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ときめきの代償

10.ときめきの代償


 百合子はすぐに笑顔を取り戻していた。

「その子が、あの人の会社に入ってきたのは、4年前だったと思うわ。あの人ったら、はじめて会ったその子に告白されたなんて自慢していたわ。」

「幸村さん的には、その時点では、まだときめいてはいなかったんですね?」

「おそらく…」

しばらく百合子の話を聞いているうちに、香織は、話しをする百合子の表情や、ふと言葉を切ったりするところで幸村に対する百合子の気持ちが測れるようになってきた。

百合子がどれほど幸村を愛しているか…それは結婚する前から香織も知っていたから、百合子の気持ちを思うと、話を聞いていることさえ、苦痛に思える場面もしばしばあった。

それでも百合子は話をやめなかった。

香織も知っておかなければならないと言う義務感から、決して逃げてはいけないと思った。


 あれから3日後、今日は面接に来た子が初めて出社してくる日だ。

既に、社内には5月1日付けで、営業事務に新規採用の女性社員が入社する事が公示されていた。

ほとんどの社員は、今日が彼女と初対面になる。

 朝礼の時間になると、加藤取締役がさつきを連れて現れた。

加藤に紹介されて、さつきが自己紹介をした。

「森本さつきです。今日から営業事務でお世話になります。宜しくお願いします。」

挨拶が終わると、雅俊は拍手をした。

それに習うように、他の社員達も拍手をしたが、若い社員の間では「なんだ、けっこうオバさんだな。どうせならもっと若い子にすればいいのに。」などという声が聞こえてきた。

