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その花、散り際にて希う

作者: 木霊百合

※この物語は「それは野に咲く花のように」の続編です。

※現在、執筆中。

「姉ちゃん……嘘だろ……目、開けてくれよ……」


荒れた家具と、壁中に痛々しく残された爪跡。加えて散乱していた薬剤が、血液と混じり合い異様なまでに淀む。


そこは、元々診療所であったはずの場所。患者と思しき鬼達は例外なく姿を消し、代わりに一つの大きな悲劇を残していった。

自らの両手両足に残る打撲跡に、些か表情を歪めながらも隆宏は静かに沙樹を見下ろす。


ーー床に横たわり、次第に失われていく体温。加えて、腹部からは大量の鮮血。


震える右手を、隆宏は沙樹の身体、その胸元へと当てる。鼓動が、まるでなかった。


視界が、次第にぼやけていく。大粒の何かが、瞳に浮かんでくるのを感じた。


「仏との約束、守るんじゃなかったのかよ……その為に、今まで頑張ってきたんじゃなかったのかよ……」


沙樹の鮮血で、俄かに朱色へと染まり始めた掌。


やがて溢れ落ちた涙は、沙樹の紅を徐々に溶かしていった。それは淡く、儚くーー







「隆宏さんっ、後ろ!」


ーー仁珊国、西南方向に位置する灰白(かいはく)村。その付近に存在する、木々に覆われた山道にて。


二人の少年が、とある一匹の鬼と退治している。


「うおぉっ!?」


牛の頭に、蜘蛛の胴体。別名、牛鬼(ぎゅうき)と呼ばれる鬼。

その胴体から伸びた鋭い足先が、少年、隆宏の横を寸前で通り過ぎていく。


即座に自らの名を叫んだ少年の元へ駆け寄り、そのまま並列に山道を駆け下りた。


「くそっ、近頃多いな。これじゃ食材調達すら出来ねぇ!!」

「あれを撒かない限り、皆の所に帰れませんね」


二人が疎ましげな目線を牛鬼へと向ける。


六本の足を器用に動かし、牛鬼は異様な早さで距離を縮めていた。


「しつこいな、ったく!」


そう吐き捨て、隆宏は足を動かしながらも近場に落ちている小枝を拾う。


そのまま目線を牛鬼へと定め、勢い良く投げ飛ばしたーーが、呆気なく、小枝は別方向へと弾け飛んでいく。


「……や、分かってはいましたけどね」


そう、隆宏は小さく溜め息を吐いた。


速度を緩めずに、そのまま少年へ向け声を発する。


「勇太、先に行け!」

「えっ!?」


少年、勇太が隆宏の言葉に目を丸くした。


そんな勇太の気持ちを察してか、隆宏は即座に続ける。


「お前が助けを呼びに行くんだ、このままだとキリがないだろ!?」

「だけどーー」

「早くしろ! 兄ちゃんの言う事が聞けないのか!?」


躊躇う勇太に、潔く指示を送る隆宏。

少しだけ悩んだ後、やがて面を上げしっかりと頷きを返す勇太。



「絶対に、助けに来ますから」



そう、小さく付け加えて。

「よし、良い子だ」、そう短く発し、隆宏は足を止め背後の牛鬼へと向き直った。


未だに足を動かし続ける勇太との距離が、次第に広まっていく。

代わりに目前にまで迫ってきていた牛鬼を、隆宏はわざとらしく挑発し始めた。


「お前の相手は俺だ、このでか(ぶつ)!!」


そうして降りかかる牛鬼の足先を、即座に右方向へと(かわ)す。


すかさず繰り出された第二撃は左方向へと避け、再び小枝を拾い上げた。そしてーー


牛鬼の左目、その瞳孔目掛け、勢い良くその切っ先を突き刺す。

辺りに、甲高い獣声が木霊した。


「へへっ、今度は効いたろ?」


そうして意地悪く笑って見せれば、素早く牛鬼との距離を広げる。

手負いの鬼程危険なものはないと、本能的に理解していたからだ。


それから少しの間もがき苦しんでいた牛鬼だったが、未だ正常な右目の照準を隆宏へ合わせてくる。

そのまま、口から勢い良く紫色の液体を噴出してきた。


「なんだ、おい!?」


多少驚愕しつつも、何とか身を(ひるがえ)す。が、しかしーー


「ぐっ……何だ、体が重く……」


液体から発される、鼻に付くような激臭。隆宏がそれを猛毒であると認識するのに、数分も掛からなかった。

途端に催される、高度な頭痛と目眩。やがて牛鬼の姿さえ、まともに直視出来なくなる。


「くそっ……」


意識と反し、体が思うように動かない。堪らずしゃがみ込む隆宏の頭上に、牛鬼の足先が大きく振りかぶった。


「ちくしょうっ、勇太、姉ちゃんーー!!」


不意に、口元から溢れる二人の存在。それは他でもない、隆宏が死を覚悟していた確かな証明だった。


その時ーー


「常盤の陣!!」

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