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ライバル令嬢改め受付嬢始めました  作者: 花菜
第二章 《氷の町》
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 目を開くと辺りは薄暗く、あれからだいぶ経っているらしい。朝感じた気怠さはすっかり抜けており、この調子なら明日はすぐにでもクエストに戻れそうである。

 だがどうしてあそこまで体調が優れなかったのかがわからない。疲れていないと思っていたがそんなことはなく、無理が祟ったのだろうか。

 首を傾げ悩むもそれ以外に体調を崩した原因など考えられない。きっと自分では気付かなかったが無理をしてしまっていたのだろう。そう結論付け上半身を起こすと空腹を感じた。昨日の夜食事をしたのを最後にそれからなにも食べていないのだから無理もない。

 ばあやに何か作ってもらおう。この別邸の管理は執事のじいやとその奥様であるばあやに任せている。屋敷に関することはじいやが、食事などはばあやが、という分担になっていたはずだ。ベッドから降り立ち上がるも先程のような目眩は感じず、すっかり体調が戻ったことがわかる。よかった、とアンジュはほっと安堵のため息を吐くと、ベッド脇にかけてあるガウンを肩にかけゆっくりと扉に向かって歩き出した。急いで動いて再び体調を崩すのはアンジュとしても望ましくない。


 そんなことを考えながら部屋の扉を開こうとすれば、逆にガチャリと音を立てて扉がかってに開いた。かってに、というのはおかしな表現か。ひとりでに開くわけもあるまい。開いた扉の先には、金の目を見開くリヒターの姿があった。右手をドアノブにかけ、左手にはこれまた食欲のそそられる食事が銀トレイにのった状態で彼に運ばれてきた。


「起きていたんだな」

「先程起きたばかりで……あの、ご迷惑をおんっ」

「それはいうな。あー、お前は少しぐらいユラの図々しさを見習ってもいいと思うぞ」


 見習い過ぎは考え物だが、とは心の中だけにとどめる。アンジュの口を右手でふさいでやれば、戸惑いがちにではあるがゆっくりと首肯した。それを見て満足したのか、リヒターはアンジュの口元から手を離し、代わりに彼女を部屋の外ではなく中の方を向かせてから背を押した。


「起きていたなら話は早い。飯食え、何も食ってないだろう」

「わざわざすみません」

「謝るな。ユラとどっちが持ってくるか競ったぐらいだからな」

「何してるんですか……」


 額を押さえ呆れている、と言いたげな恰好を取りながらも本気で呆れてはいない。ただそのようなポーズをとっておかなくては「ご迷惑をおかけしてすみません」と謝罪が口から出てしまいそうなのである。

 リヒターもそれに気付いてかアンジュの言葉に「白熱した戦いだった……」と真剣そのものといった表情で答えた。さすがにその言葉にはアンジュも本気であきれてしまい、ポーズだけでなく本心から頬をひきつらせていた。


 リヒターが持ってきてくれた食事はやはりばあやが作ってくれたものだったらしい。お粥の嫌いなアンジュのために、と胃に良さそうな普通の食事を準備してくれたばあやに感謝。


「ありがとうございました」

「ん? 持ってきただけだぞ」

「それでも、ありがとうございました」


 急に改まってそう告げるアンジュにリヒターは首を傾げる。謝られるよりは良いがなぜそのように礼を言われるのかわからない、という顔をしている。アンジュはそんな彼の様子をふふっと小さく笑い、「自己満足です。気にしないでくださいな」と告げた。




「そういえば、昨日の話の続きなんですけど」


 とは食事を終え布団に戻ったアンジュの言葉。

 もう休めというリヒターに「寝過ぎで眠れません」と反論し、そう尋ねたのだった。

 リヒターはアンジュの言葉がどれを指すのかすぐにわからなかったようだが「ユラちゃんとの……」と言葉を漏らせばアンジュの言わんとしていることが何か気付いたらしい。納得したと告げるかわりに頷いて見せた。


「中途半端に終らせてしまったしな。昨日の様子的にも気になるんだろうと思ったから食事を持ってきたんだ」

「そうだったんですか! なんか……わざわざすみ゛っ」


 謝ろうとしたところでリヒターが再びアンジュの口を押さえてきた。これでいったい何度目だ、と突っ込みをいれたくなったが、それほどまでにリヒターはアンジュに謝ってほしくないらしい。わかったというように自分の口元に当てられた手をぽんぽんとたたけばリヒターはすんなりそれをはがした。

 そしてなんでもない風に「俺とユラの関係、か……」とつぶやいた。


「話すためもってきた、とはいったが、どう言ったものか……」

「どういうことです?」

「お前を部屋に送った後『ユラとの関係』について考えてみたんだがな」

「あぁ、やっぱりリヒターさんが私を部屋まで連れて着てくれたんですね。……大丈夫、謝ったりしないので手をスタンバイさせる必要はありませんよ、もう何やっているんですか!」


