らっきょう 下
なにも考える事ができない。
なにか、ナニカ、怖いモノから逃げる様に。
走る。ああ、なにがあったんだ?
ふと、意識を取り戻し、思考する。気づけば、既に自宅付近まで帰ってきていた。
あの、校舎裏のアレは、なんなんだ? 堺優乃……だろうか。もし、そうなら校舎裏で俺を待っている際に、殺されたのか?
なら、誰が殺した。あの堺優乃に怨みを持つ人間は、まずいない。なら、最近世間を騒がせている連続殺人の犯人だろうか。確かに……それが妥当なところだ。
だが、そうじゃ無いなら。校舎裏のアレが堺優乃では無いなら。
堺優乃の俺に見せたかったモノは…………。
もしそうなら、堺優乃が殺したのか? いや、堺優乃はそんな事をする――そんな事が出来る人間では無い。
なら、やはりアレは堺優乃で、殺したのは……。
例えば本当に、殺したのが連続殺人の犯人なら、俺はどうしたい? 捕まえたいのか、殺したいのか。
殺されたから、殺す。それは論外だ。腹いせにはなるが、そんな事をする権利は俺には無い。それをしていいのは殺された被害者の遺族だけだ。
なら、捕まえたいのか? どうやって? ただのクール気取りの高校生がどうやって? 無理だ。無駄だ。
なら、なにも無かったかの様に……振る舞うのか?
「おかえりなさいませ。ご主人様」
と、大抵の男なら、泣いて喜ぶ台詞で出迎えられたが、今はそんな気分には成れない。
俺の服を着ている様で、ブカブカのTシャツが太ももまで隠し、下は何を履いているのかわからない。
これも、普通の男なら泣いて喜びそうだな……。
どうやら考え事をしていても迷わず家に帰ってこられた様だ。
「ただいま」
「夕食の準備はできていますが、どうしますか?」
「…………いらない」
「ご主人様。なにか気に障る点でも――」
「いや、お前は悪くない。気分が優れないだけだ」
そういって、居間で制服のままうつ伏せになる。
ゆっくりと……意識を手放した。
目が覚めると……もう辺りは真っ暗になっていた。
ポケットの携帯を開き、時間を確認すると、深夜と言うのか早朝と言うのか微妙な時間だった。
周りを確認すると、夕御飯と思わしきモノがラップをかけられて机の上に置いてあった。温めて食べよう。そう思い。 身体を起こし、床にてを付き立ち上がろうとした、その時――。
――柔らかいモノに、触れた。
思わず、全体重を乗せてしまうところだった。
「んっ……ぅ~…………」
由貴が、少し苦しそうな声を出す。
これはヤバイ。そう本能が警告する。ゆっくり手を放し、もう片方の手で床に手をあて起き上がる。
なんでコイツ俺の横で寝てるんだよ……。
温めて食べるのも面倒になり、ラップを取り、温めずそのまま食べる。まあ、普通にいけるな。
食事を済ませ、ギリギリ聞こえる位の音量でテレビを点ける。見るのはニュースだ。
やっているのは、麻薬使用者が真っ昼間の幼稚園を放火し、まだ逃走中で見つかっていないとか、電車で席を譲らない中学生に正義感で小学生の集団が襲いかかり中学生は意識不明の重体だとか、バラバラに切り開かれ内蔵が無い女子生徒の死体が見つかるとか、七十代の母親に五十代の息子が反抗期と言い暴行を繰り返し、そこに母親のヘルパーをしている三十代男性が割り込み誤って息子を殺害してしまい。母親がヘルパーを殺害。などのいつものニュースだ。
そこに、女子高生が連続殺人の被害にあった。というニュースは無かった。
単純にそういうイヤなニュースが多くて、報道する暇が無いのだろうか。このままでは、堺優乃の存在が無いモノになる。そんな気がした。
――そして、決めた。
たとえ自己満足でも、犯人を見つける。犯人をどうするのかは、その時決める。 たとえ無駄でも、このまま何もせずただ忘れるだけなんて、気分が悪い。
朝がやってきた。携帯を開き時間を確認する。学校に行くならそろそろ起きる時間だった。もっとも、今日は学校に行くつもりは無い。とりあえず今日1日は犯人捜しに費やすつもりだ。
「んぅ~……」
うめき声?をあげ、由貴が眠りから覚める。寝ぼけて思考が停止しているのか、ぼお、と此方の顔を見ている。
