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「「護衛?」」
声を揃えてアンジュに尋ねる二人。言わずもがな、リヒターとユラのことである。そんな二人の様子に申し訳なさそうに困ったような笑みを浮かべたまま、アンジュは口を開いた。
対象は、シシリア・ベルデ・コルピッツ。雇い主はその父であるコルピッツ郷。昨晩首領と話し合ったばかりの、件の人物のことである。あのあと、首領は娘の護衛兼街の案内係をギルドへ求めているといった。
「誰か良さそうなのはいねぇかあ?」
真面目な表情から一転し、にやにやとした笑いを浮かべるこの爺は、一度ぐらい殴ったところで罰は当たらないだろうという考えが、アンジュの頭をよぎったがそこは割愛する。
そして日があけて今日の朝となり、必要書類をどうにかまとめ、新たなクエストを探していた二人をこっそりと呼び出したというわけである。
人にばれてはまずい話しではない。しかし、知るものは少ない方がいいだろうという考えは、アンジュと首領互いに一致していた。
それにコルピッツの二人はまだレディレイクを訪れていない。訪れるだろうという情報が入っているだけ。どこで情報を手に入れたのか、なぜアンジュがその話を持ってくるのか。それらの疑問を浮かべず、なおかつ腕の立つ人間となれば、もうアンジュには選択肢は存在していなかった。
「お二人以外、お願いできる方がいないもので……もし難しいようであれば言ってください。どうにか始末をつけますので」
「始末って……それは本当に可能なことなのか?」
「…………どうにかします」
正直にいえば怪しい。というより不可能に近いだろう。
だが先日の結婚式で、こちらも困ったことになってしまったが、それ以上に二人には迷惑をかけてしまった。その借りを返すためならば、どうにかして見せようじゃないか。
とアンジュは覚悟を決めるも、リヒターは柔らかく笑い、こちらへ一歩近づいた。反射的に半歩下がりそうになるも、残念ながら人にばれぬことを考慮した結果、ギルドの裏口から外へでたところでで立ち話ということになってしまい、またこういう場所は大抵が狭いと相場で決まっている。つまり、さがれない。
しまったと顔をこわばらせるアンジュを楽しそうにみながら、しかし表情は非常に柔らかいもので、すっと頬を撫でた。
「気にするな。おまえが俺たちにどうしてもと頼む任務で、今まで俺たち以外にこなせそうなものはなかったからな。力量を認めてくれているのがわかって嬉しいよ」
ただでさえ麗しい顔に蕩けるような笑みを浮かべるものだから、アンジュは自分の顔に熱がこもるのを感じた。
(こんなの、耐性がある人間だって参るわ絶対)
そう考え、ふとユラはリヒターの顔に耐性はついているのだろうか、と疑問に思った。
彼女の顔も到底形容しがたいほど美しく、リヒターとはまた違った麗しさを持っている。そんな顔、立ち居振る舞いを持つ彼女は、リヒターの顔をどう思っているのだろうか。
それに、リヒターのことは大体よそうはついたのだが、ユラに関しては全くわからない。
(ほんと、謎の美少女って感じだわね)
どういうことかしら、そう考えふけるよりも先に、アンジュはリヒターの顔が自らのそれのすぐ近くまで来ていることに気付き、ひっと顔をひきつらせ、持ち前の反射神経でよけてしまった。そそくさと彼から離れることも忘れずに。
「そ、それでは詳しいことが決まり次第またお知らせさせていただくので、任務入れないでおいてくださいね!」
どうにか笑みを張り付けると、そのまま裏口よりギルドへ戻っていく。
(これじゃあ受付に支障を来すわ……)
今日は裏方に回らせてもらえないだろうか。きっと無理なんだろうな、と考えながら、カツカツと足早に更衣室へ駆け込んだ。
そして同時刻。アンジュがギルドへ戻って言ってからのこと。
くつくつと声を堪えた笑いがリヒターの口よりこぼれ落ちる。そんな彼へ、普段であれば浮かべぬような表情で、ユラは苦言を漏らした。
「あまりからかいすぎぬ方がよいのではないか?」
その口調は、ユラではない何か別のもののようであるが、リヒターはそれを不思議には思わない。彼女のことは、よく分かっている。
「いいさ、押さなきゃだめらしいからな」
長い黒髪を片手でかきあげると、もう片側の人差し指をくるり胸の前で一度回す。
人払いはすんだ。本当なら自分たちの家ではなしたいことだが、完全遮音の障壁を張れば問題ないだろう。これならばアンジュだって近寄れまい。
「それで、いつまでこのようなことを続ける」
「まだ始まったばかりだろう。ようやく彼女の鎖がほどけ、他に目を向けられるようになったんだ。俺は長期戦も辞さない体制だが」
落ち着いた声色でリヒターは何でもないように述べる。
しかし、そうはいかない。
「いつまでもあけていられる立場ではなかろう、お前も、わらわも」
痛い言葉にリヒターは顔をしかめる。そういうところは昔から変わらないな、呆れたような表情を見せると、鋭い声で彼女はリヒターの名を呼ぶ。
「わらわとて、お前には幸せになってほしい。だが、その前にお前には持つべき責任があるだろう。しかもだ、お前、まだ彼女にきちんとそのことを話していないだろう」
聞きたくないと言わんばかりにリヒターは彼女から目を逸らすも、それは許さぬと鋭い視線で彼女はリヒターを捕らえる。
「こうでもしなければお前は何も聞こうとはせぬと思っての行動だったが、正解だったようだな」
「……アンジュはきっと俺を知れば身分や世間体を気にして離れていくだろう」
「だが言わなければならぬことも分かっておろう。……それに、彼女はお前のことは予想がついていると思うが?」
ばつが悪そうな顔でリヒターは彼女を見た。
そんな表情にため息がこぼれそうになるも、それを飲み込み静かに名を呼ぶ。
「お前は昔から変わらぬな。知られたいのか、知られたくないのか。自身にもわかっておらぬのだろう」
リヒターが何も答えられないのを知りながら、彼女は言葉を続ける。
「好いた人間にすべてを知られたい、それでも醜き部分を知られたくないというのはわらわとて同じだ。人間だれしもそう思うだろう。しかし、そのようなことばかりしていては、彼女はお前から逃げるばかりだと思うが? 自分のことばかり知られ、相手のことを何も知らぬというのは苦しいものだからな」
「それは、そうだろうが……」
「彼女がお前を避けようとするのは、照れもあるがそちらも原因であることぐらい、わかっておろう」
むっと子供のように不貞腐れるリヒター。この男は自分から見たらまだまだ子供のままだ。
彼女はふっと表情を和らげ、困ったように笑った。
「案外、そのような表情を見せた方が喜ぶのではないか?」
最近のリヒターは以前よりも増してキラキラと輝きアンジュへの想いを隠そうとはしない。
それがよけいにアンジュから避けられる要因となっているのではないかと考えるも。
「…………こんなみっともない姿見せられるわけないだろう」
不貞腐れた姿は年よりも若く見える。どうやらアンジュにはもっと凛々しい姿を見せていたいらしい。
男という奴は下らんな。はっ、と鼻で笑うと、ゆっくり目を瞑り、そして空気が変わる。
「別にアンジュちゃんは気にしないだろうし、絶対今みたいなリヒターの方がアンジュちゃん絆されてくれるとおもうんだけどなぁ」
甘い声は蜂蜜のように、どろりリヒターに絡みつく。しかしそれを「うるせぇ!」の一言で一蹴し、リヒターは術を解いた。




