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ライバル令嬢改め受付嬢始めました  作者: 花菜
第二章 《氷の町》
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「そもそもさ、どうして『氷の町』って凍っちゃったの?」


 とは道中現れたカエルのような姿をした魔物を見事その細腕で――流石にグローブははめていたようではあるがだがあれ薄い布製ではなかろうか――倒したユラの言葉。


「待って、布製!? あれって手袋じゃないですかどうしてユラちゃん手袋で戦ってるんですか!?」

「一応魔術師に加護をかけてもらったものだからただの手袋じゃあないぞ。……見た目はただの手袋だが」

「いや、魔術師の加護って……凄そうですけどでも、えええ……」

「昔に比べたらまだいい方だぞ。手袋を手に入れる前は素手で戦っていたからなあ……」


 男らし過ぎて涙が出そうだ。隣でリヒターは見事に上を向いていた。アンジュよりも頭二つ分ほど高いため上を向かれると彼の表情は何も見えないが恐らくあれは涙をこらえていたのだろう。付き合いも長くよく一緒に討伐クエストに出ているのだから慣れているのでは?と尋ねたかったが全身でその問いを拒否しているように見えたのでアンジュは口を噤んだ。

 どうしてこの美少女はこんなにも男らしいんだろうか、やばい惚れそう。と頬を押えユラを見つめていればようやく落ち着いたのかリヒターがアンジュの方を向き、


「頼むから女に走るなよ」


 と釘を刺した。「何故分かったんです?」と尋ねれば「前にもあった」と再び上を向かれてしまったので「私一応嗜好はノーマルですので」と返しておいた。いくらなんでもこのままではリヒターが可哀想すぎる。


 さて話を戻そう。


「なんでも、大昔に氷を司る魔族が現れて、町を凍らせてしまったらしいの。火をつけても消えることはなく、植物も家も動物も皆凍ってしまったらしいわ。当時住んでいた民は皆町が凍りつくよりも前に避難していたおかげで犠牲者は出なかったそうだけどね」

「で、着いた異名が呪われた土地、『氷の町』か……」

「そうなります。その魔族が討伐された後も何十年も凍ったまま存在しているそうです。そんな場所をなんとかしろだなんて本当無茶を言う」

「まあ、それに関しては何とかなるだろう」


 まるで宛てがあると言わんばかりのリヒターの様子に、アンジュは目を丸くする。何十年も放置され続けたあの土地を何とかする手立てがあると、そういったのか? 信じられない、とリヒターを見れば「そうでなきゃまず引き受けるわけがないだろう」という言葉が返ってきた。それもそうかと納得する。


「そうそう、解決方があるからこそ、リヒターはアンジュちゃんの同行を許可したんだよ。なんだかんだ言いながらリヒター、アンジュちゃんぐ! んんっん!」

「何言いだしていやがんだちょっと黙ってろ黙ってほら次来た行って来い!」


 吃驚するほどに素早くユラに近付いたかと思えばすぐさま何かを言おうとしていたユラの口をふさぎ――鼻まで塞いでいたように見えるが気のせいと願いたい――、ユラの首に巻かれたスカーフを使って彼女の口を塞ぎにかかったリヒター。今度は鼻を塞いでいるようには見えないので大丈夫だろう。リヒターに背を押されると、フゴフゴ言いながらも魔物に向かって行った。


「私がどうかしたんでしょうか、とか聞いたほうがいいですか?」

「聞かない方がいいな」

「じゃあユラちゃんの声は聞こえなかったことにしておきますね」


 本当はちゃんと聞こえたけど、と思いながらも先程のリヒターの必死な様子に、後からユラに尋ねても答えてもらえないだろうと見当付け忘れることを選択する。

 そして何とも男らしく「ええい手袋邪魔!」と今にも素手で戦おうとするユラをリヒターは止めるべく走った。




 ユラが先陣きり、その後ろをリヒターとそれから彼に守られるようにアンジュが続く。幾度となく手袋をはずして戦おうとする勇ましい美少女を止めながら進むこと数時間。冷え冷えとした空気がアンジュの体に纏わりつき、ぶるりと震えた。鞄の中から厚手のコートを取り出し身に付けていれば、同様にリヒターとユラもそれぞれコートを取り出しているところだった。


