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 アンジュのこわばっていた表情が最近になって漸く見せてくれるようになった気が強くもどこか慈愛に満ちた表情に変わったのをみて、ユラは彼女にばれぬようそっと溜め息をついた。



 この少女は――とはいえアンジュはすでに18を越えた(成人した)大人であるのでその表現は少しおかしいか――、表情豊かに見せ掛けてその実殆どが作り物である、と常日頃ユラは思っていた。

 例えば、傭兵ギルドにて受付をしているとき。あれは客商売のようなものでもあるので、作り笑顔を見せるのもわからなくはない。はじめてギルドで彼女とであったときから最近になるまで、ずっとそのような表情を見せられた。それこそが彼女自身を守る盾とも言えるのだろうが、人の表情の変化や感情の移り変わりをすぐに察知してしまうユラとしては大変悲しいものであった。

 面と向かって「私を、私たちを信頼していいんだよ」と言いかけたことは片手では数えられぬほど。その度にリヒターよりきつい注意を受けていた。

 表向きは自分の方がアンジュと仲が良いというのに、時折リヒターの方が彼女のことをよくわかっているようでそれが大変歯がゆかった。

 だが、リヒターの想いを誰よりも、恐らく本人よりもわかっているユラはそれでいいのだと自分を納得させていた。


 どうせ自分は同性で、リヒターの(・・・・・)望むような仲(・・・・・・)にはなれぬのだから。


 だがそれでもアンジュに好意的な気持ちを抱いてしまう自分がいるのも本当で。

 自分のことは自分がよくわかっている、とそれまでは思っていたがそんなことはなかったと撤回しなければならなくなった。

 自分が変人、下手をすると奇人と呼ばれる種の人間というのはわかっていたが、よもや男だけでなく女にまでそのような(・・・・・)感情を持つだなんてことを、ユラはアンジュと出会ったばかりの頃は予測していなかった。


 これだから世は面白い、と感じるのだが、リヒターには「そんなことを考えるのは貴女(・・)ぐらいだ」と言われてしまったことも少なくない。



 そんなわけだから、感情を露にした彼女の怒りの顔に、なんとも言いがたい感情を抱いてしまった。それを口に出してしまえば、関係が崩れてしまうのをよく知っていたユラは、なにも言わず、それから考えることをやめ、アンジュのいう『ただの美少女』に戻ろうと努めたのであった。




 さて、落ち着いたアンジュはというと、隣にユラをつれたまま意を決して騒ぎの中心へと足を進めた。何やらユラが変な顔をしていたようにも見えたがそれでも彼女は変わらず可愛らしかったためなにも言わなかった。


「いったい、なんの騒ぎなの?」


 今現在身に付けているのが庶民の着るようなワンピースであると思えぬほどに、アンジュは威厳たっぷりにそう尋ねる。

 やはりというかなんというか、そこにいたのは予想していた人物たちの姿で。

 アンジュは彼らの中心にいた、尚且つ騒ぎの中心でもある女を見るなり、思わず令嬢らしからぬことが口をついて出そうになった。それをどうにか飲み込むと、彼女のとなりに佇む男をちらりと一瞥し、興味がないと言わんばかりに彼らより視線を逸らした。


 次いで女たちの相手をさせられていたオルフィーユの年若き執事に「ねぇ、リヒターさんの居場所どこかわからない?」と尋ねた。

 その言葉にユラは拗ねた表情を見せるも――恐らくは自分だけじゃ駄目というのかと言いたかったのだろう、と思う――直ぐ様アンジュの思惑に気付いてくれたようでにんまりと……ではなく、どこか妖艶な笑みを浮かべた。拗ねた表情は大変美少女らしいものであったが、現在の表情はなんとも美少女というには成熟した、言い方は悪いが『女』らしい表情だと思った。だがどちらも変わらず美しいのは言うまでもなく、あの女こと物語のヒロインに絆された筈の男共が皆一様にユラを見つめた。それに女は機嫌を悪くしたようで、唯一ユラに骨抜きにされなかった、アンジュが先ほど一瞥をくれた男に腕を絡め、扇で口許を覆った。その顔は彼女を嫌っているアンジュですらも可愛らしいと思ってしまうものだったが、ユラの足元にも及ばぬ表情だと評価した。物語のヒロインといえど、本当の美少女には叶わぬということだろう。

