよ!」

カウンターから絵理が口をはさんだ。

「沙織さん、今日は、このバカタレのことをよーく観察しておくといいわ。きっと、知り合ったことを後悔するわ。」

沙織は、まるで、人ごとのように、笑いながら、秀彦を見た。

「沙織ちゃん、こいつは、いつも俺を目の敵にしてるんだ。だから、こいつの話は参考外だから。」

秀彦と絵理、そして、この沙織という子、けっこう仲良くなれるかも知れんな。

雅俊はそう思いながら、三人の会話を聞いていた。

たまに、話を振られるので、あることないこと織り交ぜて、適当に話が盛り上がるように返答した。

そうしながら、店の中を一通り見渡すと、いつもの席に宮田がいる。カウンターの中には絵理とみゆき、それからママの陽子。

恭子と香織はボックス席の団体客についていた。

「宮田さん、先日はお世話になりました。」

奥の席で、宮田は「気にするな。」と言う風に雅俊に片手を掲げて。

「その後どうだい?」

「どうもこうも、せっかく、同じ屋根の下で暮らしているのに、顔を合わせたのは引っ越してきた当日だけですから。」

「まっ、そりゃあ、仕方ないな。サラリーマンと夜の女じゃ、日常の生活サイクルが真逆だからな。」

二人の会話に、秀彦が興味を示し、割り込んできた。

「何の話ですか?なんか同じ屋根の下とか、夜の女とか?」

宮田がニヤッと笑って、雅俊を見て、それから秀彦に言った。

「実はな、ヒデ。幸村と香織が同棲してるんだ。」

秀彦は思わず飲みかけのブランデーを噴出した。

「なんで?幸村さん、奥さんは?」


 宮田は、香織が幸村の家に住むようになったいきさつを秀彦たちに話した。

この話をはじめて聞いたのは秀彦だけではなかった。

絵理とみゆきもまだ聞かされていなかったのだ。

陽子は宮田を睨みつけた。

宮田は「話しちゃまずかったか。」そんな表情で陽子に両手を合わせ、詫びのポーズをした。

秀彦は、「俺に相談してくれたら大歓迎だったのに。」と言うと、絵理が「あんたと一緒ならネズミの方がましよ。」そう言って、「私の家にも出ないかしら、そしたら、私も幸村さん家に行けるかしら?」などと言い出した。

「じゃあ、私の家に出たときはヒデちゃんの所にお世話になろうかしら。」

みゆきだけが、秀彦をかばうようにそう言った。

「さすが、みゆきちゃん。俺の魅力がわかってくれているのはみゆきちゃんだけだよ。」

沙織は手洗いに行くため一旦席を立った。

手洗いから戻ると、幸村の隣に座りなおした。

「いいお店ですね。みんな飾らないで正直な人たちばかりみたいで。」

「あいつもな。」

雅俊はそう言って、秀彦を指した。

「そうですね。彼と知り合えて、本当によかったと思っています。」

「そう。じゃあ、しっかり面倒見てやってくれよ。」

「いいえ、その役目は私ではないと思います。」

「どうしてだ?」

「どうしてと言われてもよく分からないんですけど、今は、まだ…そんな気がするんです。」

「まあ、会ったばかりなんだろう?決めつけるのはもう少し後でも遅くはないんじゃないか?」

「そうですね…すみません。おじゃましました。」

そう言って沙織は秀彦の隣の戻った。

雅俊には、そんな沙織の姿がさつきとダブって見えた。


 団体客が引き上げると、店はすっかり静かになった。

ママの陽子が、みんなでボックス席に座ってゆっくりしましょうと提案した。

秀彦達と宮田はそれに応じた。

香織が洗い物をすると言ったので、雅俊はカウンターに残った。

「一緒に住んでいるのになんだか久しぶりだな。」

「そうね。ユリさんから、色々聞いたわよ。この浮気者!」

雅俊はゴクリと唾を飲み込んだ。

酔いが一気に醒めていった。


 翌日は土曜日で雅俊も会社が休みだった。

“スウィートメモリー”が閉店すると、雅俊は香織に脅されて、食事に付き合わされた。

「ユリさんが許しても、私は許さないわよ。」

「香織ちゃん、何か勘違いしてるよ。」

「何が勘違いなの?」

「過去のことじゃないか。それに彼女のことは仕方がなかったんだ。」

「二人ともそうなのかしら?」

「えっ?」

二人と言われて雅俊は驚いた。

てっきり、さつきのことを話していると思ったからだ。

「さつきさんのことは、いいの。彼女のことなら、私も許せるし、どちらかと言えば、彼女の味方になってあげても言いと思ったくらいよ。だけど、もう一人の方はいただけないわね。」