「そろそろ、ですね」

「ああ。ユラ」

「分かってるよー。うぅ寒っ! リヒターこそちゃんとアンジュちゃん守るんだよー」

「当り前だ」


 ぶるぶるとアンジュ以上に寒がりながら、ユラは真っ白い雪のような色のマフラーを取り出し首にぐるぐると巻きつける。「返り血で汚すなよ」というリヒターの言葉のなんとも言い難いこれじゃない感は酷い。だがそれ以上にユラの「返り血あびるのやだし手袋はやめとこーっと」というなんのも場違いな発言にアンジュは頭が痛くなった。どうしてこんなに気が抜ける会話をしているのかしら。

 だがその空気はすぐに払拭されることとなる。


 ぶるぶると震えていたユラが突然宝石のようなブラウンの瞳をぎょろりと動かし「何かいるね」と氷の町に視線を向けた。暫くそのままその方向を見つめていたが、やがて目を細めるといつもの愛らしい表情でアンジュに微笑みかけた。


「アンジュちゃん、大丈夫だから、ね」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねるようにアンジュに近付くと、汚れのついていない手袋の上から――どうやら魔術師の加護のおかげらしい――アンジュの頭を柔らかく撫でた。となりで「それは普通男の役目だろう」とリヒターが口を開いたがユラはそれを無視し――よく見るとリヒターの足を踏んでいる。この二人仲が良いのか悪いのかわからない――にっこり笑う。

 そんなユラにアンジュはおずおずとではあるものの微笑み返せば、安心したのか「先に進もっか」と声をかけた。




 凍り付いた門に書かれた文字は氷のひび割れが原因で読むことができない。ひび割れがありながらもその氷が崩れることがないのは、その上から再び分厚い氷が張っているためである。それが何重にも重なり、氷の町は成り立っている。

 そんな言わば廃墟のような空気も醸し出している氷の町に漸くたどり着いたころには、辺りは薄暗くなっていた。


「流石にここで野宿するわけにもいかないだろうし、一度戻るか」

「そうですね。もう少し進んだ辺りにボーア家の別邸があります。手入れもされているはずですし、今晩はそこで……」

「そうだねえ、寒い中一晩だなんて風邪ひいちゃうよ」


 夜になればもっと冷えるだろう場所にいつまでもいれば体力を奪われ、氷をなんとかする以前に命を落としかねない。口々にそういうと三人は氷の町を大きく迂回すべく、門から離れた。


 それを見つめる三対の瞳には気付かぬままに。




「ふぅ、あったかい」


 とはぬくぬくと毛布に(くる)まり、暖炉の前を占領するユラの言葉。

 ロッキングチェアにゆったりと座るアンジュはそんな彼女を見て「ユラちゃん、今日はお疲れ様」と彼女の頭に手を伸ばしそっと髪を梳いてやる。気持ちよさそうに目を細めるユラは、温かさも相まってか今にも眠りそうである。もう一つのロッキングチェアに座るリヒターはそんなユラの様子を見て「寝るなら部屋に行けよ、運ぶつもりはないからな」と一蹴する。


「ご安心ください、こう見えても力に衰えはありませんので」

「頼りにしているわ、じいや」


 温かい紅茶を運んできた執事の男は、口元が隠れるほどに立派な白いひげをゆらし笑いながら、じっとアンジュの顔を見つめる。


「どうかしたの?」

「いえ、ジェシカ様とうり二つに御成長なさったのだな、と思いまして」

「ジェシカ?」

「母の名です。確かによく似ていると言われるわ。お母様は美人だから嬉しいわね。でもお姉様の方が私よりもお母様には似ていらっしゃるかも」

「おや、ですがじいやにはお嬢様もジェシカ様によく似ていらっしゃると思いますよ」


 来て早々に名で呼ばぬよう(・・・・・・・)告げて良かった、と安堵のため息を吐きアンジュは紅茶を一口すする。そういえば先程より静かだなと足元を見ればすやすやと寝息を立てて眠るユラの姿があった。さすが美少女、寝ている姿も可愛らしい、と様式美になりつつ言葉を心の中でつぶやきながら、じいやにユラを部屋まで運ぶよう指示する。恭しく頭を下げると、彼は衰えを見せぬ様子でユラを抱き上げ、退室した。

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