「…………おはようございます」
「ああ。おはよう」
朝の挨拶。今まではしてこなかった行為だ。俺は、コイツが来たたったの二日間で変わったのだろうか。
「朝ごはん。俺が作るから、顔を洗ってこい」
「そんな、私がします」
「いいから、俺がする。気にするな」
「ですが、学校に行く用意などに使う時間は?」
「今日は学校に行かない」
そこで会話を一方的に中断し、台所に向かう。適当に、フレンチトーストでいいか……。
そうと決めたら行動は早めに。卵を割りボウルに入れる。牛乳と砂糖を足しながら混ぜる。この時、空気が入らない様にするのがコツだ。
まあ、後は食パンを浸しフライパンで焼くだけ。
――完成だ。
「着いてこなくてもいい。そう言っただろ」
「いえ、ご主人様が学校に行かずに出かけるのであれば同行します」
先程から、この会話の繰り返しだ。由貴がどう思っているのかは知らないが、着いてくる。と言うのだ。因みに、由貴の服装は最初会った時のモノだ。洗濯したお蔭か前より似合って見える。後は、俺のおさがりだが、ポシェットも肩にかけている。中身は知らない。
「ご主人様。そろそろ訳を教えてください。何を悩んでおられるのですか?」
「悩んでる? 俺が?」
「はい」
顔に出ていたのか……? 悩んでいますって。
「犯人捜し……だな」
「この前、優乃さんと話していた事ですか?」
優乃との約束……か。そういえば、そういう約束したな。
あれ……? 由貴にその事を話したか?
「そうだ。そこそこ危険な事だ。わかっただろ家に帰ってろ」
「危険でしたらなおのこと同行します。ご主人様を守るのも飼い犬の仕事です」
まだペットの事言ってるのか……。
「勝手にしろ」
「分かりました」
もしかすると……俺はこの距離感が、好きになったのかもしれない。
そして、由貴と犯人捜しをしていて七時間程たち、もちろん二時間おき位で休憩はとっていたが、そろそろ昼食でも、という事で、今はファミリーレストランにいる。
「今更ですが、やみくもに探しても見つかりません。推理しましょう。例えば、犯人が狙う被害者の共通点。犯人が事を起こす理由などの」
被害者の共通点……か。そういえば、狙われているのは今のところ中高生ばかりだ。だが、その事がなんに関係する?
「犯人が人を殺す理由なんて、ただ気に入らないから……。とかじゃあ無いのか?」
「たとえそうでも、なぜ気に入らないのか、公共のマナーを守ら無かったり見た目が気に入らないとかの……。もしくは空腹。社会への不安。何らかの理由はある筈です」
それなら、堺優乃が殺された理由はなんだ? あの堺優乃を殺す程の理由が存在するのか? そもそも人を殺していい理由なんて……無い。 なら、やっぱり捕まえるのは不可能なのか……?
手掛かりが無さすぎる。
だが諦めきれない。
「提案ですが……暗くなりましたら、私一人で人気の無い場所を周ります。それを、ご主人様は後ろの方から着いてきてください」
「囮作戦……て事か?」
「そうなります」
確かに、今のところはこれくらいしか方法は無い……か。
夕方、もしくは黄昏時と呼ばれる時間帯。確かに人を殺すには良い時間帯だ。仕事帰りや学校帰りを狙いやすく、なおかつ人の多すぎない時間だ。
できるだけ不自然では無い距離感で由貴の後ろを歩く。
由貴は迷いの無い足取りで昼の内に調べた、人気の無い場所を周る。今のところは怪しいヤツは何人か見たが……犯人とまでは無さそうだ。
もしかすると、犯人はもう捕まった。もしくはもうこの街には居ないのではないか。等の考えが浮かびもしたが……今日一日は探す。そう決めたのだ。
突然――由貴がナニカを見つけた様に走りだす。
「なッ――!?」
呆気に取られたが、即座に此方も走りだす。
たしか、由貴が向かっている方向には大きめの自然公園があった筈だ。そこへ向かっているのか?
そう予想を立て、子供の頃に覚えた自然公園への近道を行った。
自然公園に着くと、辺りに人の気配は無く犯人どころか被害者も見えない。
間違ったのか? なら、由貴は……?
