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 何を話していたのか、戻ってきたリヒターの顔が強張っていたが、その理由を尋ねるよりも前に姉夫婦が会場に入ったため聞き逃してしまう。

 だが共に戻ってきたアシェルの表情はいつになく楽しそうだったので、これは彼に何かからかわれたのだろうとアンジュは検討付けるのだった。



 そしてその後、恙無く式は進む。

 幸せそうに顔をあわせるジュリエッタとサイラートの姿に、本当によかったという喜びと、それから少しの寂しさを交えながらもアンジュは祝福の言葉を二人にかける。

 間違ってはいけないのが、この寂しさは兄妹同然――同じ師に学んだという点では兄妹そのもの(兄妹弟子)といえるが、この場におけるそれは本当の兄妹のようという意味である――の幼馴染みと姉が自分から離れた場所に行ってしまったがゆえ。アンジュが王都を出た時点で既に道は違えていたが、それでもこのような形でそれを分からせられると、喜びと同時に寂しさが襲ってくる。

 しかしいつまでもそんな想いに刈られるほどアンジュは未熟ではない。リヒターを伴い姉夫婦の元へいくと、式が始まる前にも告げたことだが、そのときとは比べ物にならぬほどお淑やかに、「おめでとうございます」と頭を垂れた。隣のリヒターはそんな彼女の普段と違う振る舞いに戸惑うことなく軽く会釈し祝言を述べた。何となくその態度につまらなさを感じながらも周りのものに悟られぬようその感情を微塵も出さず姉夫婦と一言二言話すと、もっと話していてもいいのに、と姉の表情はどこか不満げな姉にどうにか納得してもらい、他の客人も二人と話したいだろうから、とすぐに下がった。



 パーティの主役である姉夫婦が入場するまでにアンジュはあらかたアンジュを目的の一つとする客人に挨拶を終えていたつもりだったが、意外にも自分は人気だったらしいと自己評価を改めることにする。自分に話しかけようとする視線がちらほらといることに気付きそっと溜息を吐いた。久々のパーティだというのにこれでは、流石にアンジュも疲れが出てきている。それを察してくれたのか、リヒターがこっそりと「少し休むか」と耳打ちしてくれた。一も二もなく頷くと、アンジュは侍女からワインの入ったグラスを二人分受け取り、リヒターに寄り添い壁の花となった。極力二人で話をしたいと空気で周囲に訴えると、不自然なほどに二人の周りから人が消えた。これを周りが自分に気を使った結果と思うほどアンジュは周りの人間が優しくないことを知っている。


「人払いに遮音障壁、ねぇ」


 ジロリと隣に目を向けると、呆れたような口調でそう呟く。リヒターはなんでもない風に笑っているが、アンジュは内心驚いていた。

 そこに対象の人物がいてもそれがそうと悟らせぬようにする人払いの術も、話している声は聞こえても内容を理解できなくする遮音障壁も、上級魔術ではないとはいえ二つ同時に、しかも魔術をいつかけたのかを気付ぬよう発動するとなると、相当の腕前が必要となる。

 そう感心して彼を見ていれば「ふつうは術がかかっていることにも気づかないものだがな」とこれまた呆れた声をかけられる。その言葉に「目が良いのよ」と語尾にハートマークがつきそうな声色で返す。


 だが、その空気はいつまでも続かなかった。




「教会の《聖騎士団》にスカウトされたというのは本当か?」




 そのための魔術か……。

 アンジュはスッと表情を消すと、ワイングラスを傾ける。人払いの術式に感謝だ。これならば周りの客にアンジュ(主催側の令嬢)がどのような表情をしているか気付かれない。


 ―――《聖騎士団》とは

 教会が擁する騎士団のことで、王国騎士団とは対をなす部隊のこと

 謎の多い組織と言われており、入団条件も、時期さえも不明であり、入団を希望したからと言ってそう簡単に入団できるわけではない


 だからこそ、リヒターはそんな《聖騎士団》にスカウトされたのにも、断り(・・)この場にいるアンジュに疑問を抱き、そう尋ねたのだろう。


「婚約者に裏切られたショックで入団するとでも思ったの?」


 簡潔にそう尋ね返せば、困ったような表情を返されてしまう。何か間違ったことでも言ったのだろうか、と内心首を傾げながら、そう答えた理由を自身の心の中で確認する。


 教会の人間とはいっても、《聖騎士団》の人間は結婚を許されていないというわけではない。

 だが許されているからとはいっても、神に仕えるものということで結婚をするものはあまりいない。

 だからこそ、《聖騎士団》に入団しなかったことを疑問に思ったのだろう、と。


 入団が大変困難であるにも関わらずスカウトをされ、尚且つ以前の婚約のように無理な縁談が来ることもない。そんな好条件な就職先(聖騎士団)に、なぜ入団しなかったのか、と。


 リヒターは何も言わないが、彼の表情がそれを訴えているように見えた。

 尋ねられていない以上答える必要はないが、アンジュは迷った末、口を開く。


「知り合いが、聖騎士団にいるの。その人は、私の婚約者があの女に絆され、尚且つその女が、王国騎士団特殊部隊《王の(つるぎ)》が将来仕えるであろう、王位継承権第二位の第一王子も籠絡したことを知られていてね。古巣に戻るのはやりにくいだろう、と誘ってくださったの」

「……流石は王国の暗部、だな」


 『聖なる』と言いながらも、素性のつかめないその在り方に、教会の組織であるため『邪』という単語は控えているものの、暗部と例えられる《聖騎士団》

 だが、リヒターがそう唸りたくなるのも理解できるほどに、アンジュは聖騎士団がただの教会内部の一組織とは考えていなかった。


「だが、それならもっとお前が入団を断った理由がわからないんだが」


 自分を伺い見るリヒターに、アンジュは遂に重苦しいため息が零れてしまった。

 そして、彼のほうを見ず、真っ直ぐに正面を見つめたまま呟くように彼に囁き掛ける。




「貴方は、自分のことは何も話そうとしないのに、私のことはなんでも聞くのね」




 口を閉ざしリヒターの顔を下から覗き込めば、彼はばつの悪そうな顔でアンジュを上方より見つめていた。そんな顔をしながらも自分から目を逸らそうとしない彼に、アンジュは「言い過ぎたわね、ごめんなさい」と謝罪し自分の方から視線を逸らした。ワイングラスを揺らし現れた波を見つめていれば、リヒターは彼女から目を離さずに口を開く。


「でも、それがお前の本音だろう?」

「…………えぇ、紛うことなき私の本音だわ。けどね、別にすぐに話してくれと思っている訳じゃあない。話せるときになったら、話してよ。待ってるから……ね」


 令嬢らしくはないものの構っていられるか、と残ったワインを呷ると、苦笑を浮かべ「頭を冷やしてくるわ」とリヒターの傍からそっと離れる。彼はそれを追うことなく壁にとどまり続けた。






 だが、リヒターがギュッと強く拳を握っていたことを、アンジュは知らない。

 やはり、アンジュはリヒターのことを、何も、知らない。

 少し短いですがきりが良いので一先ずここまで。

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