雅俊は言葉が出なかった。

「ばれてないとでも思っていた?」

雅俊は、体中から血の気が引いていくのを感じた。

「そんなに好きなら、その人と一緒になったらどうなの?」

「百合子から聞いたのか?」

「当たり前でしょう!」

雅俊は、生きた心地がしなかった。

「幸村さん、ユリさんの気持ち考えたことある?知らなかったら問題ないとでも思ってた?」

雅俊は、震える手でセブンスターを1本取りだした。

すると、以外にも、香織が微笑んでライターを差し出した。

「反省した?」

「はい。」

「本当?じゃあ、たまには家族サービスでもしてあげなさいよ。楓ちゃんが可哀想よ。せっかくの夏休みなのに。」

「じゃあ、早速、明日にでも話しをしてみるよ。」

「分かればよろしい。あーお腹減った。お肉でも食べようかしら。信州牛はあるかしら?」

香織はそう言って雅俊に、満面の笑みを向けた。


雅俊が朝起きると、楓が夏休みの宿題をやっていた。

「宿題はたくさんあるのか?」

「ううん、これをやっちゃったら、もう終わりだよ。後は自由研究くらいかな。」

「自由研究か?もう何をやるか決めているのか?」

「まだだよ。」

そこで雅俊は考えた。

「そうだ!そしたら、牧場のお仕事を自由研究で発表したらどうだ?」

「牧場?行きたーい!連れていったくれるの?」

「いいぞ!行くか?」

「うん!」

楓は喜び、百合子に報告に行った。

「ねえ、ママ!パパが牧場に連れて行ってくれるって!」

百合子は雅俊の方を見た。

「大丈夫なの?」

そんな顔をしていたので、雅俊は胸に手を当て、任せなさいというポーズを取った。

「よしっ!それじゃあ、決まりだ。早速支度をしよう。」

「えっ?今から?」

百合子は驚いて聞き返した。

「ああ!思い立ったが吉日って言うだろう?今度いつ休めるか保証できないからな。」

雅俊と楓がはしゃいでいると、香織も起きてきた。

百合子が事情を話すと、香織はあくびをしながら雅俊のほうを振り向いた。

「こんな時間から出掛けても、道路は混んでるし、疲れに行くようなものよ。準備だって、まともに出来ないでしょう?今日はきちんと準備して、明日の朝早くに出掛けたほうがいいんじゃない?」

「香織ちゃんの言うとおりだわ。それに、明日なら、日曜日だし、香織ちゃんもお店がないから一緒に行けるじゃない。」

「仕方ない。じゃあ、楓、お昼ご飯を食べたら色々買い物に行こう。」

「うん!」

香織は、シャワーを浴びるといって、浴室に向かった。

雅俊とすれ違うとき、そっと耳元でつぶやいた。

「ユリさん、最近疲れやすいみたいだから、なるべくのんびりさせてあげてね。」


 昼が近くなると、4人で近くのショッピングモールへ出掛けた。

最初にファミリーレストランで食事をした。

その後、二手に分かれて、それぞれ買い物をすることにした。

雅俊は楓と、出掛けるのに必要なものを買うために、百合子は香織と日用品や夕食用の食材を買いに行くことにした。

買い物が終わったら、もう一度、ここに集まってお茶でも飲んでから帰ろうと言うことになった。

 雅俊と楓は、アウトドア用品を専門に扱っている店に入った。

夏休みということもあって、キャンプ用品の特設コーナーが設けられていた。

楓がテントに興味を持って、設置されているテントに入ったり出たり寝転んだりして遊びだした。

雅俊はしばらく見ていたが、やがて、楓を呼んで買い物をはじめた。

買い物といっても、特に何かを買わなければいけないというわけでもなかったが、とりあえず、キャラクターの絵がデザインされているレジャーシート、楓の新しい水筒、帽子、靴などを買った。

