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「何をしているんだ?」
「何もしていないよ、ただの世間話。それよりも遅かったね。アンジュちゃん、ついさっき部屋に戻っていっちゃったよ」
「取りに行くのに手間がかかってな」
怯える女をついと見るも、興味なさげに視線を逸らすリヒター。
何もしていないのにこんなにも怯えるなんてありえないだろう、と内心思いながらも、本心ではユラのしたであろう行動に注意できないでいる。
これ以上自分たちがここにいる理由はないだろう、と肩を竦めるとリヒターはユラの腕を掴んだ。
「ドレスはとってきたから早く支度をしてしまえ」
「そうだね。……それじゃあまたねぇ」
威嚇するような笑みにリヒターは何も言わない。言ったところでユラが治すとも思えないし、それよりもアンジュのもとへあるものを届けたかった。
自分たちが離れるなり女が床にへたり込んだが、……ユラのやったことだ。リヒターは、何も言わずユラの腕を引っ張るのだった。
ドレスに着替えメイクも終わったところで、あらとアンジュは首をかしげた。
王都に到着したその日にみせてもらったドレスはサイズ調整も終わっており、自分の体にぴったりと合っていた。
フリルがごてごてについた今までのドレスとは異なり、すっきりとしたマーメイドラインのドレスは可愛らしさよりも綺麗さを重視しているようで、今ではアンジュの一番のお気に入りである。黒のドレスも似たデザインで、そちらも着てみたかったのだが晴れの場で黒はまずいと思い断念した。いつかそちらを着る機会があればよいのだけど、と肩を竦め、鏡に映った自分を見つめる。
着替えを手伝ってくれた侍女は「よくお似合いです!」とうっとりアンジュに見とれていたが、どうにもアンジュは首をかしげてしまう。
開きすぎ、というわけではないが詰まってもいない首元は、均等のとれた体型のおかげで醜くなかったが、それにしたっても、何の宝飾品もないというのは少し寂しい。ネックレスどころかピアスも指輪も髪飾りだってないのだ。
首元をなぞりながら「何か宝飾品を取って頂戴、ドレスに合うやつを」と侍女に頼めば、どういうわけか「あの……その……」と言葉を濁す。
「王都を出るときすべておいていったからあると思うのだけど……もしかして、姉さまのところに行ってしまったのかしら」
「いえ! すべてお部屋にあります。けれど……」
「けれど?」
ぐるぐると視線を逸らしどうしようと悩む侍女の姿は、何かを隠していますと言っているようなもので、アンジュは「何かあるの?」と尋ねた。だが侍女はそれに答えず、「すみません!」と謝る。困ったような表情を浮かべる彼女に、アンジュはだんだんと悪いことをしているような気がしてきた。どうしようかしら、と顎に手をかけたところで、軽いノック音が聞こえた。これ幸いと侍女が扉のほうへすっ飛んで行き「どちら様でしょうか?」と尋ねるのを横目に、出さないのなら自分で出すか、とアンジュは宝飾品を探しにかかる。
だがそれを見つけるよりも前に、「リヒター様がお見えです」という先程自分を引っ張って自室に戻した執事の声が聞こえ、動きを止める。
「まだ支度が終わっていないから待ってもらって」
頂戴、と続けようとしたのだが、それよりも先に扉が開いてしまった。着替えている途中だったらどうするんだ! と言いたかったが、扉を開けたのは自分の着替えを手伝った侍女だったため何も言えない。だがだからと言って主人になんの断りもなく開けるなんて! 宝飾品を探す手を止めバッと扉のほうを向けば、銀の髪がさらりと揺れた。
「……まだ支度終わっていないんだけど」
「悪いな、急ぎだったから開けてもらった。それに、支度はできているじゃないか。よく似合っているな」
ちっとも悪びれた様子のないリヒターに頭痛を覚えながらも、褒められたことに「ありがとう」と短く礼を告げた。
その際、リヒターが何やら箱を手に抱えているのが目に入った。何かしら、と失礼にならない程度にその箱を見ていれば、「仕上げだ」とリヒターは笑った。近くにあったテーブルにその箱を置くと、リヒターは鍵を使い開く。わざわざ部屋に持ってきたということは自分に関係するのか、とアンジュが近づけば、そこに入っていた黄とも金とも取れるような色をした宝石の数々。どれも形は整っており、よく見るとすべてアクセサリーになっているようだった。
「これ、は?」
「仕上げと言っただろう。ネックレス、ピアス、髪飾りもある。青のドレスだから迷ったんだがな、お前は髪色が銀だからこの色でもあうだろうと思って準備したんだ。……あぁ、やっぱりよく似合う」
リヒターは箱から髪飾りを取り出すと、アンジュの髪に宛がった。鏡を見ていないから似合うといわれてもよくわからないが、少し離れた位置に控えていた侍女が目を輝かせたので、本当に似合っているのだろう。彼女はよくも悪くも正直な性格をしているから。