 ありがとうございました、と続けようとしたところでリヒターが「くるか? くるか?」とアンジュの口元に手をやろうと準備を始めたのでそう告げて彼の動きを制する。

 するとリヒターはどこかがっかりしたような様子で――口を塞ぐことを好いての今までの行動だとしたら距離をおきたい――「そうか……」と言葉を返した。


「そ、それで、関係について考えてみて、どうなったんです?」


 このままでは埒が明かないので強引に話を戻す――元はといえばアンジュが脱線させたようなものではあるが――と、リヒターは眉間にしわを寄せ首を傾げた。


「あれから考えたんだがな。どうにも言葉でうまく表すことができないんだ」

「す、……なんだか、悩ませてしまったみたいですね」


 悩ませてしまって申し訳ない、と告げようとすれば再び伸びてくるリヒターの手。その顔には楽しげな色が浮かんでいたので、本気で誤ってほしくないというよりは、その行為を面白がっているだけのようにも見える。

 なんなんだこの男、と思いつつ、二人は二人でしかないのにどういう関係なのか聞いてしまったことに申し訳ないと眉を下げる。

 そんなアンジュの頭に手を置くと、リヒターは再び口を開く。


「別に気にしていないんだ。それに、『関係』が気になったのは、お前よりも周りだろう」

「それもありますけど……ユラちゃんが私を誘ってくれるときもいっつも一緒に来てくださって、ご迷惑ではないのかなぁ、と思いまして」

「迷惑だったらそもそもついていかない」

「でも、護衛だからお二人は離れられないんですよね」

「…………あぁ、確かに、ユラは護衛(・・)だな。だが別に離れちゃいけないなんてことはない。俺は俺の好きに、ユラはユラの好きにやっているだけだから、お前が気に病むことはないぞ」


 返答までに間があったように思えるが、それ以上にリヒターの「気に病むことはない」という言葉にほっと息をつく。

 だがそこで、一つの疑問が浮かんだ。


「護衛だのなんだの……ユラちゃんとの関係以前に、リヒターさんっていったい何者なんですか? 魔術師だから護衛、といってしまえば簡単でしょうけど、それにしたっても別に護衛だなんて言い方せず、支援しあっているといってもよかったのでは?」

「そうだな。まあ確かに俺は、ユラも含めて俺たちは少しばかり特殊だが―――お前ほど特殊ではない(・・・・・・・・・・)つもりだぞ」


 その言葉にアンジュは目を見開くと、すっと両手を隠すように布団に仕舞い込んだ。


 この人、本当に、いったい、何者なの?


 食事をしたときに水を飲んだはずだというのにのどが渇く。何かを返さなくてはと思うのに口が回らない。突然告げられたリヒターの言葉には、それほどの威力があった。


 驚きをあらわにするアンジュとは対象に、落ち着き払っているリヒターは彼女を見て、おやと首を傾げた。アンジュはそれに気付かないようで体を強張らせ両手を布団の中でもぞもぞと動かしている。

 どうしてそこまであわてるのだろうか。アンジュの母の実家とはいえ、上位貴族(・・・・)の令嬢であるアンジュがレディレイクという王都から離れた場所にいることを『特殊』といったのだが―――どうやら、彼女にはまだなにか(・・・)があるらしい。

 ふっと小さく息を漏らすと、リヒターはアンジュを安心させようと柔らかい笑みを浮かべることを心がけるる


「別に探ったりするつもりはないから安心しろ」

 ―――今は、な。


 心の中の呟きは悟られなかったようで、アンジュは安心したように体から力を抜いた。


「じゃあ、私も探りません。なんだか、リヒターさんについて探ったら痛いしっぺ返しが飛んできそう」

「そんなことはないさ。たぶんな」


 たぶんという言葉に不安を抱きながらも、とにかくリヒターについてこれ以上探るのはやめようと決意する。


 きっと、いつか話してくれるよね


 そう願い、アンジュは目をつむる。

 リヒターは何を勘違いしたのか、そんな彼女を見て「眠くなったか?」と尋ねてきた。これ以上話していても疲れるだけだろうとアンジュは目を開き一つ首肯した。


「明日は早い。眠れるときに寝ておけ」

「はい。……あの、ありがとうございました」

「……何がだ?」


 正しくは何に対してだ? というリヒターの言葉。

 だが、アンジュはそれに返すことなく小さく笑い、「おやすみなさい」と布団に入った。

 少し悩んでいたようだったが、問いのこたえが返ってくるように思えなかったので、リヒターも「おやすみ」と返すと部屋を静かにでた。

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