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ライバル令嬢改め受付嬢始めました  作者: 花菜
第一章 ユラの恋
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 アンジュは呆然とユラと、それから彼女が『アシェル』と呼んだ男を見ていたが、彼もまたアンジュのようにこちらに気付くと、ユラに一言二言何かを告げこちらに向かって歩いてきた。

 リヒターとしては見つからぬよう建物の影に隠れていたので、早々にその場から退散してしまいたいと思ったが、男のことを知っているらしいアンジュが動こうとしなかったため、どうしたものかと決めあぐねていた。リヒターの腕力ならばアンジュ一人を抱えその場から逃げることは容易いが、残念なことに男がこちらに気付くと同時にユラも気づいてしまったようだ。「どうしてそこにいるのー!?」という叫び声が風に乗ってリヒターの耳に届いた。

 これはもう、観念するしかないな。肩を竦めると、「アンジュ、大丈夫か?」となるべく柔らかい声で彼女に尋ね、肩を抱く。ユラの相手にどうしてここまで驚くのか分からないが、いつまでもこうしているわけにはいかないだろうと彼女を促し、こちらに向かってくる男の方へ自分たちも足を進めた。


 ぷりぷりと怒っているユラの方はなるべく見ないようにして。




「久しぶりだなリンクス(・・・・)

「アンジュと呼んでくださいまし、アシェル」


 サファイアのような目を細め笑いかけるアシェルの呼んだ名にアンジュは顔を顰める。そういえばアンジュの瞳も青いなと気付く。彼女の方が深い色をしているが、どこか似通っている。そう思い彼女の瞳を見れば、顔こそ顰めているもののその瞳は本気で嫌がっているようには見えなかったため、おや?とリヒターは首を傾げる。だがすぐにアンジュの表情はするりと張り付けた(・・・・・)ような笑みへとかわった。

 ころころと表情の変わる彼女は好きだが、こうやって読めない笑みを浮かべるのは面倒だなと思いつつも、自分でもどうしようもないので彼女にばれぬようそっと溜息を吐くにとどめる。


「どうして貴男がユラちゃんといらっしゃるのです?」

「御茶に誘われただけだよ。君に許可をとらなければならない、なんてことはないだろう?」

「ありませんわね、というより正直興味もありません。貴方には」

「というと君が聞きたいのは彼女がどうして私といるのか、ということかな」

「そうなりますわね。あら、それならば貴方はいらっしゃらなくともよかったかもしれませんわね。帰って結構」

「何を面白いことを言っているんだい、リンクス。彼女の今の相手はこの私だ。君がどうこう言える立場だとは思えないけど?」

「まあ人を物のようにおっしゃるなんて驚きだわ。それに(わたくし)のことは『アンジュ』と呼ぶよう先程も申し上げたはずですが……あらやだ(わたくし)ったら。覚えていらっしゃらないのよね、そんなことにも気付けないだなんて大変失礼なことをしてしまいましたわね。謝罪をさせてくださいまし」


 ぎょっと目を見開き二人の攻防を見つめるはどうやらリヒターだけではなかったらしい。先程まで、こそこそとしていたリヒターたちに腹を立てていたユラも二人の口からでてくる言葉に驚き、「えっ、え?」とすすすと彼らから離れ、リヒターの方へ寄ってきた。同時にリヒターもアンジュの肩から手を離し、音を立てずに離れる。二人が離れた途端に言葉の勢いが強くなった気がするのは気のせいではないように思える。

 そうしてユラと二人、続く攻防を眺め、顔を見合わせる。


「お前、どこであの男と知り合ったんだ」

「ちょっと前に道で偶然。私に(なび)かないなんて面白いなって思って」

「……相変わらず男見る目ないな」

「私も結構後悔しているよ。まさかアンジュちゃんの知り合いとは思わなかったし。どうしようアンジュちゃんの彼氏とかだったら……あごめん」


 彼らの周りはだんだんと気温が下がり、ぶるぶるとユラが震えだしたので自分のジャケットをかしてやれば、「アンジュちゃん、寒くないかな?」と的外れなことを言い出したので「原因だし大丈夫だろう」とてきとうに返す。

 そして二人は一つの教訓を得た。


 アンジュを怒らせてはならない、と。




 だがいつまでもこうやって二人を眺めているわけにはいかない、と意を決し一歩近付くも、あまりの寒さに「これはだめだ」とすぐに引き返す始末。

 どうしたものかと悩んでいれば、今度はユラが「私がいくよ!」とリヒターのジャケットをギュッと掴み前に出る。……が、残念ながら結果は同じ。「むり、むりだよ……」とがくがく震えながら後ろに下がった。


