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三、

暫く自転車を漕ぐと山の上にある鳥居が見えて来た。


「結構大きいのね…」

事件には興味ない、と言っていたが、なんだかんだで自転車の荷台に乗ってきた。 変にその部分をいじると噛みつかれるので特に何も言わないことにした。


「で、あの神社に犯人がいるのね?」


「もしかしたら…な。でも罠の可能性だってある」


「なら今のうちに鬼になっておきますか?」


牙を見せていたずらっぽく笑うので、


「お前が噛みつきたいだけだろ!」


という言葉と、頭にチョップをお見舞いしてやった。



自転車を持っているせいでこちらは片手しか使えないと分かると皐月は両手で仕返ししてきた。


こうなるといつものパターンだ。

仕方ないので自転車をわざと傾ける。



「きゃっ!」

という声を出して肩に捕まってきた。


「お前が暴れるからバランス取りにくいんだよ」


そんなやり取りをしていると入り口が見えてきた。


彫られた字が読みにくく、少し苔がついている石の柱はどこか歴史を感じさせた。


「え、ここから歩くの?」


冗談ならいいが皐月は本気で言っているのだろう。


「鬼を歩かせるとは神もなかなかね」


…これも本気で言っているのだろう。


自転車を停めて入り口を抜けると、少し先に道を箒で掃いている巫女の姿があった。


その巫女はこちらの存在に気づくと掃除をやめてこちらに駆けてきた。


「…っ」


皐月の方を見ると先程のやり取りの時とは目が違っていた。

やはりそうか。


「おはようごさいますっ!もしかすると大和さんですか!?」


茶髪の巫女さんはぺこりと丁寧に頭を下げてきた。


「ええ、そうです。俺が大和です。貴女は?」


「あ!申し遅れました」


またぺこり。


「私、夏穂なつほっていいます。宜しくお願いします」


そしてまたぺこり。


「お前もこれくらい礼儀正しければよかったのにな」


小声で皐月に言うと、足を踏まれた。

皐月が本気で足を踏んできたら骨折どころじゃ済まないだろう。


流石に本気で踏んできた訳ではなかったが、痛さを顔に出してしまうには十分だった。


「どうかしました?」


「ああ、いえ、なんでもありません」


心配そうな顔をする夏穂のすぐ後ろに黒い影が見える。…明らかに化け物の類いだ。


今すぐに襲いかかってくるなんてことはないと思うが、やはり化け物を前にすると嫌な気分になってくる。


「ねえ大和、なんで何も褒めてあげないの?彼女は今巫女さんなのよ?褒める所なんて沢山あるじゃない」


目の前に化け物がいるのに腰に手を当てて説教を始めた。


こちらは緊張しているのに、この少女は説教を始めるのだ。

流石としか言いようがない。


「どうしました?」


「あ…えっと、似合って

ますネ…」


緊張などで上手く言えなかったが、夏穂の表情は、ぱーっと笑顔になった。


「本当ですか!?あまり言われた事が無いので嬉しいです!」


夏穂はこんなに喜んでくれたが、横にいる皐月はこちらを強く睨んでいた。


「なんでもっと自然に言えないの? ダメね!」


右足を何度か蹴られたが顔に出す訳にはいかなかった。


「では…」


本題に入る為にわざとらしく咳払いをして、相手の目を見ながら言った。


「 …えっとじゃあ単刀直入に聞きますね、貴女は…火災事件の犯人ですか?」



夏穂の顔から笑顔がすぅーと引いていく。

そして小さく頷いた。

「…はい…そうです。でも正確には私じゃないんです。私が犯人ですが私じゃないんです…」


「ええ…分かってます。事件を起こしているのは貴女に憑いている化け物です。」


「化け…物…?」


化け物に憑かれている人を「物憑き」と呼んでいる。

物憑きに、

「あなたには化け物が憑いています。」

と言うと、大抵同じ様な反応をしてくるのだ。


「化け物は貴女の心の中に住んでいます。比喩などでは無くて本当にいるんです。今は信じられないかも知れませんが、そのうち貴女も見ることができるでしょう」


「そ、そうなんですか…」


そして説明を聞き終わった後の反応もまた似たような感じだ。


「えっと、大和さんには見えますか?化け物」


「見えますよ。今も貴女の後ろにいますが今は影だけです」


そう言うと物憑きは振り向いて影を確認しようとする。


目の前の巫女も同じ様に振り向いた。

大袈裟に振り向いた時にばさりと巫女装束の袖が舞った。


そんな姿に神々しさを感じたなどと言ったら皐月に殴られるだろう、と思った。


「えっと、この類は見える人と見えない人がいるんですが、何か感じました?」


「いえ…何も感じませんでした…えっと、化け物が憑いてるとどうなるんですか?」


「ただちょっと悪い事が起こったりするだけですよ、安心してください」


笑顔も混ぜて言ったが、上手く笑顔になっていたか不安だった。

物憑きが死ぬ場面を何度か見たことがある。真っ暗な表情、涙を浮かべこの世のすべてを憎む顔…そんなことをなるべく考えないようにした。


