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ドレスの調整をしている女性陣とは変わり玄関ホールに残ったリヒターたち男性陣。いつまでも玄関ホールで話しているのは、と応接室に案内されたリヒターは、さすがオルフィーユ家だなと感嘆の溜め息をひっそり漏らした。外装だけでなく内装までも美しい屋敷は、国内トップクラスを張るオルフィーユらしいものであり、だがその美しさは全く嫌味にとれない。
あの娘にしてこの家あり、だな。
少し使い方は異なるかもしれないが大体あっているだろう。出された紅茶を啜りながらそんなことを考えるのだった。
紅茶一口啜る姿すらも様になるリヒターをアンジュの弟ことコンラッドはじっと見つめる。隣の父も同様にリヒターを見つめていることから思っていることは同じなのだろうと推測する。
手酷い裏切りによって王とを出て母の実家のあるレディレイクへ越してしまった姉が一緒に帰ってきたリヒター。あの件から四年も経っているので、てっきり既に二人は関係を持ったのだろうと思っていたのに、姉のあの否定。恥ずかしがってそういうことをする人でないことは長年家族であればわかること。ということはきっと本当になにもないのだろう。がっかりと気落ちしてしまう。
早く手をだしてしまえば良いのにと思ってしまうのは弟としては不味いだろうか。
そこでふと、あることに気づいた。
「リヒター殿」
「リヒターで構わないぞ。呼びにくいならアンジュのようにリヒターさんでもいいしな。俺のほうが年上だが、お前はアンジュの弟なんだ。もちろん、オルフィーユ卿も俺のことはリヒターと」
「……あぁ、そうさせていただこう。ここにいるのは、娘のつれてきた客人であるリヒターなのだしな」
「ではそうさせていただきますね、リヒターさん」
どこか含みのある言葉を告げる父に倣い、気軽な呼び方をする。
そして紡ごうとした言葉を再度口にのせる。
「姉のことはどこまで姉から聞きましたか?」
「…………アンジェリカ・ディラックのことのみ、だな」
父の顔をちらりと盗み見れば、コンラッドの視線に気付いたのか先を促すように頷かれる。当主はどうやらこの場の交渉権を跡取りに譲るつもりのようである。
「単刀直入に言います。貴方がここにいる以上は、あの事件を知っていただかないわけには、……知らないことになっているわけにはいきません」
「だろうな。だが、俺はアンジュが話したいと思わなければ聞くつもりはないし、二人から聞こうとも思わない。《銀槍》のこともそうだっただろう?」
苦笑にも似た笑みを浮かべるリヒターだが、そんな悠長なことをいっていられないことはわかっていた。コンラッドが言った言葉の意味だって理解はしている。
だがそれでも、アンジュに関することは彼女を見て彼女から聞いて、それから判断したい。
三年前にも、告げた通りである。
息子に任せようと思っていたオルフィーユ家当主だったが、二人のやり取りから頑固者の相手はまだコンラッドには早かったかと内心苦笑する。学校を卒業し、自分の仕事をオルフィーユの後継者として正式に手伝わせているわけだが、このような相手の対処法はまだ甘いようである。
ここはコンラッドの、それからアンジェリーナの父として、一肌脱ごうではないか。
「リヒターくん。君は、アンジェリーナから直接聞くことができるならば、それでいいんだね」
「……? えぇ、そう、ですが」
オルフィーユ家当主の言葉に歯切れ悪くも返答すれば、彼は満足そうに何度も首肯した。
対するコンラッドは父が何を考えてそのようなことを言ったか察したようで、まだまだ叶わないなと肩を竦めるのだった。
そんな話をしていなかったかのようにその後はかすりもしないアンジェリーナのアンジュとしての生活についてリヒターの知っている範囲で答えたり、逆にアンジュの幼い頃の変わり者っぷりを父やコンラッドが話すなどしていたのだったが、コンコンという控えめなノックにてそれは中断される。
