モブだって人生は激流 外伝
『モブだって人生は激流』本編より糖度高めの外伝。 類は友を呼んで巻き込んで変化が生まれる、みたいな・・・。
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「申し訳ありません!」
「何が?」
「署名できません。」
「なんで?」
「私はリリアナではないんです。」
「だから?」
「だから署名はできません。」
「自分の名前を書けばいい。」
「だから私はリリアナでは・・・。 え? あの?」
「偽りの名前は書けないんだろう? わかっている。」
「え? 何が・・・。」
「知っている。 それでいいんだ。」
「え? でも、それでは」
「それでいいと言っている。 否やは聞かない。」
「え・・・それは・・・そんな・・・」
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「お目覚めですか?」
ふと浮上した意識に穏やかな声が届く。
厚いカーテンがゆっくりと引かれ、レースのカーテン越しの柔らかな光が広がる。
自分の居る場所はすぐわかった。 王宮の客室だ。
「こちらをどうぞ。 あまり時間の余裕が有りませんよ?」
自分の状況を確信できず、もっとスッキリ覚醒する必要を感じていると、洗面用の水が差し出され、爽やかなハーブティーがサイドテーブルに置かれる。
習慣的な動きの流れで顔を洗いお茶を飲み・・・唐突に状況を理解し、一気に目が覚めた。
昨日の謁見途中、パニックこそ起こさなかったものの、受けた衝撃の大きさで気を失ったのだ。
で、それは、隣国の王太子夫妻の結婚式への出発前日。 つまり今日は出発当日。 なんてこと!!
慌てて謁見の申し込みを頼み、やむをえない場合に備えて旅支度に着替える。
いくら隣国とはいえ、王族が全員で国を離れるわけにはいかない。 そこで、今回の主役と同世代の王太子のディール殿下が出席することになり、彼の婚約者のリリアナがお披露目を兼ねて同行するという話だった。
しかし、リリアナに同行できない理由が出来て、私が時間稼ぎの代役にされた。 そう、された。 不本意ながら、やむなく、渋々・・・ハッキリ言えば脅されて、引き受けざるをえなかった。
私には脅迫の材料なんて無いはずだった。 伯父も見つけられなかったのだろう。 自分で作ってきた。 恥知らずにも私の家族を人質にしたのだ。 脅してきたのは伯父、私の父の兄、つまり私は伯父の姪、なんと伯父は姪を脅すために自分の兄一家を人質にしたのだ。 聞いた瞬間は耳を疑った。 つぎには伯父の正気を疑った。 でも、伯父の性格を思い出し、今の表情を見て、事実だと悟った。 もう私には抵抗の余地は無かった、たとえ身代わりがバレれば不敬罪や下手したら反逆罪で処罰されることになろうとも・・・。 だからなんとか乗り切る覚悟を決めていた。
従姉妹だけにリリアナと私は見た目は似ていた。 中身はほぼ真逆だが・・・。
ディール殿下とリリアナは家柄による生まれながらの婚約者だった。 その婚約もまだ正式なものではなかったからだから、2人にはほとんど交流は無かった。 リリアナは良く言えば社交的、悪く言えば奔放な性格で、賑やかなパーティーとかはよく出掛けていたが、王宮のは堅苦しいからとホントに最低限ギリギリしか出ていなかった。 いつも『王太子の婚約者らしく』振舞うのが面倒臭いとぼやいていた。
私は、歴史は古くとも裕福とは言えない伯爵家の娘なので生まれながらの婚約者など居なかった。 人見知りなどはしないし社交的に振る舞うこともできるが騒がしいのは嫌いだったので、社交界デビュー1年目でまだ求婚者も居ない。 弱みを見せないために腹の探り合いへの対応も身に付けたが、お世辞と同じくうんざりだったし、さらには、侯爵令嬢で華やかなリリアナへの繋ぎを望んで近づいてくる者も多かったから、そういう手合いの少ないものにだけ出ていた結果、醜聞に巻き込まれることも無く平穏だった。
父親同士も兄弟仲が良いとは言えなかったが、お互いの性格は良く知っていた。 が、まだまだだったと嫌というほど思い知らされることになるとは思ってもいなかった。
さて、出発間際の慌ただしい謁見室。
「で? 決意はできたな?」
両陛下とディール殿下への簡単な挨拶の後、いきなり先制攻撃を受けた。 発したのはディール殿下、両陛下は微笑んで見ていらっしゃる。
「リリアナでなくても問題は無い。 それはもうわかったのだろう?」
「やはり気付いてらっしゃたんですね。 では、簡潔にお話しさせていただきます。」
陛下たちが頷くのを確認して話し出す。
リリアナがどうしても来られないこと。 伯父に頼まれ身代わりをすることになったが、バレれば処罰されることは覚悟していたこと。 バレた以上は家に帰って処罰の通達を待つので何か理由を作って同行を取り消してほしいこと。 処罰は私個人で受けるので親を厳しく咎めないでほしいこと。 一時しのぎの身代わりなので婚約誓約書(昨日の署名云々はコレだった)には署名出来ないこと。