そんな気持ちを読んだのか皐月は大和の目の前に立った。

両手を腰に当て胸を張っている。

そしてその表情は、「私がいるから安心しろ」、と言っているかのようだった。




……

「ではお願いします」


最後に内容の合意を示す握手をした。


「えっと私はいつも通りに生活していいんですよね?」


「ええ、僕が隠れて見てますけど気にしないでください」


気にしないでください、と言われて本当に気にしない人間はあまりいないだろう。


夏穂もまたチラチラとこちらを向いてくる。


見ているといってもずっと見つめている訳ではない。

ある程度近くにいれば化け物の気配を感じるからだ。


「ほら、チラチラとこっちを見ているわよ、手でも振ってあげればいいじゃない?」


そんな皐月の冷やかしを無視しながらぼんやりと空を見つめていた。

なにか本でも持って来ればよかったな…



……


「あの~」


どこか申し訳なさそうな声が聞こえて目が覚めた。どうやら寝てしまったらしい。

目の前には巫女姿の夏穂が困った顔をしていた。


「えっと…どうしました?」


目を擦りながら夢の世界から意識を釣りあげた。


「もうお昼ご飯の時間なんですけど、どうしますか?」


なんだ、もうお昼なのか、あの鬼は腹が減って怒っているかと思い周りを見回したが、近くに皐月はいなかった。


「ああ、気にしないで食べて来てください。僕なら大丈夫です」


「え…でもお腹空きますよ?よろしければうちで食べませんか?」


確かにお腹は空いていたが皐月に言わずに食べに行けば後で拳を食わされるかもしれない。


「どこかで買って食べますから心配入りません」


「そうですか…」


何処か寂しそうに見えたのは雲が太陽を隠したせいだろう。

ご飯食べてきます。とだけ言って夏穂は消えて行った。




「全然ダメね。」


後ろから声が聞こえてきたが振り向かずとも声の主は分かる。


「またありがたいお説教か?」


「ありがたいのは大和の思考回路よ。どんなつもりで夏穂があんなこと言ったか分かる?」


「そりゃ、腹減ると悪いから」


だろ…とは言わせてもらえなかった。


「ダメね、ダメダメね。100点満点中0点よ!」


ひどい言われようだった。

ざっざっ、と砂利を歩く音が近くなってくる。これは殴ったり蹴ったりしてくるパターンだろう。


殴られる前に両手を頭より高く上げ、降参のサインをした。


「今どのくらいのお金を持ってるの?」


「0円だ…」


「じゃあ買って食べる事が出来ないじゃない?なんであんな事言ったの?」


「…」


「答えなさい!」


「それは…勝手に食べに行ったら皐月が怒ると思ったから…」


殴られる覚悟を決めて目を閉じた。

しかしなかなか痛みが来ない。

どうしたものかと振り返ってみると、皐月は俯きながら肩を震わせていた。


「殴る気も無くなったわ…」


プイと顔を背けて何処かへ行ってしまった。




休日の昼下がり。春の優しい日差しが気持ちよく、風で葉が揺れて擦れ合う音が心地よい。


たまには木に寄りかかりながら過ごす休日も悪くはないだろう。


ぐぅー


突然低い音が鳴いた。

いくら天気が良くても今は春なのだ。まだうるさく鳴く虫は出てきてない。

鳴いたのは腹の虫だった。


しかし、鳴いても誰かに聞かれることはないだろうし、何かが起こる訳でもない。


「やっぱりお腹が空いてるじゃないですか!」


どうやら誰かに聞かれていたようだった。


「買って食べるって言ってたじゃないですか!そんな嘘つき大和さんにはコレを食べて貰います!」


いつの間にか夏穂が大和の顔を覗き込んでいた。

頬を膨らませ怒ったような表情をした夏穂は、両手に持ったものを差し出してきた。


「特製特大おにぎりです!」


それを受け取ると両手にずしりと重さが伝わる。

コンビニで買えるおにぎりとは比にならない重さと大きさだった。


一口囓ってみるとまだ残っていた眠気が吹っ飛んだ。空腹という調味料がかかっていることもあるかもしれないが途轍も無く美味しい。


「どうです?」


一口食べた後に、笑顔で「美味しいです」と言うのが正しいのかもしれないが、本当に美味しい物を食べるとそんな事を言う時間が惜しくなる。


「旨いです」


どのくらい旨いかは食べてる姿を見ていれば分かるだろう。


「よかったです。そのお米と具の肉も貰い物なんですよ」


皐月の分も残しておこうと思ったが、おにぎりの美味しさと、夏穂の嬉しそうに見つめる顔のせいであっという間に全部食べてしまった。


「ご馳走様でした。」


「お腹減っているなら素直に言えばいいんですよ!分かりましたか大和君?」


左手を腰に当てて、右手を顔の前に持ってきて人差し指を立てる。


大和の「ハイ…分かりました」と言うのを聴くと

「よろしい」と言って夏穂に笑顔が咲いた。


その満開の笑顔は、春の心地良い風にとばされて、優しい太陽へと飛んで行った。





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