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自分の想い人を貶された男たちは、今にもアンジュに襲い掛からん勢いであったが、アンジュはそんな様子にくつりと笑う。
こうなったらとことんライバル令嬢を演じてやろうではないか。
残念ながらアンジュは自分の行動がライバル令嬢というよりも『悪役令嬢』に近いものとなっていることに気付いていないが………知らぬ方がよいこともある。
「貴方たちとは少しお話……というか聞いてみたいことがあったの」
腕を組み、高飛車になるよう心掛けアンジュは小首を傾げた。
ユラの「かっこいーい……」という呟きに気分がよくなりながらもそれを表情に出さず、ライバルらしい――端から見たら悪役らしい――笑みを浮かべる。
「跡取りはどうなったの?」
その一言に男たちは皆ギクリと顔を強張らせた。
それもそのはず。ここにいる彼らの共通点は、目の前の女に想いを寄せ心酔していることと、皆が貴族でそれぞれの家の跡取りであったにも関わらずそれを外されたこと。それをわかっていながらもそのような聞き方をしたのは、いけしゃあしゃあとジュリエッタの結婚式に来たこと、それからその式の直前に問題を起こそうとしたこと、その二つに対する怒り。彼らは女がアンジェリーナの婚約者を奪ったことを知っているし、むしろその元婚約者だってこの場にいる。顔を会わせ辛いという気持ちやオルフィーユの婚約者を奪った女をつれてくることに対する何らかのおもいを抱くことがないというのだろうか。
だからこそ、怒りを抱き、彼らが一番傷付くであろうことを、一番傷付く方法で告げてやった。
ユラは「かっこいい」だなんて言ってくれるが、アンジュはそんな自分が醜く思うてたまらなかった。だから、私はレディレイクへ逃げたのにと。認めたくなくてたまらなかった。
だけど、いつまでもそうやって逃げているばかりじゃあこの女はいつまでもこのまま変わらないだろうし、男たちもそうだろう。
彼らはわかっていない。自分のしでかしたことにどのような責任が付きまとうのか否かを。
『真実の愛』だと、男たちは告げた。
レジーナという庶民の女を愛することこそ真実で、もとよりいた婚約者に対する想いはただのまやかしでしかないと、そう告げた。
四年も前の出来事ではあるが、アンジュはそれを鮮明に覚えている。彼女自身が、元婚約者にそういわれたことがあるからである。
まやかしだからなんだと、アンジェリーナは尋ねようとした。
だがそれを言ったところで、レジーナに心酔しきっている男たちの耳には、何も入らぬだろうから。何も言わなかった。
お前たちが婚約していたのは、『愛』のためだったのか?
『家』のための婚約だったのではないか?
貴族というのは、時に自分の感情以外のところで動かなければならないこともある。男たちがもとよりいた婚約者に対する想いがまやかしであるというのならじそれでよい。だが、まやかしだから、なんだという?
『愛』のための婚約ではなく、『家』のための、家を存続させその歴史を紡ぐための、言わば『使命』だったのではないのか?
男たちはいまだにそれに気付かぬようだが、傍から見れば男たちの、そしてレジーナのやったことが、貴族社会では爪弾きにされるようなことであることはすぐにわかる。
彼らの家の人間、当主やそれに近いものたちはすぐにそれが分かったのだろう。
レジーナに心酔した者すべてを、情け容赦なく、家の跡取りから外した。
そうしなくては、永く続いてきた歴史がそこで閉じてしまうから。
彼らが跡取りから外された理由はそれだけでない。
レジーナは多くの男を囲っている。そんな女が妊娠したとして、誰の子であるか、わからないだろう。
男たちは他の女性との間に子を儲ける気はないとも言っていたために、次代を期待できぬ男に、跡を継がせるわけにいかないと考えたのだろう。
愛するつもりはないが、レジーナでない女性との間に子を儲け次代とすると、そういっておけばもしかしたら話は違ったのかもしれないが……貴族女性というのは、気高いもの。他の女の代わりで満足するような変わった考えの持ち主はめったに、というかまったくいないと断言できるだろう。
全ては王都の情報を多く手に入れることができる従兄から聞いたことだったが、男たちが跡取りから外されたときのことがアンジュはすぐさま目に浮かんだ。
なぜ、自分が跡取りから外されなければならない。そう、みっともなく喚く男たちの姿が。
アシェル曰く、それぞれの家の当主方は、跡取りから外す理由を言わなかったらしいので、アンジュの予想はきっと当たっているだろう。
今尚その理由がわかっていないとしたら滑稽でたまらないなと思うが、実際はどうなのだろうか? ぎくりと顔を強張らせただけではわからない。
それを探ろうと、もう少し言葉をかけようとしたところで、
「貴女だって家の仕事を放棄しているじゃない! そんな人間が彼らに何かを言える訳ないんだから黙ってなさいよ! もう、貴女の出番はないのだから!」
という高い声が耳に響いた。そんな行動ばかりしているから無礼な女と言ったのに、それがわかっていないらしい。男たちはそんな貴族令嬢とは違った面に引かれたのかもしれないが、この場にいる以上は最低限の礼儀とマナーを学ばせるべきなのではないかと嘲笑する。
どこまでもこの女は私に攻撃されたいらしい。醜くってたまらないけれど、だからと言って負けてやったりしないわ。