 骨抜きにされなかった男が、女を、それからユラをも見ることなく、真っ直ぐにだが辛そうにアンジュの方を向いていたのも、女がユラに叶わぬという現実を作る手助けをしていた。


 そんな顔をするのなら、はじめから、…………


 アンジュの顔にはなにも浮かばない。怒りも、悲しみも、元婚約者に対する思いは、なにも。



 多種多様な想いを抱くこの場に執事はなんとも居心地悪そうにしていたが、仕える家の令嬢の疑問に答えるべく、口を開いた。


「リヒター様であれば、早朝に出掛けられて以来私は見ておりません」

「まだ帰ってきていないのね。ありがとう、もう下がっていいわ」

「いえ、しかし…………」


 そういって年若き執事が視線を送るのは自分の主人が目にいれても痛くないと公言するほど可愛がっている二番目の息女の、天敵ともいえる女。このような躾のなっていない女を天敵などと表現したくはなかったが、一応はもう一番目の息女の客人の客人であるため少しばかり心の中の表現を和らげておく。たいして意味のなさぬことであるは思うが。


 二番目の息女は執事が言わんとしていることを察してくれたようで――大変優秀なこのかたらしい、と執事は思う――自分とそれから彼女の客人にのみ柔らかな表情を見せ、それから何をとは言わぬが、地に落とした。


「誰かそこにいるのかしら? まさか姉さまの客人がいたというの? 私にはただの無礼な女しか目に入らないわ」


 なんとも辛辣な言葉をかけられる。

 二番目の息女は昔からそうだ。自らが味方と決めたものにはとことん甘く、逆に敵と決めたものにはとことんきつい物言いをする方だった。年若き、とはいってもそれは周りの執事からするとという接頭語がつく、二番目の息女と同い年の執事は、幼馴染み兼元は自分が仕えた『お嬢様』の変わらぬ姿に、見付からぬようそっと笑みをこぼした。

 顔を真っ赤にさせ今にもお嬢様に掴みかからんとする勢いの女から万が一の場合はと盾になるよう前に出れば、彼女は手を降って自分に下がるよう指示した。どうやら、女が手を出したら出したで良いと考えているらしい。


 貴女はよくても、それをお怒りになる方はたくさんいるのですよ


 自分の今の主人に夫人、それから一番目の息女や次期当主の子息。自分だってその一人だし、リヒターとユラという彼女のとんでもない(・・・・・・)客人も。二人について主人から教えていただいたときは「お嬢様……いい加減人を寄せるのはやめてください……」と溜め息をついてしまいそうになったほど。彼女は、彼女が思っている以上のものたちに慕われているといい加減気付いてほしい。とんでもない二人の他にも、彼女を『姉』として慕うそれなりの貴族階級にいる少女たちの存在を知らぬであろうお嬢様に、そんなときでないとわかっていながらもため息が漏れそうになった。



 さて、自分を庇おうと前に出た執事を下がらせたアンジュは、彼が心配そうに、だがどこか呆れを含んだ目でみてくることに疑問を抱きながらも女をついとみる。

 女はわなわなと震え、その取り巻きの男たちも同様に怒りの感情を露にしたが、アンジュはどうして彼らがそんな感情を見せるのかわからない、といった様子で小首をかしげた。実際はその理由をわかっているが。


 彼らはどうやら忘れているようだが、女はただの平民にすぎず、対するアンジュは平民のような格好をしているもののその血は国内上位の貴族のもの。比べることも烏滸(おこ)がましいほどの差である。あえてそのことを自慢したりすることはないし、その権力を使ってどうこうしようとする気もない。


 でも、私はライバル令嬢よ

 ヒロインに敵意を抱いたって構わないでしょう?


 ヒロインだのライバル令嬢だのとゲームの世界観を持ち出さずとも、女のことをアンジュは嫌っているのだからそのようなことを考える必要はない。だけど、せっかくなのだからそういう風にしてもいいでしょう?

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