雅俊は、咳払いをして彼らをたしなめた。

 さつきは、寿退職した前任者の席につくことになった。

つまり、雅俊の隣の席になる。

この頃の雅俊は、営業二部の課長をしていた。

営業二部というのは、企画営業で後に、営業部からは独立した形の営業企画室となる前の部署だった。

この時点で、雅俊は部のトップではあったが、現在の営業企画室長は部長待遇なのだ。

 10時を過ぎた頃、退職した前任者が引き継ぎのため、出社してきた。

前任者の小野里美は23歳で結婚したが、若い社員には人気があった。

さつきも前の会社では営業事務をしていたので覚えは早かった。

12時になったので雅俊は、さつきと里美を昼食に誘った。

会社の近くのファミリーレストランに入った。

雅俊は200グラムのサーロインステーキを、里美はシーフードドリアを、さつきはめんたいこスパゲティーのサラダセットを注文した。

「森本さんって、前もこの仕事やってたんですか?」

「はい。」

「どうりで覚えも早いし、手際がいいもの。」

「確か、森本さん、前の会社を辞めたのは3年前だったよねえ。」

雅俊は、一応さつきの履歴書に目を通していた。

前の会社を辞めてからは家事手伝いと言うことになっていた。

加藤取締役が電話の受け答えだけでさつきを採用したため、それほど気にもしていなかった。

「はい。」

「へー!そうなんだ。その間の3年間は何をしていたんですか?」

さつきチラッと雅俊の方を見た。

「実は、私も前の会社は寿退社だったんです。」

「えっ?」

雅俊は驚いて声を上げた。

「最近別れちゃいました。バツイチなんです。」

「あら、やるじゃないですか。私も別れたら仕事に復帰しようかしら。」

里美は憧れのまなざしでさつきを見ていた。

「おい、おい、結婚したばかりなのに何を考えてるんだ?」

雅俊は里美をたしなめた。

食事が終わると、お茶を飲んで、昼休みいっぱい三人で色々話しをした。

どうやら、さつきが別れた理由は子供が出来なかったことが原因らしい。

二度妊娠したのだが、いずれも流産している。

そのことが原因で、二度目の流産の後、さつきは体調を崩して一ヶ月ほど入院している。

退院してからは夫や夫の両親とも折り合いが悪くなり、自分から離婚を申し出たというのだ。

里美は、さつきの元夫やその両親達をものすごい口調で非難した。

雅俊はただ黙って話を聞いていた。

さつき自信は、もうそのことに関しては気にしていない様子だったので、雅俊はひとまず安心した。

 午後3時過ぎには一通りの引継が終わって、里美は退社した。

夕方、加藤の呼びかけで、さつきの歓迎会が行われる予定になっていた。

会場は会社からほど近いビジネスホテルのパーティールームだった。

営業部総勢24人での歓迎会だった。

女性はさつき一人だった。

朝の挨拶の時は、文句を言っていた若い社員達もいざ歓迎会ともなると、さつきの廻りに集まった。

昼休みに雅俊は、さつきに、結婚していることにしておいてくれと頼まれていた。

男性関係でトラブルになるようなことは絶対に避けたいからだということだった。

彼女がバツイチだということを思うと、それもうなずけると雅俊は納得して、さつきに約束した。

当然、里美にも公言しないように言っておいた。

歓迎会の間中、さつきはモテモテだったが、時折雅俊の方を見ていることに雅俊自身気が付いていた。

面接の日のこともあって、妙に意識しすぎているせいでそう思えるのかもしてないとも雅俊は思った。

歓迎会も終了時間に近づいた頃、ようやくさつきは開放されて、雅俊の横にやってきた。

「今日は久しぶりに表に出たから、とても疲れちゃいました。」

そう言って、さつきは椅子に腰を下ろした。

「身体のこともあるんだ。まあ、無理はしないことだ。」

8時を過ぎると、加藤がそろそろお開きにしようと、雅俊に合図をよこした。

雅俊は、マイクを掴んで、終了を告げた。

加藤の音頭により三本締めでさつきの歓迎会は終了した。

若い社員はさつきを二次会に誘ったが、さつきは家のことがあるからとその申し出を断った。

若い社員達は、そうがっかりもせずに、とっとと自分たちだけで二次会へと消えていった。

加藤はホテルの前からタクシーに乗った。

雅俊はさつきと二人で駅まで歩いた。

「私、仕事はしっかりしますから。幸村さんには決してご迷惑をかけるようなことはしません。だから宜しくお願いします。」

「ああ。頑張って下さいね。」

「今日は色々と気を使っていただいて、本当にありがとうございました。」

聖橋を渡り終わると、さつきは雅俊にメモを渡した。

そして、素早くキスをした。

「じゃあ、私は地下鉄なので。」

そう言って信号の青い色が点滅を始めた横断歩道を渡っていった。

渡り終えると振り向いて、雅俊に向かって叫んだ。

「幸村さん、電車に乗ったらすぐに返事を下さいね!」


 雅俊は駅のホームでメモを開いた。

メモにはこう書かれていた。

〜運命の人は本当にいました。幸村さんならきっと私を幸せにしてくれると思います。もちろん、奥様と娘さんがいるのは知っています。あなたに迷惑がかかるようなことは絶対にしませんから、少しだけ私に愛を分けて下さい。〜

