二、
眠い。
人間に戻った時の疲労感と寝不足で、教師の話してる言葉は何かの呪文にしか聞こえなかった。
もう瞼のシャッターは限界のようだった。
「学生は勉強が本業よ?どうせ何も分からないんだし、事件について調べるのやめたら?」
窓に寄りかかる皐月の発言を反論したくなったが、それは出来ない。
鬼である皐月の声は普通に人には聞こえないのだ。
つまり、向こうは言いたいことを自由に言えるが、此方は声に出すことができないのだ。特に授業中には。
仕方ないので机に出してあるノートに
「俺が解決する」
とだけ書いて瞼のシャッターを降ろしたのだった。
……
「おい、いい加減起きろよ」
鬼のくせに…いや、鬼だからなのだろうか。皐月はとても朝に弱い。
軽く揺すっただけではまったく起きようとしない。
「眠り姫を起こすにはどうしたらいいかくらい分かるわよね?」
こんな事まで言って来るので質が悪い。
「眠りついたお姫様の起こし方なら分かるが、鬼の起こし方は分からないな」
「なら起こし方が分かるまで寝てるわ」
ふん、と鼻を鳴らして布団の中に潜っていった。
こうなってしまったら暫くは起きないので放っておくことにした。
家族は皆朝早くに出かけてしまったので今家にいるのは1…いや2人だけだ。
いつもなら騒がしい朝も今日は静かだった。こんな静かな休日なのに落ち着いてコーヒーを飲む事が出来なかった。
コーヒーに入れた牛乳が混ざり、黒から茶色になるのを見ながら昨日の事を思い出していた。
学校の帰り道、皐月を後ろの荷台に乗せて家に向かっていた。
「足パタパタするのやめろよ、バランス取りにくいだろ」
少し怒りを混ぜて言うとピタリと止んだ。
いつもなら余計激しくするか文句を言いながら背中をドンドンと叩いてくるのだが、今日は違った。
「今日は偉いな、ご褒美に家に帰ったらアイスやるよ」
…こんな呑気な事を言った時だった。
ビュンと何かが通り過ぎる音と同時に左目の目尻に痛みを感じた。
「惜しかったわね。もうちょっとで左目をぶち抜くところだったのに」
「冗談じゃない、何だったんだ今の」
傷ついた目尻を押さえながら皐月の方を向くと、皐月は羽のついた棒を持っていた。
「矢文みたいね、イマドキ珍しいわ」
皐月の持っている矢には確かに手紙が縛り付けられていた。
「これが恋文だったらロマンチックだと思わない?」
尖った二本の牙をキラリと光らせながら言って来たが、無視して手紙に視線を落とした。
「なっ…」
てっきり脅迫状の類いだと思っていたが内容は意外なものだった。
「連続火災事件犯人は宝徳神社に住んでいる。貴方ならすぐに見つけられる…か、弓を放った奴がどこにいるか分かるか?」
「少なくとも近くには居ないわ」
枝毛探しながら答えるので興味が無いのだろう。
「明日宝徳神社に行ってみるか?」
「どちらでもいいわ」
「それとも犯人の罠か何かか?」
「どちらでもいいわ」
「…晩ご飯無しでいいか?」
「どちらでもいいわ」
本当に興味が無いようだ。
試しに無しにしてみるか。
「そんなことしたら大和を晩ご飯に頂くわ」
…話はしっかりと聞いているらしい。
「じゃあ明日行ってみるか、事件のヒントくらいあるだろうからな」
「なら今日はどこにも行かずに早く寝るわよね?」
「…そうだな、ここ最近全然寝てないからな」
寝る間も惜しんで駆け回ったのが無意味だったと考えると少しガッカリした。
そんな気持ちを知ってか知らずか肌寒い風が夜を知らせにやって来た。
家に着くまでにはあたりは真っ暗になっていた。明日は休日なのにゆっくり出来ないことに気づくと、気分もこの季節の夜みたいにに暗くなってしまった。