そこまで考え、公園から出ようと振り返ろうとする。
視界の端に細身の男が見えた。
「ねえ、君。平群高校の生徒かい?」
突然声をかけられて反応が遅れる。
「違うなら、ゴメンね」
――額が地面にぶつかる。
遅れて、後頭部に痛みが広がる。公園の地面にうつ伏せの常態だ。
「ッッ――! ガッァ!」
「あれ?気絶しないな~? じゃあ……もう一回」
そう言い、細身の男は腕を振り上げる。その手には、レンガだろうか? ブロック状のモノを持っている。
「そ~れっ!」
男はレンガを降り下ろ――せなかった。
由貴だ。男にタックルをかます。男はバランスを崩し転ける。
由貴はというと、そこまで体重を乗せたタックルでは無かったのか、転ける事なくそのまま俺を抱き起こし、男から距離をとる。
「無事ですか!?」
「ふらつくが、無事ではある。まだ気を抜くな」
男が立ち上がり、此方を睨み付ける。逃げる気はないのか、動かない。
「お前……なんでこんな事をした?」
その問いに男は笑みを浮かべる。子供が、小さな虫を殺す笑みだ。自分が悪いとは少しも思っていない。あの笑顔だ。
「僕がオちたからさ。僕がオちたのにお前らみたいなクズがあの学校に通うなんてオカシイだろ?」
お前ら? 複数系。てことは当たり、か?
「お前が、多くの人間を殺したのか」
「ああそうだよ。仕方ないだろ? 僕はあの学校をオちたせいで、大学にも入れず、それでこんな年まで就職先も無い。全てあの学校のせいさ。なのに、楽しそうにあの学校に通うお前らが、殺したくなった。皆ヤッてる事さ。僕は君を殺した後も、他のヤツらも殺さなきゃならない」
くだらない。わかってみれば、本当にくだらない事だ。そんなくだらない事で……堺優乃を――。
「殺した時……どう思った。哀しかったか? 満足したのか? なんでこんなにも多くの人間を殺せた」
「楽しかったよぉ! 毎回気絶させてからは男はバラバラに、女は犯すのさ! でも満足はしないよ。だってもっと殺さなきゃ。今までの僕の人生を返して貰う為にね」
本気で言ってるのか? 本気で、殺しても良かった。そう思っているのか?
「お前が……連続殺人の犯人で、間違いないな?」
「ん? ああ。そうだよ」
――限界だった。痛む頭。霞む視界。震える脚。この状況でも、恐怖を感じている自分への怒り。諦め。抑えきれない殺された人間達への哀しみ。こんなヤツに……!
考える事ができない。拳が、痛む。泣き声。鳴き声が聞こえる。 獣の叫びの様な泣き声だ。
少しづつ泣き声が消えていく。その度に、拳が痛む。
思考ができない。意識がハッキリしない。頭に血がのぼり、脳に過負荷がかかっている様に熱い。
この名前も知らない男が憎い。コイツのせいで――。
憎い。殺したい。何があっても、人を殺す。というのは最低の手段でありもっとも消えるべき行為だ。という今までの自分の考えを忘れてしまう程、憎い。
「ご主人様!」
ふと――声が聴こえた気がした。気のせいかもしれない。だが、自分の腕は、違う誰かに握られていた。
か細く、簡単にへし折ってしまえそうな腕だ。その腕から視線を上へと沿わせる。今にも泣きそうな由貴の顔だ。
瞬間――意識がハッキリとする。自分は何をしている?
ゆっくりと自分の手を見る。血がついていた。
自分はナニカに乗っている様で、そのナニカを確認する。連続殺人の男だった。
「俺は……何を……? コイツは…………」
「生きてはいます。警察には匿名で連絡しましょう。ご主人様が手を汚す程の人間ではありません」
「あ、ああ。わかった。帰ろう」
そう言い、警察に連絡をした後、自然公園を出る。
自分は、人を殺そうとしたのか?そういう疑問が消えない。
自分は、人を殺そうとしたのだろう。という答えも出ていた。
思考が安定しない。こんな事を考えながらも、明日は、一緒に犯人捜しをする。という約束を守れず、すまない。そう堺優乃に謝ろう。そう考える。
「ご主人様。信号は赤です。止まってください」
声をかけられ止まる。危ない。車道に出るところだった。
「なあ、これで良かったと思うか?」
隣りのペットもとい由貴に問う。
「良かったと思います。少なくとも一人、異常者が警察に捕まりました」
「そうだな」
これで、良かったのだろう。きっと。
「後は……わたしの食事を終わらすだけ――」
「え――?」
帰ったら腹一杯何か作ってやるさ。そう言おうとしたのだが、腹部に痛みがはしる。見ると、腹部に家の包丁が刺されてあり――そのまま上へと切り開かれる。
最後に見たモノは、お預けが終わった飼い犬の様な……嬉しそうな少女の笑顔だった。
不思議と……恐怖は無かった。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
よければ今後の課題として、良い点悪い点どちらも言って頂けると、嬉しく思います。
人の内蔵を食べる飼い犬系少女。可愛いですね!