そして、携帯電話の番号とメールアドレスが書かれていた。

雅俊はアドレス帳に番号とアドレスを打ち込んだ。

電車が来て乗り込む。

押されて、車輌の真ん中当たりまで押し込まれた。

何とかメールをする余裕はあった。

雅俊はさつきに返事を送った。


 さつきは電車に乗ると、運良くすぐに座ることが出来た。

座るとすぐにメールが来た。

幸村からだった。

〜君がそう思うのなら、きっとそうなんだろうね。ボクに出来ることがあるのなら、協力させて下さい。〜

「やっぱり思った通りの人だ。この人なら…」

さつきの目から、熱いものがこみ上げてきた。


 百合子はあくまでも穏やかな表情は崩さないものの、一言一言を噛みしめるように話し続けた。

香織は痛いほど百合子の気持ちが伝わってくるのを感じながら、黙って聞き続けた。

「あの人も、後で冷静に考えたら、その時気付くべきだったと後悔していたわ。」

「幸村さんは、その人のことはユリさんに話したんですか?」

「そうよ。あんなことになって、あの人はとても傷ついてしまったから…」

「あんなこと?」

「ええ…」


 特に何事もなく数日が過ぎた。

さつきはすっかり仕事にも慣れ、他の社員たちとも打ち解けていた。

決して美人ではない。

どちらかというと、おっとりとした性格と外見。

ワンテンポ遅れた反応。

時に、ボーっとして廻りが呼びかけても気が付かないことがある。

だけど、仕事では一生懸命で、わからないことがあると担当者に納得がいくまで何度でも質問する。

仕事でミスをすることは決してないが、コーヒーに砂糖と塩を間違えて入れたりする。

そんな両極端なキャラクターがなかなか魅力的だと、けっこう、人気者になってきた。

 面接のあと見送った時の衝撃、歓迎会の帰りに渡されたメモ書き、雅俊には強烈にインパクトがあった。

今、隣に座って仕事をしているさつきからはみじんも感じられない。

そんなさつきを何となく眺めていると、さつきがチラッと雅俊の方を見て雅俊のパソコンを指差した。

雅俊がパソコンの画面を見ると、社内メールが入っていた。

メールはさつきからだった。

〜データの確認をお願いします。〜

『用途別経費内訳書』とタイトルの付いたエクセルのファイルが添付されている。

ファイルを開くと、文章だけが打ち込まれていた。

〜今日はすごく体調がいいんです。だからお付き合いして頂きたいのですが、よろしいでしょうか?〜

雅俊は、手帳を開いて予定を確認すると、さつき宛にメールを返信した。

〜データは確認しました。OKです。〜


雅俊は、浅草の今半別館に予約を入れていた。

二人は別々にそこへ向かうことにしていた。

雅俊が到着すると、さつきはすでに来ていた。

料理はしゃぶしゃぶの白鷲を二人前予約してあった。

まず、ビールで軽く乾杯した。

「今日は突然、無理を言って申し訳ありませんでした。お付き合いいただいて本当に感謝してます。」

「どういたしまして。ボクの方こそ誘っていただいて光栄です。」

さつきは雅俊にビールを注いだ。

雅俊が、お返しにさつきにもビールをすすめると、さつきはそれを断ってこう言った。

「お酒の方はほどほどにしておきましょう。お食事の後、もう少し私に付き合って頂きたいので…」

「そうですか。それでは、おいしいお肉をたくさん食べてください。」

さつきは、本当においしそうに料理を食べた。

そんなさつきを見ていると、雅俊はなんだかとても嬉しくなった。

「森本さんは、なんだかとても不思議な人ですね。」

「そうですか?」

「ええ、多分、街で普通にすれ違っても、きっと、気にも留めないでしょうね。でも、こうやって一緒にいると、すごく引き込まれてしまいそうになるんだ。気を悪くしないで聞いてほしいんだけど…」