「予想通りだが・・・リリアナはどうしている?」
「居ないそうです。 本人の意志か伯父が隠したのかはわかりませんが、使用人たちの証言も嘘ではないようでした。」
私の答えを聞き、陛下たちと頷きあったディール殿下は爆弾を落としてきた。
「リリアナについては今は置いておく。 婚約者の同行は伝えてあるから取り消しは出来ない。 婚約者の名前等は伝えてないからリリアナである必要は無い。 どうせ侯爵に脅されたんだろうから処罰するつもりもない。 だが、同行する婚約者は必要だから、処罰の代わりに同行せよ。」
「!! ~っ! ・・・わかりました。 同行して婚約者として対応します。 帰国後に時期を見て解消ということでよろしいんですよね?」
「違う。 偽の婚約者など信用にかかわる。 コレ(婚約誓約書)に署名して正式な婚約者として同行せよ。 帰国後については侯爵への対応も含めずには済まないのはわかるだろう?」
「そんな・・・。」
「拒否すると? 迷ってる時間も無いぞ?」
「!! ・・・わかりました。」
「もう時間だ。 署名したらすぐ出発する。 準備の最終確認を。」
決断を迫られ、とうとう承諾することになってしまった。 納得しきれないまま署名するも、もうグダグダ考えている時間は無かった。 侍従から準備完了の報告が来てしまい、陛下たちも見送るからと立ち上がっていらっしゃる。 とりあえず一目のある場所だけででも王太子の婚約者として振る舞うしかないと腹をくくった。
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隣国の王都へは途中で1泊すれば着く。 婚約者なので、付添いも要らず、馬車の中はディール殿下と2人きり。 実家から今も同行してくれている侍女のライラは他の侍女とともに別の馬車に居る。
旅の間、殿下は紳士的だった。 馬車ではせっかくの2人きりだから聞きたいことも言いたいことも有ったのに、それらを言い出す間も無く招待された結婚式や隣国の話を聞くことになり、そのまま到着してしまった。 話上手で話題も豊富で必要な情報は漏らさず教えてくれたので、出したくない話題を避けてるとツッコむことも出来なかったのが、微妙に悔しい。
滞在は当然王宮となる。 婚約者ということで、向かい合う客室をあてがわれた。 隣同士だと、続き部屋だとか人目に触れず出入りしやすいとか下劣な想像をして騒ぐ馬鹿が出る可能性を否定しきれないのだと説明された。 まさか『一時的な婚約者だから何も起こらない』とは言えず、ディール殿下と2人で微笑んで聞いておく。
滞在中は、イベントが目白押しで忙しい。 国王・王妃・王太子・王太子妃に挨拶し、主な貴族たちを紹介され、食事会などに参加する。
国王・王妃は自国の2人に雰囲気が似ていた。 国王同士はハトコなのでともかく、王妃同士は血のつながりは無いはずなのに・・・。
王太子のレーギユネス殿下はディール殿下とは違うタイプで、いかにも頭脳派って感じ。 ディール殿下も賢いけど、明朗快活で少し悪戯っ子みたいな部分があるから・・・。 王太子妃のアーシア様は親しみやすそうだが、好奇心を必死で押さえているようで、なんとなく落ち着かない。
貴族たちや食事会の様子は自国と変わらず、問題無く時間が過ぎていく。
着替えだなんだと忙しく、たまに入る休憩時間に一息つくだけなので、ディール殿下と話す時間も無く、殿下に言いたいことなどを頭の中で整理する時間さえ無い。 ただ、王族の方々がどこか訳知り顔だった気がするのと、ディール殿下に婚約者と紹介されて自分の名前を名乗ったときの微妙な気分だけが記憶に残った。
そんなこんなで時間が過ぎ、結婚式も無事終わった翌日。 アーシア様にお茶に誘われた。 ディール殿下も別口でレーギユネス殿下に誘われたらしい。
「お仲間なのよね?」
アーシア様の第1声がこれだった。
「本来の婚約者は別の令嬢だった。 身代わりのはずが、バレて正式に婚約者になった。 合ってる?」
「ご存じなんですね。 もしかしなくても王族のみなさん全員?」
「知ってるわよ?! あ、敬称も敬語もお互い無しね。 身分も立場も歳も同じなんだから。」
で、明かされたアーシアたちの結婚までの顛末にビックリ。 でも、同時に、アーシアの好奇心の理由がわかった。 まだ何か有りそうな気がするのは気のせいだと思いたい。 とりあえず、こちらも事情を明かし、当面の付き合いを頼む。 『じゃぁ、友達ってことで』と即答で了解されたのは嬉しかった。
その後、アーシアは何か考えている様子だったが、レーギユネス殿下とディール殿下が合流。 あちらもお互いに事情を明かしたようで、アーシアと頷き合っていた。
「あっちは元々親戚だから、こっちは女同士で上手くやりましょうね。」
とニコニコ笑うアーシアが妙に楽しそうだったのは・・・これも気のせいだよね?
