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ライバル令嬢改め受付嬢始めました  作者: 花菜
第二章 《氷の町》
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 どうして部屋に戻っているんだ。


 とは朝目が覚めて一番のアンジュの言葉。実際は口にしていないので心の中の言葉という表現が合うはずだが一先ずどうでもいい。置いておくことにする。


 リヒターの「ちゃんと部屋に連れて行ってやるから慌てるな」という言葉が聞こえた気もするが、何しろあまりの眠気でほとんど覚えていない。だがこうやって無事部屋に戻っているということはリヒターが部屋まで連れてきてくれたということだろう。小柄なユラならまだしも――目測150センチほど。一体彼女は何歳(いくつ)なのだろうか――アンジュは平均的な体型のため、衰えていないとは言っていたが腰の曲がったじいやに運べるはずもない。とすればやはり連れてきてくれたのはリヒター。


「あとでお礼言わなきゃ……」


 着替えて二人のところに行かなくてはとベッドから降りると、不意に眩暈がした。どさりとベッド脇に崩れ落ち、そのまま立ち上がれない。


「あ、れ……」


 立ち眩み、疲れが抜けきらなかったのかしら。そう思いながらもどうにか再び立ち上がり着替えようと服に手を掛ける。そう思いどうにか動こうとするもふらふらと揺れる視界に立っていられない。


 同行者なんだから、ついて行かなきゃなんだから、こんなところで、倒れているわけにはいかない

 自分でいうのも何だが、蝶よ花よと育てられたお嬢様に比べたら動ける方のはずなんだけどな……


 ここまで体調を崩すことがあるだなんて考えてもみなかった。

 揺れる視界の中、ようやく動くことをあきらめたアンジュはこれからどうしようかとベッドに寄りかかりながら考える。


 兎に角心配を掛けないようにしなくては。


 そればかりを考え、具体的にどうするかが思い浮かばないアンジュ。そうこうしていると、突然部屋の外から「なにやってんのもう!!」というきぃきぃと金切声が聞こえた。それと同時に時折聞こえる低い声はその甲高い声に比べたら小さく、何をいっているのかまでは聞き取れない。


 いったい、二人は何をしているのかしら?


 うまく回らぬ頭で考え、ぼうっと扉を眺めていると、ばん!と大きな音を立てて扉が開いた。

 ……本来とは逆向きに。


「アンジュちゃん! 大丈夫!?」

「なん、とか……?」

「もう本当にごめんね無理させちゃったねもうどれもこれも全部リヒターのせいなんだからね!」

「悪い……。だが扉は俺のせいじゃあない、ユラのせいだ」

「そんなこと誰も聞いていないでしょうが!」


 きぃきぃと再び叫び声をあげながら、ユラはひょいとユラをいとも容易く抱き上げベッドへ横にならせる。「それ、普通は男の役めだろう」というどこかで聞いたような科白を吐くリヒターはまるっと無視し、「ごめんね、ごめんね」とユラは何度も謝る。だがアンジュとしては、自分の体調が優れないのは自分に責があると考えているので、「ユラちゃん、謝らないで」と首を横に振る。


「でも、」

「自分の、体調管理の悪さで、二人に迷惑をかけてしまっているんだもの……謝らないで、ね」

「…………っもう、リヒターのせいだからね!」


 先程から、なぜかリヒターを怒っているユラに疑問を浮かべながらも、あまりの体調の悪さにどうしてなのかが考え付かない。尋ねるだけの気力も残っておらず、ベッドに深く身を沈め目をつむる。


「私のせいで、クエストに、遅れが……」


 と半ばうわごとのように告げれば、ごつごつと骨ばっていながらも男性的な手のひらがアンジュの目元にのせられる。ワンテンポ遅れてリヒターの手だと気付くと、アンジュは「リヒター、さん?」と小さくつぶやく。ひんやりとした手のひらは今のアンジュには丁度よく、だいぶ気持ちも落ち着いてきた。