そう言って雅俊はさつきの方を見つめた。

さつきは「大丈夫ですよ。」と言ったほほ笑んだ。

「…正直、ぱっと見た限りでは、それほど魅力的だとも思えなかった…」

さつきは「そりゃあ、どこにでもいるような平凡な女ですから。」そう言って謙遜した。

雅俊も、ちょっと苦笑いしながら続けた。

「…だけど、どうしても気になって仕方がない。」

「きっと、それは、私が魔法をかけたからですよ。」

「魔法ですか?」

「そう!一世一代の大魔法を。」

「ボクは、見事に、それにかかってしまった。」

「はい!幸村さんだからかかってしまったんです。」

「それは褒められていると考えていいのかな?」

「もちろんです。」

雅俊も、さつきも、ゲームのように会話を楽しみながら、食事を終えた。

店を出る前に、さつきは化粧室に行くといい、席を立った。

雅俊はその間に清算を済ませて、さつきを待った。

さつきが戻ると、二人はそろって店を出た。

「さて、この後はどこへ行けばいいのかな?」

「少し一緒に歩いてもらってもいいですか?」

「ああ、かまわないよ。」

さつきは雅俊の腕を取って寄り添った。

仲見世から六区を歩き、浅草ビューホテルの前に出た。

さつきは、雅俊の顔を見上げ、微笑んだ。

その瞳の奥には、あの時と同じような不思議な光が宿っているようだった。

雅俊ははっとした。

どうやら、これが魔法の正体だったに違いない。

雅俊は、少しためらったものの、断ることはできなかった。

 さつきは雅俊の腕を引っ張ってホテルの中へ入って行った。

「先ほど予約を入れた森本です。」

さつきがフロントで予約を確認した。

先ほど、化粧室に行くと言って席を外した時に予約を入れておいたのだ。

フロントでルームキーを受け取ると、部屋へ直行した。

部屋はダブルルームだった。

「私、シャワーを浴びてきてもいいですか?」

「ああ、どうぞ。」

雅俊は上着をクロークに掛けると、ベッドに腰かけた。

10分ほどして、さつきはシャワーを浴びてホテルの浴衣をまとって出てきた。

もともと、派手な化粧をしていなかったさつきの素顔は上気していて、とても色っぽかった。

「じゃあ、ボクもシャワーを浴びてくるよ。」

そう言って、バスルームに行こうとする雅俊の腕を掴んで、さつきは首を振った。

雅俊の腕が、さつきの胸に触れた。

さつきは下着を身に着けていなかった。

「シャワーなんて浴びてきら、奥様にばれてしまうわ。私は、そのままで構わないから…」

「気づかいは嬉しいけど、それじゃあ、君に対して失礼だよ。ここへきて、今日、ボクだけ帰るわけにはいかないだろう?」

そう言って、雅俊はさつきのおでこにキスをした。

 雅俊がバスルームから出ると、部屋の灯りがおとされていた。

さつきは既にベッドの横たわっていた。

ブランケットからわずかに出ているさつきの背中を見て、もはや浴衣も脱ぎ捨てられていることが分かった。

雅俊も浴衣を脱いで、何もつけずにベッドに入った。


 翌朝、雅俊が目覚めると、さつきの姿はなかった。

テーブルにメモが置いてあった。

〜昨日はどうもありがとうございました。生きていて本当に良かった。私は一旦家に戻ります。同じ服では出社できませんから。幸村さんは、どうぞごゆっくり。〜

雅俊は、服を着ると、ルームキーを持って部屋を出た。

フロントでルームキーを渡すと、料金は「お連れ様がお支払いになられました。」と告げられた。


 それから、半年ほどたった。

さつきとは、あれ以来、特別な付き合いはなかった。

週に一度くらいは食事に行ったり、軽く酒を飲んだりもしたが、それだけだった。

それだけでも、雅俊は、本当に心がときめいて、何となくうれしかった。

何かを期待していたわけではない。

ただ、さつきと一緒にいるのは、とても居心地が良かった。

ところが、さつきは、最近、体調が悪いと言って、会社を休みがちになっている。

今週は、今日で三日続けて出社してこない。

雅俊は、外回りの時間を利用して、さつきのマンションを訪ねてみた。

さつきは、スウエットの上下で出てきた。

少し痩せたような気がしたが、雅俊の顔を見ると、表情が和らぎ、それと同時に涙ぐんで雅俊に抱きついた。

 さつきの部屋は独身の女の子の部屋にしては殺風景だった。