しかも、タイプが違うはずのレーヴ殿下(この呼称もアーシアによる)とディール殿下の雰囲気がなんとなく似ていたのも・・・。
とにかく、結婚式も祝賀パーティーもその他行事も無事に終わり、私たちは帰国した。
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「え? は? そんな・・・。 なぜ・・・。」
帰国の挨拶の後、いきなり大型爆弾が投下された。
伯父の不正の発覚と失脚。 リリアナに王太子妃の資格が無い(なんと恋人と駆け落ちしていた)こと。 私の家族の安全が保証されていること。
驚いたけど、ここまでは良かった。 家族の安全がわかって脅迫に屈する必要も無くなったしね。 でも、その後がひどかった。
「リディアは正式にディールの婚約者となり、本日より1週間後には婚約式、そこから1か月後に結婚式を行う。」
『リディア』とは私の名。 そして、この宣言は国王陛下から告げられた。 つまり決定事項であり、拒否権の無い命令。 ふと見ると、ディール殿下は神妙な顔で聞いている。 違和感と既視感。 ちょっと待て。 これって、つい最近、似た話を聞いた気が・・・。 突然アーシア様の顔が頭に浮かぶ。 唖然とした。
「ディール殿下?」
体の震えは抑えこんだが、声が低くなるのはどうしようも無かった。 ディール殿下が肩を震わせているのは笑いをこらえているからなのは確実。 こっちは、衝撃が多いうえに大きすぎて、今回は気絶する余地さえ無かったというのに・・・。
「ずっと前から伴侶は貴女と決めていた。 共に支えあって生きていきたい。 結婚してほしい。」
笑いをおさめたディール殿下が、おもむろに片膝をついて私を見上げて言う。 謁見の間で、国王陛下の前で、国王陛下のあの宣言の後で・・・完全に正式な求婚だった。 さっきまで感じていた『ハメられた』という怒りは完全に吹き飛んでいた。 一瞬の自失の後、承諾の返事をする。 選択肢なんて無いのだから当然の答えで、わかっていただろうに、とどめとばかりに、ディール殿下が素の笑顔を向けてきたと思えば、手の甲にキスをされた。 とんでもない破壊力で、反則どころか卑怯だと思う。
「侯爵は人格も言動もすべてが問題で王家の外戚にするわけにはいかなかった。 リリアナも素行などから王太子妃にはできなかった。 私も妃もリディアを認めていたし、何よりも、ディール本人が気に入っていた。 今回はすべての決着をつけられる絶好の機会だった。」
「あなた達が隣国に行っている間に片をつけたのです。 リディアの家族もすべて承知です。 婚約も結婚も、本人抜きで出来る準備は終わっています。 だから、ディール、あとは貴方がリディアを口説き落とすだけよ? 頑張りなさい。」
国王陛下が説明をしてくれたが・・・王妃様? 爆竹ですか? ネズミ花火ですか? 大型爆弾の連続投下の後に、王妃様から小型の連続爆弾を落とされるとは思わなかったです・・・。
で、ディール殿下、後でじっくりお話ししようか。 いつから企んで、どこまで知っていて、何をやってくれちゃったのか、きちんと話してもらうからね?