「もとより今日は外に出られる天気じゃない。お前の体調がすぐれていようがいまいが、町へ向かうつもりはなかったから気にするな」

「どういう、?」

「じいやさんに聞いたんだけどね、今日は数週間に一度訪れる荒日(あれび)らしいんだ。なんでもその日は氷の町に近付くだけで、何もかも凍らされてしまうんだって」

「そんな危険な状況下で封印を解けるとも思えないからな。そのことを聞いたときから今日は休息日にするつもりだったんだ」

「だからってまったくもう、リヒターは考え無しすぎ……あれ、アンジュちゃん?」


 休息日にするつもりだった、というリヒターの言葉に安心したのか、すやすやと眠りに落ちてしまったアンジュ。

 慈しむようにアンジュを見つめると、二人はどちらからともなく「でようか」と告げた。


 自分のせいで二人に迷惑をかけてしまっている。

 自分のせいで仕事に遅れがでてしまう。


 体調がすぐれないにも関わらずそんな心配ばかりをし、気を張っていたアンジュだったが、リヒターとユラの言葉に安心したのだろう。

 よかった、とほっとしたように二人は笑みを浮かべた。


 だがリヒターの笑みは部屋を出る直前にすっと消え去る。

 金の瞳をついと細め、ユラよりもはるか上方より彼女を見つめ、口を開いた。


「…………おい、ユラ」

「なあに?」

「……この部屋に、アンジュを寝かせるのか?」

「……………………」

「おい」


 答えようとしないユラの頭を肘で小突けば「女の子にそんなことをするものじゃありません!」という叫び声が――もちろんアンジュを起こさない程度の声で、ではあるが――あがった。だが付き合いの長い二人のことである。リヒターはそんなユラの主張を聞かなかったことにし、ぐりぐりと肘で彼女の頭を押さえ続けた。「縮む! 縮む!!」という声が聞こえるも、リヒターの望む言葉でないため無視をし続ければ、ようやく観念したのか小さな叫び声は上がらなくなり、その代わりに「リヒター様あ……」という懇願の声が聞こえてきた。


「都合の悪い時ばかりそんな風に呼ぶのは感心しないな」

「そういわずお願いします……ていうか元はリヒターが悪いんじゃん! 全部リヒターが悪いんだよ!」

「責任転嫁もいいが俺が悪いのは昨日の件(・・・・)であって、今日扉を壊したのはお前が悪いからな」


 罪をなすりつけようとしたユラだったが、それはあっけなくリヒターに否定されてしまう。ぐぬぬと呻き声を上げながら黙りこくれば、呆れたようなため息がユラの耳に飛び込んできた。自分の真上から聞こえたため息の持ち主はリヒター以外にありえず、彼女が上を向けば形の整った眉を器用にも片側だけ吊り上げるリヒターの顔が目に飛びここんできた。

 長い付き合い、彼がこのような表情を見せるのはユラに呆れながらも助けようとしているとき。できれば助けたくないが仕方なく、といった表情である。


 ユラがぱぁっと花がほころぶように満面の笑みを浮かべれば、重苦しくため息を吐かれてしまった。


「今回だけだからな」


 何度目の『今回だけだから』だろうね。


 そっと心の中で思いながらもそれを口にしてしまえば絶対にリヒターは怒って何もしてくれなくなるのでユラの心にしまっておく。その代わりに「ごめんね……」と神妙な面持ちで告げた。


「ったく、調子のいい奴だよ、お前は」


 そう告げると同時にリヒターが手を扉に向かってかざす。空気を撫でるかの如くすっと手首から先だけを横に動かすと、どういうわけか先程壊れたはずの扉が元に戻っていた。

 ぎぎっと音を立て定位置ともいえるしまった状態に扉が戻ったのを見て、リヒターは満足そうに頷く。


「ありがとう、リヒター。やっぱりこれくらいなら無詠唱(ゼロ・スペル)でできるんだね」

「できるんじゃなく、できるようにさせられただけだ。どっかの誰かさんのせいで、な!」


 少しは反省しろと言わんばかりにリヒターがぐりぐりと肘でユラの頭を再び押せば声にならない悲鳴を上げる始末。騒げばなんのためにアンジュを眠らせた(・・・・)のかわからなくなってしまう。


「ほら、起こさないうちにとっととでるぞ」

「どっちのせいだよ、まったく」


 痛む頭を押さえながらも、ユラはリヒターへ文句を告げるのであった。もちろん、アンジュを起こさない程度の声量で。

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