ワンルームの部屋には、天板がガラスのテーブルと、テーブルの上にはノート型パソコン、MDコンポ、ベッドはなく、床に蒲団が敷かれていた。

キッチンには備え付けの冷蔵庫とワゴンの上に炊飯器と電子レンジ、クローゼットがあるので洋服タンスはなかった。

スチール製のラックには実用書から小説まで本がぎっしり詰まっていた。

「すいません。あれほど約束したのに、色々とご迷惑をおかけして…」

「気にすることはないさ。それよりどこが悪いんだい?」

「…」

さうきは、しばらくうつむいて黙っていた。

雅俊はさつきが自分から口を開くまで待った。

やがて、さつきが布団の下から何かを取り出した。

雅俊はそれを見て冷や汗が出る思いがした。

母子手帳だった。

「いつかは話さなければいけないとは思っていたんです。」

「あの時の子か?」

「はい。」

「私、結局、前の夫との間には子供が出来ませんでした。子供が欲しかったのは夫や夫の両親だけではなくて…本当は、私がいちばん望んでいたんです。だから、二度目の時は本当にショックだったんです。」

「それでボクに近づいたのか?」

「結論から言うとそうです。だけど信じてください。私…私、幸村さんのことは本当に愛しています。この子も幸村さんの子だから…だから、どうしても産みたいんです。二度目の流産の後、子供を産むのは難しいと言われました。妊娠しても、出産にはかなり危険が伴うと…だけど、幸村さんの子だからどうしてもあきらめられないんです。たとえ、私が命を落としても、この子だけは…この子だけは、どうしても、この世に生れて来て欲しいんです。母にはもう話しています。もし、私に何かあったら、母がこの子の面倒を見てくれると言っています。だから、幸村さんとご家族には決して迷惑がかかるようなことにはなりません。」

「話は分かった。ボクもある意味、それなりの覚悟はしていた。そのつもりで君の誘いにのった。君と会うことができてはボクは本当に良かったと思った。今も変わらない。だけど、命をかけてまで今この子にこだわる必要はないんじゃないか?ちゃんと治療して、安全に子供が産める体に戻してからでも遅くはないと思う。何より、ボクには君が必要なんだ。」

「ありがとうございます。お気持ちはとても嬉しいです。でも、これを逃したら、多分、もう妊娠すらできなくなると、そう、お医者様に言われているんです。最後のチャンスなんです。それがあなたの子なら、なおさらなの。」

雅俊は呆然として、さつきを見た。

さつきの決意はきっと、もう、変わらないのだろう。

責任がどうこうとか、そういう問題でもない。

自分に出来ることをするだけだ。

雅俊は自分に言い聞かせ、覚悟を決めた。


 翌週から、さつきは会社に出社してきた。

雅俊は平静を装ってさつきと接した。

それから一月は、さつきも順調に回復しているようだった。

雅俊も安心してさつきを見守った。

しかし、それは長くは続かなかった。

さつきは仕事中に、意識を失い、救急車で病院に運ばれた。

雅俊は、さつきの母親に連絡を入れて、病院へつきそって行った。

病院に着くと、さつきはそのまま集中治療室に運び込まれた。

夜になって、さつきの母親が病院に到着した。

さつきの母親は、雅俊に娘のわがままを詫び、許しを乞うように必死に頭を下げた。

雅俊は、「ボクは大丈夫だから、今は娘さんの無事を祈りましょう。」そう言って、さつきの母親を勇気づけた。

夜中になっても治療は終わらなかった。

日付が変わろうとする頃、主治医が出てきて、二人に説明した。

「残念ですが、お子さんは助かりませんでした。お母さんの方も、非常に危険な状態です。助かり確率は10%にも満たないでしょう。我々もできる限りのことはしますが、覚悟をしておいた方が…」

そう言うと、治療室の中へ戻って行った。

さつきの母親は、冷静に受け止め、雅俊にこう言った。

「あの子は、きっと後悔していないと思います。幸村さん、どうか自分を責めるようなことはしないで下さいね。あの子も、それは望まないでしょう。」

 それから1時間後、手術中のランプが消え、医師達が部屋から出てきた。

彼らの表情で、雅俊は結果を悟った。

運び出されてきたさつきの顔には白い布が被せられていた。

雅俊はすべての気力がなくなって行くのを感じて、その場に崩れ落ちた。



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