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 王都への旅路はさすがはボーア家というかなんというか、大変快適なものであった。時折がたんがたんと揺れることもあったが、乗馬になれているアンジュとしてはそれほど苦ではない。だがゆっくりと進んでいるために「馬で行けば良かったかしら」とも思ったが。

 さて馬車に揺られること一日。休憩をはさみながら、ではあったものの、無事王都に到着した。

 凝り固まった体をぐっと伸ばしほぐしながら、アンジュは「そういえば」と後ろにいるリヒターとユラに気になっていたことを尋ねた。


「ねえ、そういえば二人はどのくらい滞在するよていなの? 私は(・・)八日ほどしたら帰るつもりなのだけど」


 「私は」と言う部分を強調したのは、二人がここにいるのは自分のためではないか?と思ったから。

 二人は「王都でクエストがある」と言っていたが、それが何なのかアンジュは把握していない。クエスト処理担当の受付嬢であるにも関わらず、だ。


 首領(ドン)かお祖父様に言われたのかしら?


 自分が把握していないクエストともなると、その二人からの直接依頼であるとしか考えられない。首領(ドン)とはギルド内で顔見知りのはずだし、祖父はアシェルを通せば難なく連絡がつく。


 さあ、二人はどう答えるか。

 と悩んだはいいが……


「八日後だよ!」

「一緒に帰れるな、よかったよかった」


 いつもと変わらぬ調子で返事をするユラにぎょっとするほど棒読みのリヒター。わざとではないかと思えるほどにリヒターは棒読みであった。隠す気がないのか!

 顔をひきつらせながらではあるものの「そ、そうなの」とどうにか答えた自分を誉めてほしい、とアンジュは思ったのだった。




 王都からは馬車を乗り換え、オルフィーユの馬車でアンジュの実家へ向かう三人。ボーアの馬車は念のためレディレイクに戻るとのこと。

 元は馬車を降りた時点で二人とは別行動をとるつもりでいたのだが、あまりにも「アンジュのためにきた」ということを隠さぬ二人に終いにはまあいいかという気持ちになり、


「二人ともよかったらうちに来て」


 と誘ってしまった。「仕事があるなら」そちらを優先して、という言葉は最後まで言わせてもらえず、被せるように「お邪魔します!」というユラの元気な声が響いた。次いでリヒターの「邪魔するよ。悪いな」という声にちっとも悪いと思っている色が含まれていなかったために脱力してしまったのはご愛敬ということで。


 さて、馬車に揺られること数十分。傷ひとつない白い外壁が見えてきたところで、ようやくアンジュは「あぁ、帰ってきたんだな」と実感した。


「さすがはオルフィーユ家。美しい建物だね」

「ここまでの屋敷は国内を探してもなかなか見つからないだろうな」


 ほぅ、と感嘆の溜め息を吐く二人とは対照的にアンジュはそっと疲れた気に溜め息をひとつ。ばれていないようなのでよしとして屋敷についてだけ「ありがとう」と言っておく。

 絢爛華美な屋敷(実家)を誉めてもらえるのはうれしい。だが、その屋敷はオルフィーユ家が国内貴族のなかでも上位に、むしろ王家に次ぐとまで言われていることの象徴とも言え、そのせいであの男(・・・)と婚約を結ぶはめになったことを同時に思い出してしまい、憂鬱な気持ちが再び襲ってきたのだった。それらがなければ今の自分はいない、ということはわかっているのだがそんなことを考えてしまうのは仕方のないことだろう。と思う。ここまで来る道すがらでもそのように憂鬱な気持ちになってしまい、行きたくない、レディレイクに戻りたい、という思いが強まってしまったものだ。どうにかリヒターとユラのおかげで幾度も立ち直りここまできたが、……その原因も二人にあるといっても過言ではないので素直に感謝を示せないアンジュであった。




 馬車が門を潜ると、玄関先に大勢の使用人が一列に並ぶ姿が目に入った。そこに家族がいないことから、きっとなかで待ってくれているのだろうと検討付ける。

 ゆっくりと馬車が止まり、馬を引いていた御者が馬車の

扉を開き足場を用意する。この場においての主役はアンジュであるため一番に降りるのは彼女であるのだが、なかなか腰をあげようとしない。困ったように御者が「あのう……」とおそるおそる声をかければ、ようやく決心がついたのか「悪いわね」と返し優雅に馬車を降りた。

 身に付けている服こそ「面倒だしどうせ実家に帰るだけだもの」というアンジュの発言により、庶民が身に付けるような質素なワンピースであったが、立ち居振舞いや滲み出るオーラが、彼女をただの庶民とすることを拒んだ。


 凛々しく、それでいて可憐。


 騎士(アンジェリカ)としての一面をこの間の一件で見ることとなった二人だったが、そのときとは全くことなる、貴族(アンジェリーナ)としての一面。受付嬢(アンジュ)とも違う彼女の空気に当てられたところで、彼女はくるりと振り返り、


「二人もどうぞ。歓迎するわ」


 とアンジュ(受付嬢)は二人に向かってを差し出した。

 その雰囲気のかわりようにリヒターは肩を竦め、ユラはくすくすと笑う。

 何?どうしたの?と首をかしげるアンジュだったが、それを答えてやるほど二人は優しくない。

 だが彼らの思いを言葉にするなら、貴女は貴女でしかないのね、だろうか。




 屋敷に足を踏み入れた途端、「アンジェリーナ!」という高い声とともにアンジュの体にトスっという衝撃が走った。その衝撃の原因は「あぁ、来てくれてうれしいわ!」とぎゅうぎゅうアンジュの体を抱きしめる。その声は喜びの色が強く思えたが、アンジュの背に回った手が小さく震えていたことから、心配されていたのだろうと気付く。


「ごめんね、姉さま」


 自分と同じ銀色の髪をすっと撫でてやれば「まったくよ」と言いながら、姉は顔を上げた。

 その様子をほほえましそうに見ていた家族だったが、アンジュの後ろにいるリヒターとユラをみて、「おや」だの「まあ」だの声を上げた。

 かと思えば。


「ようやく腰を落ち着けたか……」

 という父の言葉に「違うから」と否定し、


「やっと恋人が」

 という弟の言葉には被せるように「できてないから」と答えれば最後に姉が


「一緒に結婚式に」

「挙げません」


 そう否定しつづけ、アンジュは抱きついたままの姉をべりっと引き剥がし、


「これじゃあリヒターさんに失礼でしょう! そんなのじゃないから!」


 まったくもう、と言いたげな表情できっぱりと告げた。残念そうな表情を見せる家族に反省のいろはなく、「うちの家族がごめんなさいね」と家族の代わりに謝ろうと後ろを振り向けば、


 どういうわけか掌で額を抑えるリヒターと、一人大笑いするユラの姿が。


 ここまで対照的な二人は珍しい。と思ったがそんなこともないかと考えを改める。だが時折ユラが「リヒター……ッ 残念、だったっふふ、あはははは」と笑いをこらえられぬ様子でそう告げながらぽんぽんと背を叩く。どこか慰めているようにも見えるその姿に、アンジュは「あぁ、ひれほど私と恋人にみられるのが嫌だったのか」と肩を落とした。

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