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ばたばたしていたせいで更新が遅くなりました。
空のグラスを持ったままアンジュが来たの会場となっている舞踏場を出てすぐの庭園。
明かりがポツリポツリと点いているだけで辺りは薄暗く、間違いが起きてしまってもおかしくはない雰囲気。
そんな場所に女性一人歩いていては恰好の餌となりかねないが、そんな心配をする必要はアンジュになかった。主催側の人間であることもそうだが、それ以上に彼女は自分の家と言えど油断せず自らの得物をドレスの下、正確には太股に、ガーターリボンの形にして携帯していた。
そんなことを考えながら、アンジュはガリッと奥歯を噛みしめる。
自分が聖騎士団の入団を断った理由、それは―――
「再び剣を失うのを恐れたから。握らなければ手に入れることも、失うこともないから。……違うかね? ディラック少尉」
尋ねる形でありながらもその声は確信をもって発せられており、アンジュは突然現れたその人物に身構えるよりも先に脱力感を覚えた。
しかしすぐさま態度を改めると、声の聞こえてきた方向へ向きなおり、騎士団仕込みの敬礼をする。
「完璧な遮音障壁も、貴方たちにかかれば意味のないものとなってしまうのですね。バーンズ少佐、レイガスト曹長、お元気そうで何よりです」
バーンズ少佐と呼ばれた男の横で、緑の髪の美女がにこやかにほほ笑む。だがアンジュはそれでも表情を緩めずバーンズを見つめていれば、彼は声をあげて笑いながら手を下げるよう指示した。
「これでも出世して、今じゃ私は大佐だし、カミーユくんは准尉だ。それに何よりも君は今騎士団に所属しているわけでない。敬礼は結構だよ、アンジェリーナ嬢」
「先に階級を持ち出したのは貴方のほうでしょう、ルドルフ様」
バーンズ改めルドルフのいうことを律儀に聞くと、アンジュは彼のことを名で呼び笑みを浮かべ、淑女らしくドレスをつまみ膝を軽くおった。
アンジュの言葉にそれもそうだな、とルドルフが灰色の髪を揺らし笑えば、カミーユは呆れたように彼を見て「喋り方がそんなではいつまでたっても彼女が落ち着かないのでは?」と苦言を漏らした。
相変わらずふざけてた男だが、それが気にならぬほど優秀な男なのだから二重の意味で呆れてしまう。特殊部隊に配属早々、そんな男の副官にさせられたカミーユに同情してしまう。もっとも、同情したところでアンジュが彼女の代わりにルドルフの副官を引き受けようと思ったことは一度もないが。
「私は気にしていないから大丈夫よ、カム。それにルドルフ様はいつもそのような調子で在られるから、今更思うことなんて何もないわ」
「アンジュにそういわれてしまうと何も言えないわね」
『カム』とはアンジュがつけたカミーユの愛称である。
それに対してカミーユはアンジェリカともアンジェリーナともとれる『アンジュ』という愛称をつけてくれた。それが今名乗っている名であることは言うまでもないだろう。
騎士団であれば後輩に当たり、貴族界であればアンジュよりも下の階級のカミーユだったが、年齢的には彼女の方が上のため互いに砕けた口調で話す仲だった――カミーユはそのことに暫く抵抗していたという過去もあるがそれはひとまず置いておくことにする――。
だがいつまでも懐かしさに和んでいる場合ではない。いつまでも外にいてはいい加減リヒターが心配して出てきてしまいそうだし、主催側の人間としてパーティを放っておくわけにはいかない。
適当なところで切り上げたいが、彼らがこんな人気のない場所でアンジュに話しかけてきたということは、すぐには終わらないんだろうな、と思いながら話を切り替えようと少し咳払いをし、「お二人も来てくださったのですね」と口を開いた。少しでも時間の短縮を、というのがアンジュの願いである。
「君の家には大変世話になっているのでな」
「私はアンジュの友人として参加したつもりですけどね」
カミーユの言葉はアンジュというよりルドルフに向けたもの。だからこそ口を挟まなかったのだが、直後ルドルフの口から発せられた言葉に開いた口がふさがらなくなりそうになった。
「アンジェリカ・ディラックといえど、恋人には弱いということだな」
「…………恋人じゃあありませんよ。エスコートを頼んだだけのただの知り合いでしかありません」
まさか貴方までそう見るとは思わなかった、と言いたげにしていれば、ルドルフが答えるよりも先にカミーユが驚いたような表情を見せた。どうやら彼女は自分がリヒターと本当に付き合っていると思っていたらしい。だが驚いたカミーユとは対照的にルドルフの表情はまったく変わらなかったので、彼の方はただの冗談だったということだろう。流石はバーンズ大佐、と皮肉気に考えながら、もっと観察眼を磨くべきよ、と心の中だけでカミーユに向けて言葉を投げた。
「まあ、だってあんなにも仲よさそうに……演技はお手の物、ということ?」
「カミーユくん」
「……失礼いたしました」
親しき仲にも礼儀ありだろう、と声には出さず注意したルドルフだったが、アンジュ自身はカミーユの言葉を何も気にしていなかったので黙って首を横に振った。
「そう見えるよう意識していたのは事実よ。だけど、恋人なんかじゃない」
きっぱり宣言するアンジュにカミーユは小さく息を呑む。どうやら自分は、彼女のトラウマに手を伸ばしてしまったらしい、と気付いたときには既に遅く、アンジュは自分達から目をそらし、誰に言うのでもなく呟く。
「私は、もう恋をするつもりはないから」
宣言するような声色の呟きに、年下の少女にそんなことを言わせてしまうなんてとカミーユは悔いる。
だが、その空気をたちきるようにルドルフがパンと手を打つと、アンジュもカミーユも落ち着いた表情に変わった。
「本題に移るとしよう」
この元上官に限って、ただ祝いを言いに来たということなどあるわけがない。そう思いながらももしかしたら、という期待を抱いてしまった自分に呆れる。
だが、眉をひそめるアンジュを気にすることなくルドルフは話を続けた。
「何度もいったことだが、再び騎士団に戻るつもりはないか?」
本当に、ただ祝いを言いに来ただけでよかったのに
内心溜め息をつきながらもそれを表情には出さず、だが困ったように笑いアンジュは首を横に振った。
気持ちは変わらない。笑いながらも眼差しは真剣そのもので、カミーユはそっとアンジュから目をそらした。だがルドルフは彼女の瞳をじっと見つめ続け、そして、確信をつく一言を告げる。
「国王陛下が、第一王子の王位継承権廃嫡を考えていらしてもか?」
アンジュの瞳が微かに揺れた。それは目を凝らさなければわからないほどだったが、ルドルフはこの一言を言うためにも全身の神経をアンジュに向けていたため、すぐに気づけた。腕を上げたようだがまだまだだな、とルドルフは内心笑いながら、アンジュがどうでるか、鋭い瞳で彼女を見据えた。




