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 クエストの報告書は、原則としてその担当しているクエストが完了してから一週間以内にギルドの受付カウンターへ提出することとなっている。

 そのため受付けでは基本的に、依頼主よりクエストを受注する『受注カウンター』、そのクエストを傭兵へ発注する『発注カウンター』、それからクエストの完了報告を受け報酬の受け渡しを行う『完了カウンター』と大きく三つに分かれている。

 ただしこれらは必ずしも分かれているわけではなく、話がしやすい担当者のほうへ直接それらを告げに行き、クエスト受付を済ませることもあるのが今の状態である。最終的にそれらを受けた取りまとめは、ギルドの裏方とも言える事務官の元へ向かうので、連絡ミス等が起こらなければ問題とはならない。




 今回は、そのすこし緩い制度が功を成してくれた。




 アンジュはつい今しがた届けられた報告書をみて、そんなことを考える。

 そして大きくため息を漏らしてしまった。幸いギルドというのはいつ何時も人で溢れ返っているので、まわりから気づかれ指摘されるなどということは起こらなかった。の、だが。


(こっそり書き直しておかないと……)


 先に述べた受付の仕事は基本的に固定業務だ。

ギルドでは現在、アンジュやルイーシャのほかに数名の受付担当者を抱えており、その数人で仕事を回している状況にある。ただしそれぞれの担当に一人ずつ受付を配分しているというわけではなく、仕事量に応じて配置しているのだが、そんな体制であっても特に仕事量が「ハンパない」とみなが口をそろえて言う担当場所があった。


 『完了カウンター』のことである。


 基本的に仕事の量が多い。クエストを受けた傭兵から報告書を受け取り、いちどその報告書を事務官(裏方)へ回しそちらで依頼主に報告してもらい、依頼主より受け取った報酬を傭兵へ回す、というのが大まかな仕事である。

 それだけでも仕事が多いといわれているのだが、それ以上に問題となるのは、傭兵からの報告書(・・・)である。


 仕事柄、その性質上傭兵の多くは『脳筋』と呼ばれるような人間が殆どである。時折それに当てはまらないものもいるにはいるが、ほんの一握りでしかない。またそれ以前に、文字の書けないものも少なからずいるため、そんな人間に報告書を書面で表わせというのは大変酷なものだ。


 何が言いたいかというと、つまりは報告書の書き直しも『完了カウンター』の仕事の一つであるということだ。

 そして、その仕事が、『完了カウンター』業務の大半を占めているというのが、現状であった。




 報告書は、必ずしも『完了カウンター』へ提出しなければならないわけではない。

 アンジュの仕事は『発注カウンター』業務であるが、そんな制度の結果、見知った傭兵より報告を受けることも多い。

――なおそんな制度ができた裏側には、過去にとある傭兵が受付嬢に対しおいた(・・・)をしてしまい、それをギルド職員が報復したことがあったが、関係のないことなので詳しくは語らない――



 現在アンジュが頭を抱えることとなっているのは、そんな見知った傭兵より届いた『報告書』が原因だ。



 片手で顔を覆いながらも、指の隙間から恐る恐る目をのぞかせ問題の報告書の文字をおう。

 上質すぎないがそれでも良いインクを使っていることがわかるそれは、先程熱い視線を浮かべたリヒターより届けられたものだ。

 貴族令嬢の護衛であることや、そのほかにも様々な事情(・・)により、リヒターにはこまめな報告を頼んでいた。しかしこんな報告書は必要ないとアンジュは呻き声を今にもあげそうである。


(こんな、こんな恋文みたいな報告書は頼んでないわ……!)


 時間がないからと普段してくれるような口頭での補足報告はなかったのだが、なくてよかったとアンジュはそれを見た瞬間に安堵したものだ。

 口に出して読むには憚られる、そんな内容が報告書のなかに組み込まれていたのだった。

 一言報告が終わる度に甘ったるい言葉がかかれているせいで読み飛ばすわけにもいかず、自分の顔が真っ赤になっているだろうということがありありとわかってしまう。

 しかしそれでいて嫌な気持ちになるほど鬱陶しく書かれているわけではないので、どうしてこうもまぁそんな微妙な匙加減がお上手なのかしらと変に感心してしまうアンジュであった。


 これは残業ルートね。まだ仕事が残っているために髪をぐしゃぐしゃと乱すわけにもいかず、報告書を裏返して他の誰からも見られないようにすると、両の手で顔を覆い真っ赤になった頬を隠す。



「……アンジュちゃん、大丈夫?」


 心配そうな表情で声をかけてきたのは、自分と同じ制服に身を包んだ美少女(ユラ)だった。

 シシリア嬢より護衛を断られたユラは、一人でクエストにでるわけにもいかず、リヒターや首領(ドン)との相談の結果、暫くギルドで受付の手伝いをすることになったのだった。仕事の要領もよく、またその容姿から、ユラは既にギルドのアイドルとなっていた。


 書類を見せるか否か。考えを巡らせ、結果アンジュは「何でもないよ」と笑みを浮かべた。

 いくらユラといえども、こんなこっぱずかしい報告書(恋文)は見せられない。

しかし残念ながらユラはアンジュがそっと隠した用紙が、リヒターから贈られたものであることに紙質より気付いていた。敢えて何も言わないのがやさしさだ。アンジュの表情に暖かい表情を浮かべると、その場を離れたのだった。






 翌日の早朝。深夜業務時間から通常時間に変わったタイミングで、再び報告書をもってリヒターがギルドを訪れた、護衛を始めたほんの数日前とは打って変わり、すっかりやつれてしまっているように見える。何と声をかけるべきか悩み、アンジュはあたりさわりのない言葉を口にした。


「お……お疲れさまです」

「あぁ、本当に、憑かれた……」


 なんでだろう、どうにも自分の言葉とはニュアンスが異なるように聞こえてしまった。

 そしてそのままカウンター正面に座り込んでしまうものだから、アンジュは慌ててカウンターから飛び出し、リヒターの腕をとって立たせてやる。そうこうしているうちにユラも飛んできて彼を支えるアンジュの手伝いを始めてくれた。挙句の果てには、偶然通りかかったという首領(ドン)より応接間で休憩を取らせてやれというありがたい言葉までついてきてしまった。


 このままリヒターを外に出したら追剥にでもあってしまいそうだわね。


 そう判断すると、ひょいとリヒターの腰を支えそのまま歩き出した。傍からみたら彼が自分の足で歩いているように見えるだろう。実際にはアンジュが彼を持ち上げて歩いているが。

 ぎょっとしたような表情を浮かべるのは当事者たるリヒターと、それからアンジュの逆側でリヒターを支えようとしたユラの二人だけ。恐らくは首領(ドン)も気付いていただろうが、彼は何も言うことなく、しかし「あきらめろ」とでも言いたげな表情でこちらを向いていた。正確にはリヒターのほうを。


 ―――いったいどういうことかしら


 アンジュだけがその理由に気付けずにいたのだった。

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