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ライバル令嬢改め受付嬢始めました  作者: 花菜
第二章 《氷の町》
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今回より新章『氷の町』編です

 ポストに入った一枚の封筒。何かしら、とアンジュがその手紙を手に取り裏返すと、領主家の印が目に飛び込んできた。

 つい数日前に領主家に足を運んだというのに、こんな手紙が届くだなんて何かあったのかしら、と首を傾げながらも部屋へ戻り封を切る。どうせならその場で言えばよかったのに。

 書かれた内容を読むにつれて顔がこわばっていくが、幸い部屋にはアンジュしかおらず――当り前だ彼女の自室なのだから――その表情について何かを言うものはいない。


 だが、この場にアシェルがいたならばこう告げていただろう。


「貴女のその表情が見たくて(ふみ)を認めたのですよ」


 と、それはそれは綺麗に笑いながら、だが見る者が見ればわかる凶悪そうな笑みを浮かべながら。




 ギルドの制服に着替え、受付の仕事を始める―――その前に、アンジュはギルドの長の元へ向かう。ギルドの最奥に位置する、ギルドにおいて最も重要な人物。皆は敬意を込め首領(ドン)という男は、レディレイクに於いても重要な人物である。

 軽くノックをすればすぐさま「どうしたぁ」と低い声が部屋の中から聞こえてきたので、「アンジュです、少しよろしいでしょうか?」と尋ねる。次いで「入れ」と短く返答が聞こえた。


「お嬢か、どうかしたのか」

「皆の前ではアンジュと呼んでくださいね、流石に示しがつきませんよ」

「そんなことをいう輩に示すつもりもねえなぁ」


 豪快に笑う首領(ドン)に安堵を覚える。この人は昔から変わらない。アンジュが貴族令嬢で王都から逃げて来た身と知って尚この態度の男にはアンジュも好感を覚えていた。尤も自分の父、むしろ祖父に近い年齢の首領(ドン)に対する交換というのは恋だの愛だのそういった(たぐい)のものとは全く異なる。それに、アンジュは当分恋をするつもりはなかった。ユラはどうやら定期的にあの症状に陥っており度々リヒターを悩ませているようだが。

 そこまで考え、そんなことを考えるために首領(ドン)の元へ来たのではなかった、と表情を引き締める。

 そんなアンジュの様子に首領(ドン)も「何があった」と姿勢を正す。


「領主家より、今朝文が届きました」

「内容は?」

「―――氷の町」


 アンジュの言葉に首領(ドン)が目を見開く。驚きを隠せないと言った様子を見せる彼に、無理もないか、と文の内容に思考を向かわせる。

 何年も放置された『呪われた土地』。何故今になってその名称が出てきたのか、アンジュには分からない。

 だが、首領(ドン)にでなくあえてアンジュにそれについて送ってきたことや、その文の内容を考慮するに、「お前(アンジュ)がなんとかしろ」というのが領主家の意向なのだろう。

 どうせならアシェルが行くことになればいいのに、と恨み言を心の中でつぶやきながら、そっと溜息を漏らした。




「というわけですので、申し訳ありませんがご同行願えませんか?」


 申し訳なさそうに眉を下げるアンジュの目の前にいるのはリヒターとユラの二人組。彼らはアンジュの言った内容に首領(ドン)同様目を見開き「マジでか……」「突然だねえ……」と声を上げる。

 その反応が当然だろう。『氷の町』と言えば、国でも名の通った呪われた土地だ。かの土地がそう呼ばれるようになって数十年。足を踏み入れたものも、ましてやどうにかしようとしたものなどいなかった。

 そんな土地をどうにかしろと言ってくる領主家は一体どうしてしまったのだろうかと頭を悩ませたものだ。


「どうして俺たちに?」

「領主家からの指示にお二人に依頼を出すようにとありまして……」

「なんでアンジュちゃんも来ることになったの? 絶対危ないよぉ」

「これでも領主家の人間としてレディレイクに滞在しているから、指示があった以上は従わないわけにいかない、かな」

「そっか、アシェルさんの従妹ってことは、現ボーア領主の孫ってことだもんね」

「うん、そうなるね」

「難儀なものだな」


 家を出て一般人と偽りギルドの受付で働いていても、領主の血に連なる者である以上、その役目を放棄するわけにはいかない。現在はボーアでない別の家の人間であっても、レディレイクにいる以上はボーア家の人間としてみなされる。

 貴族世界は面倒でしかたがない、とアンジュは肩を竦める。


「で、出発はいつなんだ?」

「私もですね、正直に言うとすっごく面倒なんです。でもギルドの人間としてもボーアの末裔としてもあの土地をそのままにしておくのは気が引けるというか……今なんと」

「出発はいつなんだ?」

「なるべく早くに向かうよう言われています」

「なら……二日後だな。俺たちも準備が必要だ」

「構いません。あの、本当に急にすみません」


 深々と頭を下げれば、リヒターは「気にするな」と、ユラは「大丈夫だよー! 任せて!」と言い二人揃ってアンジュの頭に手を置いた。撫でるというには豪快すぎる手の動きに髪が乱れる!と文句を言いそうになりながらも、アンジュが貴族としっても変わらぬ様子の二人に、心からの笑みが零れた。




 二日後、いつものギルドの制服でもなくまた普段着のワンピースとも異なるブルーのワイシャツに黒のパンツを纏い、腰には細身の剣を差す。髪が邪魔だな、とドレッサーを開くと黒い髪紐がでてきたのでこれでいいやと銀の髪を一つに束ね、泊りがけのための荷物を持ってアンジュは部屋を出た。

 ギルドの前に集合しようということになっていたのでそちらに向かえば、リヒターとユラはとっくに支度ができていたのかのんびり――呪われた土地に行くのが信じられないほど――長閑な雰囲気を醸し出していた。流石美男美少女、どんな空気も良く似合う、といつも通りのことを考えながらアンジュは二人に「お待たせしてすみません」と声をかけた。


「大丈夫だよー。私たちもさっき来たばっか……アンジュちゃんかっこいーい!」

「動きやすい恰好で来たのか」

「流石に道中魔物が出ないとも限りませんし、足手纏いにならないよう努力します」

「心配しなくても危ないと思ったら私やリヒターがちゃんと守るよから安心して」


 ね、と微笑む姿にアンジュも釣られて微笑み返せば、「それじゃあ出るか」とリヒターが声をかけた。

 すると「あ、」とアンジュが声を上げ、「その前に一つ良いですか?」と尋ねた。


「何かあったのか?」

「報酬についてです」

「何かあるの?」

「領主家とギルドの両方からほぼ同額の料金がでますが、領主家の方からは直接の依頼という形で成功報酬となります。ギルドからは領主家からギルドを通した私の護衛依頼という形をとるらしいので確実に支払われます」

「そんなの気にしていなかったんだがな。依頼じゃなくてもちゃんと守ってやる」

「そうだよー。でもまあ、もらえるものはもらっておいて損にはならないしそれでいいんじゃない?」

「それもそうだな」


 納得したのか肯きあう二人を見て、別に今報酬について出さずともよかったか、と今更ながらにアンジュは考える。が言ってしまったものは仕方がない。二人が納得したならばそれでいいか、と『氷の町』へ向かうべく足を進めた。

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