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ライバル令嬢改め受付嬢始めました  作者: 花菜
第一章 ユラの恋
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 カランカランというベルの音に、反射的に扉の方を向けばそこには元気そうなリヒターとユラの姿があった。真っ直ぐ受付カウンターへと来る二人に頭を下げ「お疲れ様です」とアンジュが告げれば、「こんにちは」というどこか大人しい声と「おう」という短い返事が返ってきた。どこかぽーっとしている様子のユラに首を傾げながらも、見たところどこも怪我をしている様子はなかったのでアンジュは笑みを浮かべて「報告承ります」とマニュアル通りの言葉を口にした。


「無事討伐完了した」

「御怪我はありませんか?」

「問題ない。もう少しランクを下に設定しても良いんじゃないか?」


 二人に言ってもらったクエストのランクはBランク。上からS・A・B・C・Dの5段階に分かれているので、ちょうど真ん中辺りの難度だったが、二人には余裕すぎるものだったらしい。

 ―――そりゃあSランクにはBランクのクエストなんて簡単よね。

 ばれぬようそっと考えつつ、「調整しておきますね」と言い報酬を支払えば「確かに」とリヒターが確認した。

 そしてそっとユラの方を向けば、彼女は未だぽーっとした様子で、あらぬ方向を向いていた。そんな彼女の普段と違う雰囲気に、バックヤード(カウンター奥)の男共は心配そうに、彼女の雰囲気にのまれていた。これじゃあ仕事が進まないだろうがここでまた自分がユラをどこかへつけて行けば文句を言われるだろう。どうすべきか悩んでいると、それらに気付いた空気の読める男(リヒター)がちょいちょいと指で自分の方へアンジュを呼んだ。ユラのことを説明してくれるのかしらとそちらを向けば、リヒターはアンジュの耳元に顔を近づけた。そこで起こるきゃあという高い悲鳴にも気付かないユラは相当重症なようだ。リヒターはそれらに構うことなく、小さな声で


「仕事が終わったらユラ抜きでちょっと付き合ってくれ」


 と告げた。

 すぐに顔を離し、何やら難しそうな顔をするリヒター。アンジュは彼を安心させるべく「三十分後にギルドの裏口へ来ていただけますか?」と笑みを零した。リヒターは短く「助かる」とだけ告げると、ユラの襟元をむんずと掴み再びカランカランとベルを鳴らしてギルドを後にした。


 ―――さて、どうしようか


 普段はユラが自分を誘うのを黙ってみているばかりのリヒター。文句を言うことなく、またついて来る必要もないにも関わらず必ずユラと共に自分のもとへ来る彼。二人が別々に行動しているところを見たことなどなかったからこそ、「ユラ抜きで」という言葉には驚いた。二人が一緒にいないことに違和感を覚え、ふと、一つの疑問が浮かんだ。


「……どういう関係なのかしら」


 小さな声は、興奮収まらぬ事務官たちに届くことはなく、ふわりと消えた。




 きっちり三十分後。忙しい日以外は交代で行っている受付業務をルイーシャへ任せ、更衣室に戻る。白いワイシャツに黒の膝丈スカート、同色のベスト、アクセントの赤いスカーフというギルドの制服から、ブルーのワンピースに着替えると、アンジュはバッグを手にして裏口から外に出る。


「すみませんお待たせしました!」

「いや、急に悪かったな。予定は大丈夫だったか?」

「お二人がそろそろ報告にくる頃かなと思っていたので」


 そう告げ顔をほころばせれば、安心したようにリヒターも笑いかけた。



「で、何があったんです?」


 そう尋ねるのはギルドから少し歩いた頃のこと。いつまでもギルドの裏口に留まっていれば、ギルド事務官たちからの嫉妬の視線が突き刺さりかねなかったためである。恐ろしいものからは離れるに尽きる。様々な経験からそう判断したアンジュは、今にもユラについて話を始めようとしていたリヒターの腕を引いてギルドから離れた。

 そうして尋ねた言葉に、リヒターは眉間にしわを寄せ「なんて説明すべきなんだろうな」と呻った。


「先程言おうとしたことで構わないですよ」

「『なんて説明すべきなんだろうな』」

「まさかの同じ言葉!」


 吃驚ですよ、と呆れ半分に告げればリヒターもそういわれるのが分かっていたのか顔を背けた。


「簡単にで大丈夫なので、ユラちゃんがああなっちゃった原因を教えていただけますか? ……あれ、そういえば私ユラちゃん関係で呼ばれたと思っていたんですけどもしかして別件ですか?」