もしかしなくてもレーヴ殿下やアーシアは知って(気付いて)いた気がする。 いま思えば、王宮滞在中の様々な反応や違和感は気のせいではなかったのだろう。 すぐにでも問い詰めたいが、まずはディール殿下と話さなくてはならないし、周りが動き出してる以上は明日からは確実に怒涛の日々。 アーシア達には後日、話を聞かせてもらおう。
「さっきの告白、どこまでホントですか?」
「全部。」
「王宮の夜会での挨拶くらいしかした記憶が無いですけど?」
「最初に見かけたのはリディア達の社交界デビュー。 似た見た目なのに雰囲気が全然違って興味をそそられた。 その後は、主に王宮での行事で。 2人が揃って出席することはほとんど無かったから見間違いの心配は無かったし、あれだけ雰囲気が違えば2人が意図的に演技してなきゃ間違えないけどな。 リリアナは優雅で華やかだけど、賑やか過ぎて俺の好みじゃなかったし、取り巻き連中も難の有るのが多かった。 リディアは優雅で淑やかなようでいて、無礼な野郎どもを軽くあしらってただろ? 品を損ねず失礼にならず、馬鹿にはわからない程度のトゲを含ませ、さりげなく今後を牽制し、その実しっかり憂さ晴らしもしてただろ? 面白いやら愉快やらで飽きなくて、よく見てたんだ。」
「・・・それは、どうも?!」
「で、今回の話が来た時に最終決断のきっかけが無いか考えてたら、リリアナの代わりにリディアが来た。 婚約誓約書の遣り取りで確信して両親(両陛下)を説得し、状況調査と問題解決とリディアの両親の説得の手配をした。 いざとなればレーヴも巻き込むつもりだったから、レーヴにはざっと説明してあった。 決心したのは隣国への道のりと向こうでの対応で。 アーシアは勘で気付いたっぽいな。」
「用意周到に準備し、決断後は即座に外堀を埋めて・・・。 それで? 私が嫌がってゴネたらどうしたんです? 口説き落とすのが婚約式に間に合わなかったら?」
「死ぬほど嫌じゃなきゃ国王の命令を拒否しないだろ? ゴネるくらいなら婚約誓約書の時に何としてでも俺たちを論破しようとギリギリまで粘るよな? 婚約式までに口説き落とせなかったら結婚式まで、それでもダメなら結婚してからも口説くだけのこと。 あぁ、口説き落とした後も止めないけどな。 こんな質問が出るなら結果は出てるよな?」
「・・・っ。 降参です。 これからよろしくお願いします。」
完敗だ。 歳は近いし、見た目は嫌いじゃないし、元々能力は評価してたし、リリアナが相手で同情してたから気にかけてたし・・・。 それにしても、悔しいほど私を把握してる。 そんなに態度や表情に出てたなら大問題なんだけど?
王太子妃なんて、厄介ごと多いし、嫌な相手や夜会などを避けるわけにもいかないし、面倒なのが本音。 まぁ、ディール殿下が居れば退屈はしないかな。 アーシア達とも対等に付き合いを続けられるのは嬉しいしね。
「リディアの社交はほぼ完璧だよ。 俺ほど見てなきゃバレないさ。 悔しかったら食って掛かってきてかまわないっていうか、喜んで受けて立つぞ? 2人一緒なら何事も楽しみながら乗り越えられるだろうから問題無いし?」
またもや思考を読んだようなことを言われたけど、今度は不思議と悔しくない。 むしろ面白くって楽しくって、思わず笑みが浮かぶ。 ある意味、同類なのかもしれないなと思っていたら、いきなり抱き寄せられキスされた。 舌こそ入れてこないけど、深くて甘くて、長いキス。 逃がさないとばかりに力強いけど苦しくはない絶妙な抱擁とあいまって、完全に捕まったと感じた。
「婚約成立。 もう逃がさない。」
「こちらこそ。」
ニッと笑って、でも色気たっぷりに言われたセリフに、同じように返す。 やはり同類らしい。 これからの人生は、今までより騒がしくても、今まで以上に面白いものになりそうで楽しみになった。
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正式な婚約の知らせと婚約式の招待状を出した後、レーヴとアーシアから手紙が来た。
「やっぱり? やったね! おめでとう。 これからもよろしく。」
そんなアーシアの手紙を見せたら、ディールが珍しく『仕方ない』という顔でレーヴからの手紙を見せてくれた。
「やっぱりか。 おめでとう。 それにしても、このスピードなのに婚約式とか色々準備整いすぎだろ。 この知能犯。 国王陛下たちの喜びようも目に浮かぶけどな。 これからもよろしくな。」
アーシアとほぼ同じ内容に2人で笑った。 ディールの計画的犯行をツッコんでくるところはさすが親族というより、むしろ、『ディールの同類だと自白したな』って感じだったから、ディールのさっきの苦笑は見逃すことにした。 それを感じ取ったディールに抱きしめられキスの嵐を浴びた後、また2人で笑い合ったのは、アーシア達には内緒。
リディアに求婚者が現れなかったのは、実は、ディール王子の視線に本人以外は気付いていたからだったりするのだが、それをリディア本人が知ることは無いのだった。
********** (外伝)完 **********
同族(両国の王とその王太子)は当然同類、夫婦は似た者夫婦、そして類は友を呼ぶ、なので、結局は全員似た者同士なのでした(笑)。
隣国の話だけど、実は主人公は原作小説の未発表の外伝のモブだったり・・・(当然、本人たちは誰も知りません)。