慎重な手つきでリヒターはアンジュの編まれた髪に飾りをつけてやると、満足げに頷いて次いでネックレスに手を伸ばした。アンジュの瞳と同じブルーの宝石を中心とし、黄玉がそれを囲うように支えるデザインのそれは、目立ちすぎず、だがアンジュの魅力を引き立てるように首元で輝く。
鏡が見たい、ちらりと姿見の方へ視線をやれば、すぐにアンジュの考えを察したのか執事がそれを近くまで寄せた。鏡に映る自身の姿は、自分でいうのもなんだがなかなかに綺麗、だと思う。ユラのような美少女や一応ヒロインに勝るとも劣らないのは宝飾品のおかげね、とそっとネックレスを撫でる。オルフィーユの令嬢として、これまで様々な宝飾品を見てきたアンジュだったが、リヒターの持ってきた飾りはそれに劣らぬ美しさを持っており、いったいどうやって手に入れたのだろうかと首をかしげたくなった。
だがそれよりも先にリヒターより「さすがに自分でつけたほうが安心だろう」とピアスを手渡された。それまでつけていたブルーの石のシンプルなものを外し侍女に預け、リヒターから受け取った金の石の嵌った小ぶりなピアスに付け直す。多すぎず少なすぎず、ちょうど良い宝飾品の量に、だから侍女は部屋にある宝飾品をだすことを渋ったのかと納得した。それをなぜ自分に言わなかったのかということに疑問を覚えながら。
すると鏡の前でリヒターはアンジュの左手を取り、手袋の嵌った上からそれにそっと口づけ、
「俺は、やるからにはとことんがモットーだ。パーティのエスコートという話だったが、恋人や婚約者らしくふるまったほうが相手にダメージを与えられるんじゃないか?」
と、薬指に指輪をはめた。ネックレスと統一したのか、金の台座に青い石の嵌った指輪は、見れば同じものがリヒターの指にもはまっていて、そこでドレスの色・宝飾品の色について悟った。
青はアンジュ、金はリヒターを指しているということに。
それぞれの瞳の色を模しているそれらは、あきらかにアンジュとリヒターの間に何かがあると言っているようなもので、リヒターの「やるからにはとことん」という言葉が本気であることをわからせてくれた。
よもやこの短時間でここまで準備できるとは。
アンジュは小さくため息を吐くと、自分の指にはまる指輪をじっと眺めたまま、
「貴方は本当に、何者なの?」
とぽつり尋ねた。指輪から目を逸らし、自分よりも上にある顔を見ようと顔を上げれば、そこには困ったような表情を浮かべるリヒター。
聞くな、ということだろうか。
そんな彼に再びため息が漏れる。この人は、秘密が多すぎる。
彼是四年の付き合いとなるが、その間に知ったことだなんてたかが知れている。ここ最近の怒涛の数か月の間に知ったことのほうがインパクトは大きい。アンジュもまた彼と同じように自分のことをずっと話さないできたが、それでも数日前に話した元婚約者のことで大きな秘密は残っていないはず。
だから貴方も話してと、そういうつもりはないがそれでもそんな思いがあるのも確か。
だが、実をいうと、彼の正体について予想がついているといえばついている。
確信をもってそうとは言えないため、彼が何者なのかわからない、という結論付けるしかないのであった。
直接聞いてもこの様子では教えてくれそうにもない。言わぬと決めたことに関しては絶対に自分が良いと思うまで口を開かない男だというのは、これまでの付き合いでよくわかっていた。
姉の晴れの場だというのにどうしてこんな人を探るような真似をしなければならないのかしら。奴らとの邂逅で気分が降下していた上にこれだからまったくもって疲れる。
そんなことは気にせず、ただ「ありがとう」と微笑むのが一番なのかしらね。
そうは思ってもそれでは実に自分らしくないし、ただ笑って無理に納得するばかりが良いことではないと、四年前、婚約を破棄したときに学んだではないか。
それでも、この場はそれで納めるべきなのだろう。執事や侍女が心配そうにこちらを伺い、リヒターはいよいよ困った表情から申し訳なさそうな表情をし始めている。
仕方ない、これ以上は黙っていることにしよう。いずれ、彼がきちんとすべてを説明してくれることを願って。
「宝飾品と、それからこのドレス、すごく素敵だわ。本当にありがとう」
「…………、ドレスのことは、よくわからないな」
最初の沈黙が、アンジュが身に纏うドレスを準備したのはリヒターであると物語っているようだったが、それでも彼は誤魔化すらしい。
誤魔化してばかりの傭兵さん。
いつになったら、私は本当の貴方に出会うことができるのかしらね。
ドレスについて書いているうちに「センスって……いったい……」と迷うこと一時間。この世界ではこれこそがセンスなんだ!と言い張ります。
そして最後のアンジュの想いはいつも以上にぐっだぐだになってしまってほんとうに申し訳ないです。