だが、アンジュが口を開くよりも前に彼女の隣に今だいるアンジュの元婚約者が「言いすぎだレジーナ」と首を横に振って諌める。その一言にアンジュは目を丸くし驚き、女は男の一言を不満に思ったようで口を膨らませる。「なんでそんなこというの?」とはっきり尋ねた女に、元婚約者は呆れたように首を横に振り
「彼女のほうが我々よりも上位だということを、忘れているんじゃないか?」
と誰に言うでもなく告げた。
たしかに、この場においてオルフィーユよりも上位の家の人間はいない。さすがに王族や三大貴族を持ち出されたらオルフィーユ家は叶わないが、三大貴族の人間は女の囲いにはいないし、王族の男は現在そのような場に出ることを許されていない。これもアシェルから聞いた情報で、だからこそ王族の一人が寵愛する女にここまで攻撃を仕掛けられたともいえる。
あんなにも子供っぽくすぐに感情的になっていたあの男が、こんなことを言えるなんて、とアンジュは驚きじっと見つめていれば、男はレジーナから離れ「大変失礼いたしました。彼女には後程よく言い聞かせますので、この場は私に預けていただけないでしょうか?」とアンジュに謝罪した。
そん言葉に女は再び顔を真っ赤にさせ、元婚約者以外の男たちは彼から離れた女の慰めにかかった。
「……貴方が何かを言ったところで、それらが反省するとは思えないけど?」
「………………ッ」
「ま、いいでしょう。元婚約者の好みでこの場は貴方に預けましょう。摘み出されなくてよかったわね、無礼者。……聞いていないだなんて、本当に、無礼者たちばっかり。これじゃあいつまでたっても跡取りに戻ることはなさそうね」
実に楽しそうにコロコロと笑えば、元婚約者は顔を青くさせひたすら頭を下げた。
女の目にその姿は見っとも無くうつるのだろうが、この場においての行動としては正しいことこの上ない。
やっぱり、無礼な女
もとは貴族らしい振る舞いが取れていたはずの男たちまでもが女に感化され、堕ちたようだ。
肩を竦めていれば、後ろからユラがちょいちょいと肩を叩いてきたのでそちらへ振り向く。
「どうかしたの?」
「執事さんがね、そろそろ支度をしないと間に合わないんじゃないかって」
「あら、もうそんな時間? そうね、じゃあそろそろお暇させてもらおうかしら」
いまだ怒りを露わにするものたちのほうへ向き直ると、アンジュは完璧な淑女の礼をして見せ「それでは皆様、また後程お会いいたしましょう」と微笑んだ。
ユラと執事に「それじゃあ行きましょうか」と言えば、執事はアンジュに倣って、客人である無礼者に恭しく頭を下げる。だが、ユラだけは「先に行ってて!」とアンジュの背を押し、手を振る。
「アンジュちゃんはホスト側だから先に入らなきゃでしょう? 私はもうちょっと余裕があるみたいだから、ちょっとやることをやっていこうと思って」
ユラの言葉にアンジュは首をかしげたが、次いで告げられた「本当に間に合わないのでお嬢様は早くお支度を……!」という執事の必死な声にユラに何かを言うよりも前に背を押され連れて行かれてしまう。
「ねえちょっとこれはさすがに私にしつれいじゃなくって?」「そんなことを言う暇があったら足を動かしてください!」というなんとも執事とお嬢様のらしからぬやり取りをしながらその場を立ち去る二人をユラは楽しそうに見ていたが、やがてユラ同様男たちの方を見ると、笑みを深くした。
「貴女は、彼女が家の仕事を放棄したと、していないと、そういったよね」
「な、なによあんた……ッ」
「私のことは今はどうでもいいでしょ。貴女は、さっき彼女が家の仕事をしていないと放棄したと、そういった。けどね、そんなことないよ。私は貴方たちがどんなことをしてきて、どんな理由で跡取りを外されたのかなんて詳しくは知らないけど、それでも、貴方たちに彼女を、私たちの大事な人を侮辱されて黙ってはいられないんだ」
きれいな花には毒がある、とはよく言ったものだと思う。
ユラの笑みには、見たものを虜にする美しさがあったが、するすると何かが絡み付いてくる、男たちはそんな気がした。
「『氷の町』の話、知っているでしょう。ボーアの権威が強い、かの呪われた地。あの地を元に戻したのは、貴女が『仕事を放棄した』といった、アンジェリーナ嬢よ。彼女はレディレイクにいる間、オルフィーユの人間でなく、ボーアの一族として過ごしていた。だから、彼女は『家』の仕事を放棄したとは言えないわ。わかったかしら、失礼な人たち」
女は、ユラの目が笑っていないことに気付いた。それと同時に襲いくる悪寒。
自分はもしかしたら、怒らせてはいけない人間の大事なものに刃を向けてしまったのかもしれない。
ユラは一歩、また一歩と女に近づき、彼女の頬を撫でる。ヒッと彼女の顔が引きつったのをみて、ユラはまたも楽しそうに笑みを深めた。
「よかったねぇ、今の私がただの私で。あっちの私だったら、もしかしたら、貴女のその綺麗な首から上は、綺麗な胴体と一緒にいられなかったかもしれないよ」
手を頬から首にずらし、優しく撫でてやる。時折ユラの爪が当たり、びくりと体を強張らせるのだが、男たちはそのユラの独特な空気に飲み込まれてしまい、動くことも、言葉を発することもままならない。
オルフィーユ家の、人の気配のないこの通り。もしかしたら、あの執事が人払いさせたのかもしれないな、なんて思いながら、ユラはこの女をどうするか悩む。
だが、残念ながらユラの悩みはそこで途絶えてしまう。
「何をしているんだ?」
不思議そうに、だが全てわかっていると言いたげな声をしたその言葉に、「タイムアップかぁ……」なんて小さく呟くと、ユラは女から離れた。




