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 今話より護衛編です。

 アンジュは現在、非常に困っていた。というのも、姉の結婚式以降、リヒターがその想いを隠そうとせずむしろ周囲の多くの人間に知らせようとせんばかりにアンジュへ迫ってくるのである。

 これで自分や彼の仕事に支障がでていれば、それを理由にやめてくれと言えるのだが、そのあたりのことをよくわかっているのかリヒターがアンジュに迫るのは彼女の休憩時間であったり終業後であるのだ。

 一度、ユラに泣きついてみたこともある。のだが、彼女の反応といえば困ったように笑うばかりで、


「本当に、本当にアンジュちゃんか困ったときはちゃんと助けるから……、ね」


 とどちらかと言えばリヒターの味方ともとれるようなことしか言ってくれないのだった。長いつきあいであろう二人のことだから予想はついていたものの、本当に助けてもらえないと言うのは涙がでそうになる。

 リヒター本人はアンジュが本当にいやがるようなことはしていないため、ユラが助けてくれることはないのだろう。

 となれば自分で何とかするしかないのだが、ああも整った顔立ちをした異性にキラキラとした笑みで迫られてしまっては百戦錬磨のアンジェリカ(騎士)も社交場に慣れたアンジェリーナ(貴族令嬢)であっても、それを振り切ることは難しい。はてさてどうしたものか。


 以前はぎらぎらとリヒターを狙っていたギルド職員すらも最近ではリヒターの肩をもち、アンジュへ「想いにこたえてやったら?」とお節介をやくものだから本当にやっていられない。

 どのような手を使ったら職員たちをここまで懐柔できるのだろうか。顎に手を掛け悩むも、アンジュには想像もつかない。




 それもそのはず。アンジュにはそのようなことをやらかした(・・・・・)覚えはないのだから。

 しかし職員たちは口をそろえていうことができるだろう。


「あそこまで潔く振るアンジュちゃんを見ていると、リヒターさんがかわいそうだ」


 と。本人は悩んでいる、困ったものだなどと言っているが、アンジュたちが王都から戻って来たばかりのころは、アンジュがいうように困った状況、すなわちリヒターが一目も憚らず迫るなどということはなかった。

 あまりにも、アンジュがにこやかにそれでいて淡泊に、


「結構です」


「お断りです」


「大丈夫ですから」


 などという言葉を柔らかに吐き、リヒターが肩を落とし帰っていく姿が、職員たちの女心―――否、母性に、火をつけてしまったのである。


 しかしそのようなことがあるとはつゆほども知らぬアンジュは、味方がいないと肩を落とすばかりであった。




 正直に言ってしまえば、アンジュは決してリヒターを嫌ってなどいないし、むしろ好ましく、リヒターの想いに応えたいと思ってしまうほどだ。しかし感情のまま行動するのは、アンジュの立場上決してほめられた行為ではなく、そのためにリヒターからのらりくらり逃げているのである。

 いつまで逃げきれることやら。

 アンジュの予想では、このまま逃げているばかりではきっとリヒターは諦めず、いずれは蜘蛛の巣のようにとらえられてしまうのだろうと考えていた。






 はぁ、と憂いのこもったため息を漏らすと、後ろからゴホンというわざとらしい咳払いが聞こえてきた。バッと後ろを振り向けば、そこには真っ白い髭をなで付けながら、どこかにやにやとした笑みを浮かべる食えない老人が立っていた。


「どうなさったんです、首領(ドン)。こんなところまでいらっしゃるだなんて」


 依頼者も傭兵もすっかりいなくなってしまった夜遅いギルド受付。夜間は別の窓口にて依頼管理を行っており、その仕事は腕に自信のある男性陣が請け負っていた。そのためアンジュはギルド内に、受付にいなくとも構わないのだが、どうにも帰る気になれず、こうして受付に座り悩み考えていたのであった。