入室してきたのは燕尾服を身に纏った執事で、「どうかしたのか?」と主人であるオルフィーユ家当主が彼に尋ねた。
「お嬢様の御支度が整われたようですのでその報告に参りました」
「そうか。なんといっていた?」
「大変気に入られたようであると同席した侍女は申しておりました」
目元のシワをもっと深くし、執事は笑うと「皆さまはまだアンジェリーナお嬢様の御部屋にいらっしゃいますが、いかがなさいますか?」と尋ねる。
少し迷い、当主は「談話室へ移ろう」とコンラッドやリヒターに告げ、腰をあげた。
ゆったりとしたソファの置かれた談話室へ男性陣が向かうと、談話室に近いアンジェリーナの部屋にいた女性陣は既に各々好きな席を陣取って寛いでいるところだった。
よう、と手をあげリヒターがアンジュやユラに話しかけようとすれば、三人掛けのソファに座っていたユラがまた素晴らしいほどの美少女具合で満面の笑みを浮かべる。その様子に隣に座っていたアンジュは困ったように笑うばかり。いったい何事かと困惑していれば、ユラは「リヒター!」と弾んだ声をあげた。
「すっごいの! もう、本当にものすっごい!」
「…………あぁ、アンジュのドレスか?」
流石付き合いが長いだけある。一人感心しながらアンジュは二人が話す様子を眺める。
いざ細かい調整が必要だからとドレスの試着をしてみて。装飾品も化粧も何一つしていない状態であったにも関わらずドレスは大変アンジュに似合った。母や姉までもが感嘆の溜め息を吐き、ユラに至っては興奮してずっとどんな言葉を贈れば良いのかわからなくてありきたりな言葉しかでてこないようで、「すごい!」だの「綺麗!」だのと言い続けていた。綺麗なドレスを着て、またそれが似合うものであったとあらばアンジュだって女の子。大変喜ばしく思った。だがさすがにユラのこの調子が続くといい加減疲れてくる。自分のことのように喜んでくれる彼女にそれを告げるのは憚られ、それでリヒターが来てくれた途端に困ったような、それでいて嬉しそうな表情を見せたのだった。
「お前ちょっとは落ち着けよ」
言葉でどうにかリヒターにアンジュのドレスの美しさを伝えようとしていたユラだったが、放っておけばいつまでも続きかねないその調子にリヒターも困ったらしい。ぽんぽん―――ではなく、ぼすっぼすっとユラの頭を叩き彼女を落ち着かせようとする。
「なにさ子供扱いして!」
「まさか! そんなことするわけないだろうみ゛っ」
なにかを言いかけたリヒターの口をがっと手で押さえると、「それ以上言ったら、怒るよ?」と微笑んだ。美少女が怒ると迫力があるな、と様式美となりつつあることを考えながら談話室を見渡す。リヒターのことを自分の恋人でないかと言った家族は、二人のやり取りをみてどう思っているのだろうという考えからである。
幸い家族は四人で何やら話し込んでいるようで、二人のやり取りを気にした様子はない。アンジュは逆に、彼らが自分抜きで何を話しているのだろうと気になっしまった。だがそこでふと、自嘲染みた笑みを浮かべる。
何年も帰らなかった自分が何を羨んでいるのだ、と。
王都をでたことに後悔はしていない。しかし家族とここまで会わない期間が長くなるとは思っていなかったので、少し寂しい思いが浮かんだ。
だが、もし仮にストーリー通り進まなかったとして、かの元婚約者殿の元に嫁いでいたとしても同じことをだったのだろうから、それに比べたら“帰ろうと思えば帰れるけどあまり帰りたくない”という状況の今の方がまだよいのだろう。それに好きなことをして過ごせることはとても嬉しい。偶然、しかも命の危険があったためとはいえ、再びこの手に剣を握ることができた。
家族に会えないという点を除けば、理想の生活を送っているのだから少しぐらい我慢すべきだろう。アンジュはぎゅっと拳を握った。
最近プロットが一、二行ずつしか進みません。プロットにないことを書いていれば当たり前ですが。なにやってんだ。