「いや、ユラ関係だ。……簡単に、まあたしかに簡単に、むしろ一言であいつの様子の説明はつくが……」


 なんとも言い辛そうにするリヒターは、やがて「まあいいか」という結論に行きついたらしく、隣を歩くアンジュへ視線を向け、


「恋煩い」


 と短く一言口にした。

 アンジュは一度足を止めると、ぱちぱちと瞬きを数度繰り返し、リヒターの顔をまじまじと見つめた。そんな彼女の様子にリヒターも足を止め、「お前が簡単に話せと言ったんだろう」とどうしてアンジュがそんな顔をするのか分からないとでも言いたげに返した。

 アンジュはその言葉に、「そっかあ、美少女だって恋はするわよね……」とよく分からぬ納得の仕方をし、再び足を進める。


「ああ、あいつだって恋はする。恋をする。滅茶苦茶する。ひたすらする。とにかくする」

「だんだんグレードが上がっている気がしますが」

「気のせいだ」


 大きな掌で額を覆うと深い溜息を吐くリヒターに、アンジュは彼が悩む理由を察した。


 リヒターさん、もしかしてユラちゃんのことが……

 それでいつも一緒にいるのか……

 それなのにユラちゃんが他の人に恋しゃうなんて、確かに困っちゃうわよね


 アンジュは納得したと言いたげに一つ頷くと「任せてください!」と笑みを浮かべた。

 対するリヒターは、どうして「任せて」などという言葉が出てきたのか分からないと首を傾げ、その疑問を正直にそのまま「どういう意味だ?」とぶつけた。


「ユラちゃんの目を覚まして、無事リヒターさんの元へお届けすればいいんですね!」

「違う! おまえ何か勘違いしているだろう!」

「勘違いも何もありませんよ。大丈夫ですよ、ユラちゃんめちゃくちゃ美少女だけどリヒターさんだって負けていませんから!」

「お前の言いたいことわかったぞ! だが違うからな!」


 全てを察したらしいリヒターは、誤解を解くべく否定しアンジュの肩を掴んだ。

 どうしてそんなに必死な様子を見せるのか分からないアンジュは「違うんですか?」と不思議そうな表情を浮かべた。


「違う、誤解だ。茹でダコも驚いて逃げだすほどに真っ赤な誤解だ」

「相当赤いですね」

「ああ、相当赤い」


 この場に第三者がいたならば茹でたタコが逃げるほど赤いとはいったいどんな赤さだ、と尋ねているのだろうが生憎この話を聞いているのはアンジュとリヒター両名のみ。「そっかあそんなに赤いんですね」「そうだそれほどに赤い」などと言い合う二人にその例えを疑問視する考えなど微塵もなかった。


「それでその真っ赤な誤解は置いておくとして、どうしてリヒターさんはユラちゃんが恋をすると困るんですか?」

「あぁ、それは…………アンジュちょっとこっちこい」


 今度はリヒターがアンジュの腕を引き、建物の影となる位置へと連れ込んだ。突然の流れにアンジュは思考がついていけていないのか、なされるがままリヒターの導き通り彼に着いて行く。

 そこからひょこりと頭を出す形で大通りをリヒターは眺め、あろうことかアンジュにもそうするよう告げた。さすがにそれは、と不審者にしか見えないリヒターから身を引いた。だがリヒターが短く「ユラがそこにいる」と告げれば、素早くリヒターよりも少し下の位置からひょこりと頭を出した。その変わり身の早さと言ったら言葉で言い表すことがかなわぬほどである。


「で、ユラちゃんはどちらに……」

「あそこの……喫茶店の前で男と並んでいる」

「あぁあのオレンジ色の髪の女の子ですね。顔がよく見えないから美少女(ユラちゃん)とは気づきませんでした、よ……」


 隣の男はこちらを向いているな、と思いアンジュが少し身を乗り出すと、彼女の銀の髪がふわりとゆれた。身を乗り出し過ぎて倒れそうになったところをリヒターが支え、礼を言おうとした時。


「……え」


 ばっちりと男と目が合ってしまった。まずい隠れなくてはと思うものの、あまりの衝撃にすぐさま動くことがかなわなかった。


「アンジュ?」


 リヒターも同じように男を見るも、どうしてアンジュがそのような表情を見せるのか分からないと言わんばかりに彼女の名を呼ぶ。だがアンジュはリヒターの声が聞こえないのか、「嘘でしょう……」と小さく呟き、


「アシェル……?」


 と、ユラの隣にいる銀色の髪の男を見つめた。

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