 そこへよもや首領が訪れるとは思わなかった。彼は大変忙しい男であるため、ギルドにいることは少ない。それにギルドにいたとしても表舞台より裏舞台を好む故、たいていは首領室に籠もり、用があるものは呼びつけていた。

 そんな彼が、なぜ。不思議に思っていれば、首領が先ほどから変わらぬ笑みでアンジュの横の椅子へどかりと座った。


「帰ろうと思ったんだがなぁ。どういうわけか明かりがなかなか消えないもんで、消し忘れかと思ってきてみたというわけだ。そしたらおまえさんがいて、重苦しくため息をついいるじゃぁないか。部下の面倒を見るのは首領の役目。悩みがあるなら話していくかぁ?」


 夜遅いためか、普段よりも押さえられた声で言いのける首領。その口振りはアンジュのことを心配して、といった様子だが、目がおかしい。どちらかといえば、アンジュの様子を、一挙一動を楽しんでいるようにしか見えない。


(というかそんなにやにや笑いながら言われても)


 この爺のことだ、きっとアンジュの悩みはきちんと聞き、アドバイスをくれることだろう。だが、その話を酒のつまみとして、彼の盟友であるボーア領主、すなわちアンジュの祖父へ、すべて話してしまうだろう。己が恋愛関係で悩んでいることを身内にさらされることほど恥ずかしいものはない。曖昧に笑って、しかし口調はきっぱり「結構です、大丈夫なんとかなります」と言いのけた。

 すると首領は笑みを消し、つまらなそうな表情で「そうかぁ、いいのか」とカウンターへ肘をおき頬杖をついた。

 やはり本当に酒のつまみにするつもりだったのか。アンジュの体へどっと脱力感と疲労が押し寄せてきた。このまま残っていても休まることはないし、悩みの解決にもならないことだろう、帰ろう。椅子から立ち上がり首領へ一礼しその場を立ち去ろうとしたそのとき、


「お嬢、座れ」


 先ほどとはうって代わり真剣な表情をした首領に引き留められてしまった。その様子に先程までの軽い雰囲気は見られず、あるのはこのギルドの長らしい構えた空気。


(私をからかいに来ただけじゃあなかったか)


 それを見抜けなかった自分を恥じながら、椅子に腰掛け姿勢を正す。やはり経験の壁というのは高いなと内心笑みをひきつらせながら。


「近々、ある貴族がレディレイクを訪れる」


 それ自体はさほど変わったことではない。こレディレイクの街は王都より距離はあるものの、辺境の地というほどではない貴族であるボーア家よりもギルドの傭兵が街を取り仕切ることが多いため、野蛮な街ととらえるものもいることにはいるが、そのあたりを気にしないのであれば過ごしやすい安息地といえるだろう。

 悩みの種であった『氷の町』も現在では氷は溶け、国とボーアの人員、それからレディレイクのギルド傭兵によって町作りも開始しているとのこと。そのあたりはアンジュの領分でないため、特に何かをしているわけではないが。


 さて、若干話はそれてしまったものの、それらのことよりレディレイクを貴族が訪れるということ自体は特に問題とはならない。ならば。


「どこの家がです?」

「コルピッツ。そこの当主と令嬢が、だ」


 アンジュは己の知識より、コルピッツ家についてとその二人の顔を拾い上げる。

 なかなか思い出せなかったが、あること(・・・・)について思い出した途端、なぜ首領が改まった様子で自分に話しかけてきたのか、それを察した。


「……まさか」

「お嬢の考えていることがそう(・・)てあるのなら、そのまさかが当たっちまうんだろうなぁ」


 首領はアンジュの過去も、頭の回転の早ささも、それからどこ(・・)へ所属していたのかも、よく知っている。

 つまりはそういうことなのだろう。


 随分ときな臭い状況に巻き込まれそうになっているものだ。顔にかかる銀の髪を払い、そのまま頭を抱えたくなってしまった。

 しかし状況からしてそのようなことをできる空気ではなく、かわりに小さくため息を漏らすのたった。

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