最後に、楓がどうしても、家でバーベキューがしたいといって聞かなかったので、とはいっても、自分も前から欲しかったので、お出かけのは関係なかったが、思い切って買ってしまった。

楓は、早速、今日の夜バーベキューをしようといった。

雅俊は、携帯電話を取り出して、百合子に電話を掛けた。

「今日の晩飯は何だ?」

「焼肉にしようと思ったんだけど、何か食べたいものでもあった?」

雅俊は、楓にVサインを出しながら、「気が合うな!俺達も焼肉が食いたいと思ったんだ。じゃあな。」

雅俊は、先に駐車場に行き、バーベキューセットを車に積んでから、待ち合わせ場所にやってきた。

百合子と香織は、既にきて二人を待っていた。

「いやあ!お待たせ。」

「何も買ってこなかったの?」

手ぶらの二人を見て百合子が尋ねた。

「外でお肉焼くの買ったんだよ。」

楓が興奮気味に即答した。

「外でお肉?」

百合子が顔をしかめた。

「それで焼肉?」

雅俊は、ちょっとばつが悪かったが、楓があまりにもうれしそうなので、百合子も大目に見てくれたようだ。

「それじゃあ、今日は、私達は食べるだけですみそうですね。」

香織が、百合子にそういうと、百合子も頷いて雅俊を見た。

「はいはい。分かりましたよ。すべて、この私目にお任せくださいませ。」


 家に帰ると百合子は一休みするといって横になった。

楓も一緒に昼寝をした。

雅俊は、庭に折畳式のテーブルセットを出して、バーベキューの下拵えをはじめた。

香りも、一応手伝うことにした。

準備が整って、火を熾し始めた頃、百合子と楓が起きてきた。

雅俊は、百合子がこんなに昼寝をするのを見たことがなかったので、よっぽど疲れているんだと思い、今朝、香織に言われたことを思い出した。

「夏休みに入ると、楓の世話をしなければいけない分気も使うからな。」

と、そんな程度に考えた。

同じ焼肉でも、外でバーベキューと言うのは、やっぱり美味しく感じられるものだ。

楓が、これで味を占めて、毎日バーベキューにするなんて言い出したら、破産するな。

雅俊は、そんなことを思いながら、バドワイザーを一気にのどに流し込んだ。


 雅俊は、念のため、ワンボックスの真ん中の座席を倒して、後部座席との間にビールケースを置いて、そこにマットレスを敷き詰めた。

百合子と楓が疲れて寝るときに、座席に座って寝るのでは余計に疲れるだろうと思い、二人が大の字になって寝転がれるようにしておいたのだ。

早朝の4時、まで寝ている楓をそっと車に運び、雅俊は車を出した。

香織は、3人を見送って、もう一眠りすることにした。


 夏休み中の日曜日ではあったが、さすがにこの時間では他に走っている車は数えるほどしかいなかった。

ほとんど渋滞に巻き込まれることなく、館山自動車道の木更津南ICまでやって来た。

そこから、国道127号線にはいると、少し混んできた。

楓も既に目を覚ましていた。

途中、朝食を取るために、街道沿いのファミリーレストランに入った。

そこで、三人ともトイレに行った。

それからは、時間を調整して、いろいろ立ち寄りながらゆっくり走った。

マザー牧場には、それでも、開園時間の9時より30分ほど早く到着した。


 香織は、9時頃起きると、昨夜の残り物のウインナーとハムを食パンにはさんで食べた。

それから、パソコンからプリントアウトした地図と、駅すぱーとの電車乗り継ぎ案内を確認した。

昼過ぎに到着するように設定していたので、家を出るのは10時過ぎで充分だった。

香織は、もう一度さつきのメールを見た。

それから、履歴書の写真を。

やっぱり、似ても似つかぬ赤の他人だった。

あのときの感じはなんだったんだろうか?

それから、身支度を整え、10時前には家を出た。

総武線で一旦、船橋まで行き、京成線に乗り換え、さつきの実家がある成田まで来た。

成田についたら、一旦、JRの成田駅へ行き、駅前からバスで10分ほど行ったところに団地がある。

香織は、バスを降りると、もう一度地図を確認した。

12号棟の105号室。

『森本』の表札が出ていた。

香織は呼び鈴を押した。

中から声がした。

「どうぞー!開いてますよ。」

香織はドアを開けた。



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