 自然と収まるのを待つしかないのか、と二人が諦めだしたころ、突然


「「あはははは!」」


 という笑い声が寒さの中心地体より響いた。

 何故笑い声がと再びぎょっとし、二人を見てみれば、なんとも仲睦まじく―――とまではいかないが、それでも何事もなかったかのように笑いあっている。

 互いの攻撃が強すぎて頭がやられたのか? と思い、リヒターは恐る恐る「大丈夫か?」と尋ねた。


「そんなに怖がらないでくださいよ、いつものことですから」

「驚かせてしまいすみません、ですがいつものことですから」


 ねぇ、と納得し合う二人に、リヒターは脱力しユラはふるふると涙を浮かべた。


「だったらせめて一言説明してくれ……」

「すみません、ちょっと驚いちゃって」

「アシェルさんがそんなに怒る人だなんて思わなかった……破局です……」

「ユラさん!?」


 突然の破局発言に、アシェルは驚きユラのもとへ駆け寄る。「そんなにこわかったのかい、大丈夫だよ僕があんなことを言うのはリン……アンジュ嬢くらいだよ」とユラを宥めるも、「嫌です……こわい……」と首を振るユラ。


「怖がる美少女は絵になりますね」

「……あれが本気に見えるのか?」

「いいえ。ユラちゃんがあんな怖がり方をするとは思えませんし、アシェルをからかっているだけなのでは?」

「よくわかっているな」


 正解だと言わんばかりに豪快に頭を撫でてやれば、「か、髪がからまる……」と小さく呻かれた。だがその声は聞かなかったことにしてぐいぐいと下に押していきながら、リヒターはそっと安堵の溜息を吐いた。アンジュの喋り方はこちらの方がやはり落ち着くな。




 漸く痴話喧嘩(ユラによるからかい)も収まったのか、どういうわけか――話を聞いていたわけではないのでわからない――満足そうなユラと、疲れ切った様子のアシェル。「二度とユラさんの前でアンジュと会うものか……」とぼそぼそと呟いていたが、生憎アンジュにはよく聞こえなかったようである。彼女はきょとんと「何て言ったの?」と不思議そうに尋ねる。アシェルがその問いに答えるはずもなくあえて無視をしていれば、ユラが彼の名を呼んだ。


「アシェルさん?」

「……いえ、大丈夫です。あぁ、申し遅れました。私はアシェル・フェルミ・ボーアといいます。そこのリンジュとは古い付き合いでして」

「混ざってるわよ誰よリンジュって。臨終? あなた私を終わらせたんぐ!」

「ややこしくなるからもう勘弁してくれ……。リヒターだ。古い付き合いとは?」

「従兄妹同士なんです。それの母と私の父が兄妹でして」


 またも口喧嘩(じゃれ合い)を始めようとしたアンジュの口を左手で塞ぐと、リヒターはアシェルに向かって右手を差し出した。アシェルはそれに応え「先程は失礼なことをしました」と申し訳なさそうに眉を下げた。


「御詫びといってはなんですが、我が家へいらっしゃいませんか?」

「我が家……まて、『ボーア』といったか?」

「やはりわかってしまいますよね」


 困ったようにアシェルが頭をかけば「ミドルネームがあるのは貴族ぐらいだしな」と納得したようにリヒターはうなずいた。


「そういえば、アシェルさんの名前聞いたことなかったね」

「そうですね。ユラさんが名だけを名乗りましたのでつい私もそう名乗ってしまいました」

「しかもボーア…………レディレイクの領主家の人間とはな」


 心底驚いたようでリヒターは目を見開き、それからアンジュをそっと見る。自分に口をふさがれたまま大人しくしていた彼女だったが、その耳はひとはけ朱に染まっていた。その彼女の様子にリヒターは再び驚いたように目を見開いた。


 ―――なんとも思われていないと思ったんだがな


 面白い玩具を見つけたようににんまりと笑えば、アンジュはようやくその視線に気付いたのか、首を動かしてこちらを見ようとした。だがそれから逃れるように彼女の頭をぐいとアシェルの方に向けた。


「それでは行きましょうか」


 どうやら自分がアンジュを見ている間にユラとの間で話がまとまったらしい。

 先導するように歩き出したアシェルにユラが並んだため、その後ろに着いて行こうとそのままの体制(・・・・・・・)で足を進めれば、ぐっとヒールで足を踏まれた。意外に痛い。


「……ああ悪い」


 口をふさいだままの体制で歩き始めたため、手を離してくれというアンジュからの催促だったらしい。すぐに手を離せば、きっとこちらを睨み付け――だが今回も瞳には本気の怒りは浮かんでいない――「もう、苦しいじゃないですか!」と抗議が来た。

 それに「悪い悪い」とてきとうに頭を叩いてやれば、「アンジュちゃーん、リヒター早くー!」とユラの声が響いた。

今回はリヒター視点、のようなものでした。難しい。

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